懐かしい波の音、潮風が運んでくる独特の香り。
ダロスは故郷の港町をふと思い浮かべていた。
「ああ、やっぱり海っていいなぁ」
「おいおいのん気なこと言ってる場合じゃねーだろ」
とダロスにツッコむのは、戦士のマジ。
「いやいやここは現実逃避ってことで許してやろうぜ」
と笑いながらマジの肩を叩くのは同じく戦士のサジ。
「あああ、あのさ、僕が言うのもなんだけど、ほんとにのん気にしている場合じゃないと思うんだ。
早く進まないと、背後のグルニア軍に追いつかれるよ」
タリス王女シーダにスカウトされて仲間入りを果たしたばかりの重騎士ロジャーが焦りながらそう言う。
彼ら一行は、先日まで滞在していた港町ワーレンでの出来事を思い出してうんざりする。
押し寄せるグルニアの大軍。ワーレンの町で決死の攻防を続けたこと数日。ワーレンの守りをしていた傭兵のシーザとラディも力になってくれたが、それでもグルニアの力にははるかにおよばなかった。
マムクートのバヌトゥが突如巨大な竜になったときは、皆パニックにもなったが、バヌトゥの巨大な力によって大量のグルニア兵を倒すことが出来た。が、グルニアの勢いはさらにその上をいった。年老いたバヌトゥの疲労も早く、持久戦になればなるほど不利な状況におちいった。
このままではワーレンも危ない。
町を戦場にしたくなかったマルスは、半ば強引な突破を図り、北の城に陣取る司令官を打ち破り制圧に成功した。強引すぎた作戦が成功したのも、グルニアに所属していたロジャーの情報によるおかげもあった。
無事ワーレンを脱出したアリティア解放軍だったが、今度は城が包囲されるのも時間の問題だということで、東の国ペラティへと逃げ込むことになったのだ。
「しかし、王子、ペラティの王マヌーはおそろしい力を持つと噂されてますぞ」
意味深な苦言をマルスへと放つモロドフだったが、やむなしとペラティへの進軍を決意する。
こうして神秘の国ペラティへとやってきたわけだが。
周囲は海に囲まれ、多数の小島に分かれたこの国は、いくつかの橋がかけられ、国内のほとんどに水路が走る。海の国だが、ワーレンのような港町とはまた違う空気が流れていた。
景色は陸地よりも海が大半だ。この国のどこにいても必ず海や水辺が見えるのだ。
ガルダの港町で船乗りをしていたダロスは海がやはり好きだった。
潮風を感じると嬉しくて大きく息を吸い込んでしまう。
「やっぱり海っていいなぁ。ああ、また船に乗りたいなぁ」
「やれやれこれだから、海賊は」
マジの声に。
「え、ええっ、ダロスって海賊なの?」
驚いた顔でダロスを見るロジャー。
「ちょっちょっと、だからボクは海賊じゃないって言ってるでしょ」
とはダロス。
「気にすんな。だれもお前が海賊だからって偏見持ってるわけじゃねー」
「う、うん。ダロスだって今は心を入れ替えてがんばってるんだよね。君もシーダ姫に誘われて入ったの?」
「ちっがーう!ボクは最初から海賊じゃないって何度もいっ」
「皆さん、どうでもいいじゃありませんか。ダロスさんも皆さんも同じ目的の為に戦う仲間なのですから」
と彼らの間にふわりと入り込んできたのは、僧侶のリフだ。心優しく穏やかな彼には皆心を開いていた。
にっこりと微笑むリフに皆異論を唱える者はなく、「ああそうだな」とこくこくと頷いてその話は終わった。
ただ一人ダロスだけは微妙に納得してなかったのだが。
「(リフさんってボクのことわかってるようでわかってないんだよな…)」
リフとはこの軍に入ってから付き合いが長く、王族や貴族の多いこの軍の中では立場も近いこともあり、ダロスは親しくやっていた。こうやってフォローしてくれるのはありがたいんだけど、ダロスの主旨と微妙にずれたことが多いのでちょっと困っている。まあよき理解者なのはたしかなんだが。
「ええい、お前らくっちゃべっとらんと、とっとと進まんか!」
血管を浮かせて彼らに怒鳴るのは軍師モロドフ。いつものことなで皆「はいはい、やれやれ」と言った具合で従う。
「あらあらそんなに慌てないで。ほら見てください、海がとってもキレイですわ。ねぇハーディン」
