ダロスを狙う矢があった。船の影から身を潜ませながら、ダロスの背にと狙いを定めて弓矢を引く者がいた。
がダロスはその危機に気づいていなかった。ゴードンに誤射されて間もなく、また弓矢に狙われるなどダロスは思ってもいなかったろう。その油断に危機が迫る。
「ダロスさん!危ない後ろ!」
ダロスへと向けて放たれた矢に気づいて声を上げたのはリフ。だがダロスがそれに気づいてよけるのは間に合わなかった。
「え?うわぁ!」
ダロスへと放たれた矢は、キインとなにかにはじかれた音を上げて宙に舞った。気づくとダロスの背後へと走りこんだマルスが剣で矢を弾いたのだった。
「マルス様お見事です」
ゴードンが歓喜の声をあげる。数秒してダロスはマルスに矢から守られたのだと気づいてほっとする。
「あ、ありがとうマルス王子」
だがマルスは表情を緩めることなく、剣を構える。
「まだ敵は潜んでいる。油断するな」
「う、うん。そうだね。今狙ってきた弓兵は…」
「あそこです」
リフが指差す先には、先ほどダロスへと矢を放ったと思われる弓を持った青年がいた。
「ひいっ」
海賊、にしてはどうも雰囲気が違うようだが、船の奥へと隠れるように走る青年はおそらくゴメスの手下なのだろう。
「よくも」
ダロスたちが船のほうへと走り、弓兵の青年を追うが、その必要はなかった。逃げた青年は再びマルスたちのほうへと現れたからだ。それは青年の意思ではなく、彼の後ろから彼を押すように現れた男のせいだ。
ダロスはその男を目にして声を上げた。なんせその男こそ…
「ゴメス!!」
「ダロスか、この裏切り者が! おいカシム、とっととあのデカイ男を射殺せ!」
ドンと乱暴にカシムといった青年の背中をゴメスが押す。押された青年は「ひいっ」と悲鳴のような声を漏らしながら、弓を持ち上げる。
だがもたもたとするカシムにゴメスは苛立つ。
「おい早くしねぇか、ちっこの役立たずが」
「ゴメス!」
ダロスが怒りの形相でゴメスのいる船へと飛び乗る。ゴメスへと近づこうとするダロスへと、ゴメスは手斧を投げつける。ゴメスの手斧はぶれることなくダロスへと向かう。
「うわぁっ」
手斧をよけようとダロスはバランスを崩してよけきれず、ダロスの肩を手斧がかすめていった。投げられた手斧はダロスにダメージを与えてゴメスの手へと戻る。
「カシム、てめぇ金が欲しいんだろ。あいつらをやればたんまりと金が手に入るんだ」
「う、ううう」
カシムはゴメスに雇われた者だった。彼は弓矢の扱いに長けていた。だがそれは騎士でも傭兵でもなく、彼の能力は狩人として培われたものだった。動物を狩ることはできても、人に対して弓を向けるなどなかった。そのことがカシムの腕を震わせる。金のために故郷であるタリスを離れ、仕事を求めてここまできた。そしてゴメスと出会ってしまった。ゴメスはダロスだけでなく、純真な田舎の青年カシムまでも利用していたのだ。
「ふん、人を殺すのが怖いのか? 人なんてもんは死んじまえばただの肉塊だ」
「う、ううう…ごめんなさい」
半泣きで、カシムは弓を引いた。カシムの弓とゴメスの手斧でダロスは後退して船を下りた。またマルスたちもうかつに近付けなかった。
「マルスさまーー」
そこにきたのは上空よりの使者。白い翼をはためかせるペガサスに跨るシーダ。
「シーダ様危ない! 近くに弓兵が!」
ゴードンの警告にシーダが気づくより早く、ゴメスがカシムに指示を下す。
「ふん、のこのこと射落とされにきたか。カシム、あのペガサスを狙い打て」
上空のペガサスを操る主にカシムは気づき驚き声を上げる。
「シーダ様!? どうしてシーダ様がここに」
カシムは震えた。まさかここにいるなんて思わないその相手。故郷タリスの王女シーダとはカシムは顔なじみであった。貧しい自分にさえ、シーダは差別することなく優しく接してくれたし、気づかってくれた。そのシーダは今もタリスで暮らしているとばかり思っていたのに、こんな危険な場所にいるなんて。
ゴメスの指示に、気弱なカシムでも従えず首を振る。
「で、できません、僕はシーダ様に弓は向けられない!」
「ちっ、この裏切り者が!」
苛立ち、カシムに斧を向けるゴメス。