馬車の中から顔を覗かせてのん気な声を上げるのは、アカネイアの聖王女ニーナ。彼女の護衛を務めるのはオレルアンの王弟ハーディン。
「なんか、ニーナ様ってさ、ちょっとダロスと似てるよな」
ぼそっと小さな声でサジがマジへと話しかける。
「たしかにな、けどお前それニーナ様に失礼だぞ。あんなお美しくて神々しいお方と、マッチョなおっさん風情を一緒にするなんて」
それはダロスにも聞こえていた。思わず反論する。
「確かにそのとおりだけどさ。ボクにも失礼だよー」
その頃、軍の末尾を務めていたオレルアンの騎士団がハーディンの元に走ってきた。
緊迫した空気を感じ、軍全体に緊張が走る。
「ハーディン様! これ以上は守りきれません。グルニアの援軍が勢いを増し、後退を余儀なくされています」
「むぅ、たしかに一刻の猶予もないようだな。マルス王子、進むしかありません。今の我々の戦力では到底グルニアには敵わない。ここはペラティを抜けるしかないようだ」
まっさきに城へと抜ける道は狭い街道しかなく、嫌でも進軍スピードは落とされた。ここペラティは小島ばかりで成り立った海の国であり、陸地は非常に狭い。陸と陸を繋ぐ橋もけして広くはなく、馬は行動を制限された。草原の民であるオレルアンの騎士達には特に動きづらい地形でもあった。
実際ペラティ城は見えているのだが、その間には海があり、海を越えられない限りは不可能だった。唯一それが可能なのは、ペガサスを駆るシーダだけであったが、彼女だけを向かわせるのは危険であり、これもまた不可能に近かった。
城にたどり着くには、海を越えぬ以外は、狭い門を抜けるか、海岸沿いを通って向かうか。だが、門を抜けたほうがかなり近道になった。が門は非常に狭く、また城に近いこともあり、ペラティ兵の警備も厚かった。
ペラティの王マヌーはマムクートであり、ドルーア側にあった。つまりアリティア解放軍とは敵対する形になる。当然すんなりと通してくれるはずもない。
モロドフの案によって、部隊は大きく三つに分けられた。門を抜ける部隊と、門を抜けずに海岸沿いを行く部隊と、後方を守りながら進軍する部隊と。海岸沿いを向かう部隊は機動力が要求される為、騎兵のみで編成された。途中村があると聞き、情報収集と、賊から守る為でもあった。
ここペラティにも賊はいた。奴らは大抵こういう混乱時に紛れて、村などを襲い好き勝手暴れまくるのだ。
マルスの使命はアリティアを取り戻し、ドルーアを倒すことだが、戦乱に巻き込まれた人々の救済も己の使命だと自覚していた。またモロドフも彼らの協力を得ることは大事だとし、村の救済を指示する。
マルスはその海岸沿いの部隊に入った。聖騎士ジェイガンはじめ、カインやアベルとともに、馬を走らせる。
後方を守る部隊には引き続きオレルアンの騎士隊が。門を抜けるのは、ロジャーやゴードンといった重装備歩兵とマリクやウェンデルといった魔道部隊、ダロスやマジたちの戦士に僧侶のリフがついた。シーダは自由が利くため、各部隊の伝達をまかされた。
門の前へとダロスたちはやってきた。扉は堅く閉ざされて、進めず困っていると、盗賊のジュリアンが「ちょっと通してくんな」と現れた。
「おおっ、ここは盗賊ジュリアンの出番だな」
マジの声にジュリアンは照れくさそうに「へいへい、こんな時しか出番ないぶんがんばらないとな」と答える。
「と、盗賊もいるのかー、すごいんだね、アリティア軍って。もしかして君もシーダ姫に誘われて?」
驚きながらロジャーが訊ねる。「いやいやいや、こいつは違うって、シスターレナだよな」とマジたち。
「なななななな、レレレレレ、レナさんはその関係ないっすよ!オレはただその正義の味方に目覚めたっていうかさ、うん」
「もしかして、そのシスターレナって人のこと好きなのかな?」
「なななななななに言ってんすか?おおおおおオレは別に、なんつーかそのっっ」
真っ赤になりながら必死で否定するジュリアンに皆呆れた、が。扉は開かれた。
「わかりやすすぎだこいつ。けど懐かしいよな。サムスーフでの出来事も」
ああ、と頷きながらサジとマジ。
「シスターレナがいなかったら、ジュリアンのやつ、きっとオグマ隊長にやられていたよな」
「思い出させるなよ、オレマジで、殺されるかと思ったんだから」
「ふぅん、そうなんだ。ボクとリフさんは別行動していたから、ジュリアンたちが仲間になったときのことよく知らないんだよね」
そうなのだ。ダロスとリフはアリティア解放軍がオレルアンへと向かう途中、盗賊たちの巣窟デビルマウンテンと呼ばれるサムスーフ山では部隊とは別行動をとっていたのだ。
「ボク、あの時の記憶がちょっとぼんやりなんだよねー。村人に賊だと思われて酷い目に合ったのは覚えてるんだけど」
「何言ってんだよ、お前は立派に海賊じゃないか」
「だから違うってば」
わーわーマジたちとわめくダロスを後ろからリフは心配げな眼差しで見つめていた。
リフは覚えている。あの悪魔の斧のことを。
ダロスが賊だと勘違いされて散々な目に合ったというその村で、お詫びにと村長が差し出したのは不気味な斧「デビルアクス」だった。
その斧を手にしたダロスが鬼のように豹変し、サムシアンたちを虐殺しまくり、最後には頭領のハイマンまでも絶命させた。そこで斧の耐久が切れたのか、斧は壊れ、ダロスは正気に戻ったわけだが。
あの時の恐怖を知るのはリフだけだ。ダロスにはその時の記憶がなかったのだ。
「うわーー、あとはよろしく頼むぜ」
門を開けるとすかさずジュリアンは下がった。
門の向こうはまだ狭い通路が続く。石でできた門の上からは、待ち構えていたペラティ兵たちがいっせいに弓矢を放つ。
「うわー、たまったもんじゃねぇ」
マジたちは矢の嵐の中進むことが出来ない。
「ここは僕にまかせてくれ。この鎧には鉄の矢はきかない」
頼もしくもロジャーが前進した。ロジャーの槍が敵兵の放った矢をはじく。
「いいぞ、ロジャーその調子だ。弓兵は私たちにまかせろ」
ロジャーを盾にするように動きながら、マリクが魔道の詠唱を始める。マリクの師ウェンデルも得意のサンダーの魔法を放ち、弓兵を倒していく。
マリクたちが仕留め損なった弓兵はアーチャーのゴードンが止めを刺した。
ゴードンも重装備だが、さすがにロジャーほどではない。ロジャーの後ろに立って弓で援護する。
「よし、弓兵は倒したぞ。いまだ、門を抜けるぞ」
その合図でロジャーの脇を皆が走り抜けた。
門を抜けるとそこはひらけた大地。ペラティ城もかなり近くに見えた。まだ橋を越えねばならぬが。
門の向こうにも、多数の兵が待ち構えていた。
「よっしゃー、やっと広いところにでたぜ」
サジたちが走り、暴れまくる。ペラティの弓兵たちを一気に倒す。なかには魔道士もいた。
「ブリザー!」
マリクの放つブリザーの魔法であっけなく敗れ去る。
ペラティの兵隊はさほどいなかった。鎧を鳴らしながらロジャーが駆けつけたときにはほとんど終わっていたのだ。
「これは思っていたより早く終わるかもね」
のん気にダロスがつぶやいた時だ。彼らの元へと白い天馬が駆けてきた。シーダだ。
「あ、シーダ姫! ご無事で」
嬉しそうに彼女を見上げながらロジャーが声をかけた。
「ふん、見ての通りこちらは片付いた。マルス様へと伝令を頼む」
紺色のローブを翻しながらマリク。シーダはペガサスに跨ったまま、慌てた様子で口を開いた。
「た、大変なの! 南の離れ小島の砦からたくさんの海賊が現れたの!」
はぁはぁと息を切らしながらシーダが告げた。彼女は天馬で島全体を偵察してきたのだ。
「なんだ。海賊か。今の俺たちの敵じゃないだろうよ、なぁダロス」
「うん、そうだね。グルニアの大軍と比べたらかわいいもんだよね」
「ふん、私の魔道の前に敵はなし」
余裕マンマンの彼らとは対照的に、シーダの顔は不安が広がっていた。
シーダの様子にリフは異変を察する。
「ち、違うのよ。海賊は、たしかに私たちの敵ではないわ。だけど、一人だけ、すごく恐ろしい海賊がいたのよ」
「恐ろしいって、どんな風に?まさかドラゴンのような?」
「いいえ、そうじゃなくて、こうなんというか、禍々しい妖気みたいな…、よくわからないけど、すごく怖かったのよ。とにかく只者じゃないわ。できるなら相手にしないで」
シーダの顔は真剣そのものだった。みなシーダの言うことを信じたわけではなかったが、とりあえず彼女を落ち着かせようとした。
「私、マルス様からニーナ様の元へ向かうように言われたの。だからもういかなくちゃ。わかった? みんなとにかくその海賊にだけは気をつけてね」
ばさばさと翼をならしてシーダはニーナ王女のほうへと飛んでいった。
ふぅ、と息を吐きながらマリクが口を開く。
「まあ海賊などほおっておけばいい。私たちがすべきことは、マルス様の到着までにマヌー王を倒し、城を制圧することだ」
「マリクの言うとおりじゃ。ここまでの道は確保した。あとは城を落とすだけじゃ。このペラティにはろくな軍隊は持たぬようじゃからな。城の守りもさほどではないと思われる」
「あの橋を渡ればお城だね。うん、みんな早くお城へ向かおうよ」
おう。と手を挙げてみな城へと足を向けた。がリフだけは、不安な表情を浮かべていた。
「とても、嫌な予感がします…」
「だいじょうぶだよリフさん。ボクらガルダの海賊も倒してきたじゃない。今はあの頃よりも、たくさんの仲間がいるんだよ。負けるわけないよ」
「ええ、皆さんの強さはよくわかっています。ですが、けして油断しないでください。シーダ様が見たというその者、とても恐ろしい予感がします」

ダロスたちが橋を渡り終えると、城はもう目の前に迫っていた。あれからほとんど兵士の姿はなく、難なく城にたどり着けたのだ。罠もなかった。
城門前には一人の男が仁王立ちしていた。
黒っぽいローブを羽織り、不気味な眼差しを向けるその男がこの国の王マヌーだ。
「待っていたぞ。貴様らを…」
不気味に響く低い声。その手には赤く輝く石があった。マリクたちはそれが竜石であるとわかった。バヌトゥが持っていたものとそっくりだったからだ。
カッと石は輝く。光はマヌーを包み込み、マヌーの影は大きくなる。人の形から、別の形へと。
「ふ、くるぞ。皆下がれ!」
マリクが手を挙げ、仲間に後退を命じる。
「うわっ、バヌトゥだ」
あんぐりとマジが顔を上げ、そのバヌトゥのような竜へとつぶやく。
もちろんバヌトゥではなく、そこにいる竜(サラマンダー)はマヌーだった。
ぐわっと赤く巨大な口が開かれ、そこからは激しい炎のブレスが吐き出された。
それは彼らに届くことはなく、被害は受けなかったが。
「あんなのくらったら、たまったもんじゃねぇな…」
竜になったバヌトゥの強さを目の当たりにした彼らは、竜の強さはわかっていた。
普通の武器ではかすり傷すら与えられないだろう。ギラギラと輝く鱗は、アーマーナイトの鎧の硬さですら比べ物にならないという。
「たしかに武器ではダメージを与えられないだろう。竜を倒せるものは同じ力を持つ竜か…」
マリクが目を細めながら巨大な竜を睨む。
「え、てことはバヌトゥしか倒せないってことか?」
だがバヌトゥはいまここにはいない。彼の力を借りることは不可能なのだ。
「いいや、竜も無敵ではない。硬い鱗でも、魔法は防げぬからな」
マリクが不敵に笑う。その手には風の超魔法の書エクスカリバーがあった。
マリクがエクスカリバーの書を開き、詠唱に入ろうとした時だった。
「皆さん!逃げてください!!」
リフの叫び声。皆そちらへと振り向くと、大軍が目の前に迫っていた。それは海賊の群れであった。
「ちぃっ、邪魔が入ったようだ」
マリクが詠唱をやめる。エクスカリバーのような強力な魔道書を操る時はかなりの集中力が必要とされるのだ。それだけに心を乱されるのを嫌う。
「マリクよ、ワシがお前を守る。じゃから安心して詠唱を続けるんじゃ」
「ウェンデル先生。ありがとうございます! ではお言葉に甘えて、守りのほうよろしくお願いします」
師匠に感謝の笑みを向けて、マリクはすぐに詠唱へと戻る。
「当たり前じゃ。お前はかわいい自慢のワシの弟子なんじゃからなぁ」
「海賊なんて、蹴散らしてやる」
ロジャーがぶんぶんと槍を振り回して、海賊達を蹴散らしていく。サジやマジも斧を振り回して、一人また二人と敵を倒していった。
「わぁっ、リフさん下がって!」
戦う術を持たないリフへと向かう海賊へと、リフを庇うようにダロスが立ち向かう。ギインと激しく金属がぶつかる音が響く。ぎちぃっと歯を鳴らして、ダロスは力いっぱい相手の斧を弾き落とす。
「はい、皆さんお気をつけて」
リフは安全な場所まで後退し、そこから皆を見守る。ケガをする者がいれば、すかさず癒しの杖を振りかざした。それよりも、リフは皆のことを気にしながら、別のほうも気にしていた。禍々しい妖気。きっとまだ皆は気づいていないであろうその気をリフは感じとっていた。
「この気は、やはり、あの時と似ている…」
リフが思い出すのは、サムスーフでの悪夢。あの時の禍々しい気に酷似していた。
ウェンデルはマリクを庇いながら、こちらへと迫る海賊を次々に魔法で蹴散らした。そうしながら、マヌーの動きにも目を光らせる。
マヌーは巨大な力を持つ代わりに、行動が遅かった。強力なブレスも連発はできないようだった。だが、その一撃が強力なため、くらうわけにはいかない。口を開けてブレスを吐き出すまでは少し時間がある。動きを見ていればかわすことも難しくはないだろう。だが、今は、大軍の海賊が襲いかかり混戦状態だ。
「ブレスがくるぞ!」
ウェンデルの声に、みな巨大竜のほうへ注目した。
「ヤケシヌガイイ!!」
激しい炎のブレスが襲い掛かる。
「うわわっ、あっちーー」
すんでのところでマジはかわした。他の者は無事だろうか? マジが見渡すと、いつか燃え上がる人型があった。
「お、おい、だれもやられちゃいねーよなぁ。おわっ」
仲間の無事を案じる間などない。またかかってくる海賊の攻撃を慌てて防ぐマジ。
「こちらの被害はありません」
リフが伝える。
「次のブレスまでまだ時間があるぞ。はよ今のうちに、海賊を片付けるんじゃ。ええいこなくそ、サンダー!」
ピシャーとサンダーの魔法を放ち続けるウェンデル。
ゴードンが矢を放ち、止めをサジが刺す。ロジャーは守りの弱い者の盾になるようにして、体を広げながら長い槍をぶんぶんと振り回して海賊を吹き飛ばす。
ダロスはリフのほうへ敵が来ないようにして立ち、向かってきた敵を斧で倒していった。
彼らの勢いがあったのか、またここにくるまで多くの経験を積んだことからみな戦いに慣れていたこともあり、海賊の群れもあとわずかに減っていた。
「ぐわっ」
「え?」
ロジャーが攻撃をしかけようとした相手が、なぜか攻撃を仕掛ける前に悲鳴を上げて倒れた。ゴードンやウェンデルの攻撃によるものでもない。明らかに今の標的は、背後から何者かによって殺害されたのだ。つまり城門前に陣取って戦う彼ら一行ではない。とすると……
「味方が到着したのかな」
「もうマルス様たちが?」
海岸沿いを向かったマルスたち一行が到着したのだと、一瞬安堵したときだ。リフが声を上げる。
「違います! 皆さん逃げてください、その相手は」
「え?」
ロジャーたちの前に現れたのは、一人の海賊だった。そうたくさんいた海賊の中の一人。だが、どこか様子がおかしい。その海賊は次々に、仲間と思われる海賊たちへと斧を振り上げ、殺していったのだった。
「なにしているんだ? あいつ、仲間割れか?」
「いや、なんかあいつ普通じゃねーぞ。なんだ?あの気味の悪い斧は。あんなの見たことねーぞ」
マジが悲鳴に近い声を上げながら、その海賊の持つ斧を指差した。
その斧は真っ赤に輝き、気味の悪い装飾が施されている。柄の部分にはドクロのような死神のような不気味なモチーフがあった。すでにその部分は返り血で赤黒く染まり、持ち主自身も体中真っ赤に染まっていた。その目も正気ではないように、赤く充血し、カッと見開かれていた。「ギギギ…」と獣のようなうめきをもらす口からは唾液がもれていた。
「ぎゃああっ」
また一人、そいつによって海賊が殺された。あっという間に海賊はその不気味な男一人だけになり、ロジャーたちのほうへと向かってきた。
「あいつ、むちゃくちゃつえええぞ」
マジが震え上がる。目の前でその戦いぶりを見たのだからよくわかる。その男の尋常でない強さを。
「でも、やるしかねぇだろ! それにこっちは人数で勝っている」
サジが声を張り上げ、斧を振り上げる。
「ダメです! いけません。皆さん下がってください! その相手は皆さんではっっ」
「リフさん、どうしたの? さっきから、どうかしたの?」
リフのただならぬ様子にダロスは心配げに訊ねる。いつも穏やかで冷静なリフらしからぬ様子だからだ。
「リフの言うとおりじゃ。お主らではそやつに勝てぬ! マリクに任せるのじゃ。それまでそいつを上手いことおびきよせるのじゃ」
マリクの側に立つウェンデルが吼える。
「僕の攻撃で少しでも削っておかなきゃ」
ゴードンがボウガンを引き放つ。矢はズドンと男の肉を貫いた。じかに戦うには危険だが、弓矢などで間接攻撃をすれば恐れる必要はない。ゴードンは次々にボウガンを放った。男はそれをよけることなく次々に体に受けた。矢が貫くたび、びくんびくんと体が震えていたが、表情は歪むことなく、ゆっくりと前進してくる。まるで痛覚などないみたいだ。体からは大量の血液が溢れているというのに。
「あいつ不死身か?!」
大量の矢を体に打たれたまま前進してくる男。すさまじい闘気を放ちながら、吹き出す血をそのままに、この世のものとは思えないオーラを放ちながら。その姿はあの時の、サムスーフで悪魔の斧を手にした時のダロスのようだった。リフ以外は知らないが。
「うう、なんという禍々しさ。くぅっ」
「リフさん?どうしたの?しっかりして」
デビルアクスの放つ禍々しい妖気にあてられたリフは、不調を訴える体に勝てず、膝をついた。心配したダロスが慌てて駆け寄った。
「私なら大丈夫です。それよりも、あの斧を、なんとかしなくては、また悲劇が…」
「斧? もしかしてあの斧が原因で?」
「はい、あの悪魔の斧があの海賊を操っているのです。ですから、あの斧さえ破壊できれば…」
「うん、わかったよ、あの斧を狙えばいいんだね。みんなー、体じゃなくて斧を狙うんだ」
ダロスが前方の仲間たちに叫んだ。ゴードンが矢を放ちながらじりじりと後退を続けていた。
「ええい、あやつらじゃ無茶じゃ。マリクよ。詠唱がすんだらマヌーより先にあのやっかいなのを倒してくれ」
マリクの周辺には風の精霊が集まっていた。そろそろ詠唱も完成する。ウェンデルもまたワープの杖を装備して準備を整える。
ダロスの声を聞いたゴードンは斧へ向けて発射したが、斧にはまったく聞かなかった。
「全然だめですよぉっ」
ゆっくりと前進していた男は突然空へと舞い上がり、「えっ」とゴードンが一瞬混乱した時、飛び上がった男がゴードン目掛けて斧を振り下ろすのをロジャーは見た。
「あぶないっ」
ガシャッガシャ鎧が激しく揺れながら、ロジャーは体を飛ばした。ゴードンの盾になるように、身を広げながら。
「ぐをっ」
悪魔の斧がロジャーたちを襲った。鮮血が空に舞う。地面にぶつかる鎧兜の音。
「ロジャー! ゴードン! てんめぇーーー!」
怒りに震えながらサジが男に飛び掛った。が、男は片手一つでサジの突進を防いで、弾き飛ばした。
「おいサジ下がれー、無茶だ」
マジが叫ぶ。ちっと悔しそうに舌を鳴らしてサジが身を起こしてマジの言うとおり後退した。
「むむ、ブレスがくるぞ!」
ウェンデルの合図で皆マヌーの攻撃に気づく。ぐわっと顔を持ち上げたマヌーがブレスを吐き出す。
「やべぇ、こっちに狙って、逃げ、うぉっ」
ブレスから逃れようとしたマジの前方にデビルアクスの男がやってきた。男の次のターゲットはマジ。さらにマヌーのブレスもこちらへと向けられていた。マジ危うし! 「くっそ」前後を振り返りながら、マジはとっさに判断する。
吐き出された炎がマジたちを包む。
「うわん、マジーー」
ダロスが涙声で叫んだ。マジは男と一緒にブレスに飲み込まれてしまった。燃え上がる炎の人型。斧を持ったまま立ち尽くすそれは、一人だけだった。
「ひーー、危機一髪だったぜ」
マジは間一髪炎から逃れていたのだ。燃えているのは男ただ一人。
「たく、肝っ玉ひえまくったぜ」
サジがほっと息を吐いた。
「しかし、これであいつも死んじまったか?」
炎に包まれたまま、固まったように動かない男を見て、マジたちは男が死んだのかと思った。ブレスをよけ終えて、安心してしまったマジに、恐怖が襲い掛かる。
カッと見開いたその目は、ターゲットのマジを捉えた。悪魔の斧がマジの体を裂き、マジは悲鳴を上げて地面に倒れた。
「マジーー!」
男は生きていた。竜の炎のブレスに焼かれても、何事もないようにぴんぴんしていた。男の手から垂れ下がった悪魔の斧からはぽたぽたとマジたちの血液が伝い落ちている。
ちくしょーーと叫びながら、サジは男に再び突撃した。ちょうどその時、マリクが詠唱を完了させ、ウェンデルがワープの術をマリクへと使う。
「てめーーよくもっ、オレの相棒にっっ」
怒り眼のサジの斧を男が悪魔の斧で防いだ。そのサジのすぐ後ろにワープで飛んできたマリクが現れる。マリクは無数の風の精霊を周囲に纏い、ローブやわずかにのぞく前髪は激しく風に揺れている。
マリクは右手を掲げ、剣のようにまっすくに振り上げる。風がマリクのその手を包み、剣のように形作る。
「風の聖剣をその身に受けよ、くらえっ! エクスカリバー!!」
ブン!と勢いよくマリクは右手を振り下ろして風の刃を放った。力のすさまじさに術者のマリク自身も風によって後方に飛ぶ。サジの体もぶれながら、風の聖剣は男の体の中心をまっぷたつに切り裂いた。
「やったー」
後ろから戦いを見ていたダロスが歓喜した。男は吹っ飛び、激しく血の飛沫を撒き散らしていた。普通なら今ので絶命しているはずだ。マリクの放つ風の聖剣に切り裂けないものはない。
「いいや、まだだ」
術を放ったマリクはけして安堵してなかった。斧が立ち上がる。真っ赤に染まった斧が。倒れた男は不自然に立ち上がる。それはありえない動きだった。斧だけが持ち上がり、斧によって起こされるように男の体は立ち上がった。首はがくんと反対方向に折れ曲がり、大量に噴出した血液に、筋肉も力なくだらんとしている。それなのに、男は立ち上がった。もはや生きてなどいない。だが動いている。男が死してもなおこの悪魔の斧は男を支配していたのだ。持ち主を倒したところでこの斧の呪いを解くことはできないのだ。
「なんだよ、こいつ、どうなってんだ?」
不調を訴える体を抑えながらリフが立ち上がる。
「ダロスさん、お願いします。私をあの男の近くまで連れていってくれませんか?」
「えっ、ええっ、そんなリフさん危険だよ? それにリフさんでどうにかできる相手じゃ」
「ええそうかもしれません。ですが、もしかしたら、私の力でなんとかできるかもしれないのです」
ダロスの時には己の力及ばずであったが、あのころより経験を積んだ今ならば、あの禍々しい力を封じることができるかもしれない。注意を向ければ向けるほど、斧の妖気にあてられてしまうが、それに耐えながらもリフは向かおうと決意する。
気合をいれようと、リフは顔を起こした。まっすぐな目でダロスを見る。リフの強い決意をダロスも感じとった。
「わかった。リフさん頼んだよ」
「はい、それからウェンデル様! 私にお力を貸してください」
リフはウェンデルへと呼びかける。「うむ、しかたない、わかったわ。ワシもそちらへ向かおう」
ワープの杖をしまいこみ、ウェンデルが移動を開始する。
「マリクよ、ワシとリフが斧の力をできるだけ封じ込む、そのスキに斧に向けてエクスカリバーを放つのじゃ」
「はい、わかりました。お任せくださいウェンデル先生。おい、サジ、先生たちが力を使うまで時間を稼いでくれ」
「ええっ、てか竜は放置でいいのかよ?」
ギロリと不気味に輝く赤い目がサジたちを睨みつけている。
「しばらくはだいじょうぶだろう。まだブレスは吐けぬ様だし、城門前から動かぬようだ。なにかモーションがあれば気をつければいい。まずはこっちを倒しておくべきだ」
ブンブンと持ち主の意思とは関係なく斧は振り回される。まるで斧自身に意思があるように、それはサジやマリクへと振り下ろされる。マリクたちはひらひらと身をかわしながら、ウェンデルたちの行動を待つ。
ダロスとともに男の近くまでリフはきた。そして目を閉じて、意識を集中させる。同じ頃ウェンデルもリフとシンクロする。ぶぅんという聖なる気がリフから発せられ、周囲を包み込む。
「リフさん…」
集中するリフを守るように立つダロス。リフを見守る。
リフは「ふんっ」と気を放つ。デビルアクスに向けて、光の玉を放った。それが斧を包み込む。光を受けた男の体は激しく揺れた、が、なんとか跳ね返そうと斧は抵抗を見せる。
「くっ」リフは必死にその反動に耐えようとした。ガタガタと震えだすリフの体を慌ててダロスが支えた。「リフさんしっかり」
「はぁっ」
リフの放った玉の上からそれを包むようにウェンデルの気が放たれた。光の玉はさらに激しく瞬き、斧を完全に包み込んだ。
「今じゃ!マリク」
ウェンデルの声でマリクはエクスカリバーを再び放った。今度は悪魔の斧目掛けて。
「くらえっ! エクスカリバー!!」
風の刃が光の玉の中を走りぬけ、斧へと命中する。斧は甲高い音で鳴きながら、男の手を離れて吹き飛んだ。
「やったか!?」
男はどさっと地面へと仰向けに倒れた。すでに絶命していた男の体はぐったりと横たわる。
エクスカリバーを受けたデビルアクスはぐるぐると回転しながら宙を舞った。エクスカリバーを受けても、破壊されることなく。
空を飛び続ける斧は、最後に必死の抵抗を見せ、重力に逆らうように向きを変えた。新たな標的へと、激しく回転しながら襲い掛かる。
「ギャアアアーー!!」
巨大竜の断末魔が響いた。デビルアクスは竜化したマヌーへと襲い掛かり、そのアーマーナイトよりも硬い鱗をずぶずぶと引き裂いて、内臓を食い尽くした。
マリクたちはその光景をただ呆然と見守っていた。
ドシーン。轟音を響かせてマヌーは倒れ、姿は見る見る縮み、元の人の形へと戻り、掌からはころころと赤い竜石が転がり落ちた。
マヌーを切り裂いたデビルアクスは血に塗れながら、最後は地面に突き刺さり、そしてはじけ飛びながら壊れた。マヌーを食い尽くして悪魔の斧は満足したのか、消えてなくなってしまった。
「はぁはぁ」
膝を突いたリフを支え起こしながらダロスが喜びの声をあげた。
「やったよ、リフさん。斧もマヌーも倒したよ!」
「ふぅ、我が魔道の前に敵はなし」
だれが見ているわけでもないのにマリクがキメポーズをとる。その傍らでサジが大泣きしていた。
「ううう、だけど、マジは、あいつは、死んじまったんだぞー。ちっともよくねーよ、わーーん」
「勝手に殺すんじゃねぇ!」
ガッとサジの頭を小突いたのは、サジが死んだと思っていたマジだった。マジはぴんぴんしてそこに立っている。
「えっええ」
ウェンデルのライブによってマジは無事回復していたのだ。ちなみにゴードンとロジャーも一命をとり止めていた。
「はぁ、でも無事でほんとによかったよ。リフさんの力がなかったら、今頃どうなっていたか」
ふぅと息を吐きながらダロスはリフへと微笑んだ。
「でもさ、あの斧一体なんだったんだろう? 人の意思をのっとるなんて、恐ろしい斧だね」
「ああ、二度とあんなのと戦いたくないよな」
やれやれとマジたちは息をついた。
「そうですね。二度と現れないことを願います」
リフは心から強くそう思うのだった。


デビルアクス2終

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デビルアクス2でした。デビルアクスはダロ船開設初期の作品で、文章なんかツッコミどころありまくりの(同じくシーダの話も酷いのですが…)拙さですが、ストーリーはすごく気に入ってるので、読み返していたら無性に続きがしたくなってしちゃいました。登場キャラが多いので、できるだけそこを抑えながら、上手く表現できるようにと。で活躍どころがマイナーな人たちばかりなのはダロ船の仕様なのです♪マイナーキャラに華を!ちなみに主人公はいません。あえて上げればリフですが。一番楽しているのがダロスだったり(笑)。
あと作中でマリクがマヌーに弱点はどうのこうのというシーンがありますが、これは暗黒竜設定なので、ブリザーが弱点はないのです。紋章では火竜はブリザーに弱いんですけどね。
またもりもり暗黒竜の話が脳内執筆されているので、いろいろとやりたいです。シーダとオグマとナバールとか、三姉妹とか、マリクとガトーさまとか、こりずにダロスやリフとか。暗黒竜の世界がやっぱ一番好きみたいですv