シーダはゴードンの声で弓兵に気づいた。船上に立つ海賊らしきいかつい風貌の男と、きゃしゃなかんじの青い髪の弓を持った青年。あれがゴードンの言う弓兵だろう。そしてその相手にシーダは見覚えがあった。
「カシム!?」
シーダは反射的にカシムのほうへとペガサスマイカを走らせた。
「死ねぇ!」
至近距離のゴメスの攻撃をカシムはかわしきれないと悟った。死の瞬間、世界がスローモーションに映る。だのに、それをかわそうと体は動かない。無情にも斧はカシムへと振り下ろされる。
「あぶなーーい」
船の下から見ていたダロスたちがみんないっせいに声を上げた。その危ないはシーダに向けたものかカシムに向けたものかしれないが、白いものがゴメスの前を駆けて行ったかと思えば、次の瞬間には白いものは船の向こうへと無事降り立っていった。
「シ、シーダ様?」
涙に滲んだ目で、カシムはペガサスの上のシーダを見つめていた。にこりと優しく微笑むその少女は、彼の瞳には天使に映った。夢のような光景、だが夢ではない。呼吸をする。心臓がなる。ちゃんと自分は生きている。すんでのところでシーダに救われたのだ。ぼろぼろとカシムは泣き崩れる。
「シーダ様、ごめんなさい」
「カシム?どうして謝るの?大丈夫?ケガはない?」
シーダは自分が海賊の手下になっていたなど気づいていないのだ。カシムの謝罪に気づくはずもなく、ただ彼の身を案じる。
「弓兵につっこむなんて、とんだお転婆姫さんだ。戦闘のいろはってのをきっちりと叩き込まなきゃならねぇなぁ。心配で目が離せねぇ」
あきれながら大剣を担いでここに駆けつけたのは
「オグマ!」「オグマさん」
シーダとカシムが同時にその名を呼んだ。
「お、あれはカシムじゃねぇか。なんでここにいるんだ?」
「海賊に人質に捕らわれていたんじゃないか?そこを華麗に助けた我らがシーダ様って流れだろう?」
オグマのあとから現れたマジとサジのきこりコンビ。さらにバーツもかけつける。
「テンプルナイツ参上! 海賊め観念するがいい!」
大きな声を張り上げて、赤い鎧に槍を掲げて駆けつけたのはカイン、そして彼のライバルであるアベルも駆けつけた。
「カイン!アベル! …あれドーガさんは?」
重い鎧のドーガはまだここまでこれてないようだが、それはともかく、テンプルナイツにタリス義勇軍が集い、カシムにも見放されたゴメスは孤立状態だった。
「ん? そこにまだ海賊が」
ダロスに槍を向けそうなカインを、ゴードンが慌てて止める。自分の二の舞はさせまいと。

「ゴメス! こんなことをして、ボクは怒ってるんだ! 武器を捨てて観念して!」
一歩前に出てダロスがゴメスへと叫ぶ。
ゴメスは部下を失い、マルスたち解放軍に包囲され、袋のネズミ状態だ。船の上のゴメス。逃げ場はどこにもない。後ろは海だが、泳いで逃げるなどムリだろう。観念してお縄にかかれとダロスは奨めた。がそれに大人しく応じるゴメスではない。
「ダロス、ずいぶんと俺をなめるじゃねぇか。俺をそこいらの海賊と一緒にするなよ。俺は強い。たった一人になっても、負けはしねぇ。てめぇらみんなまとめて血祭りにしてやる。
ガザックごときを倒したからといって調子にのるんじゃねぇ。このゴメス様は最強の海賊だ!」
ぐわっと恐ろしいほど目が見開き、ゴメスは容赦なく手斧を投げつける。
「ぐっ、危ない」
ゴメスの手斧は殺傷力が高かった。武器も使い手によって変化する。攻撃範囲の広さから、うかつに近付けない。一人一人がゴメスに挑んでも勝算は低かった。
「あいつのいうとおりだな。あれはガザックとはレベルが違うぜ、うかつに飛び込むのは死へ直行だろうよ。最強の海賊ってーのもあながちウソじゃねぇ」
ちらりとマルスへ横目を向けながらオグマ。歴戦のオグマですら警戒するレベルの海賊、それが今目の前にいるゴメスだ。ガザックよりも強い事は間違いない。数では勝るが、個々の力では太刀打ちできないだろう。
オグマがそうなのだから、新米のサジマジ、シーダなどは相手にすらならないだろう。
「攻撃範囲外からなら、なんとかなるんじゃない? みんなで力をあわせれば、きっと倒せるわ」
嬉々としてそう提案するのはシーダだった。「ね」と言って彼女はそばにいるカシムへと微笑む。それに一瞬目を丸くし、カシムは固まるが。
「そうですね。ボクの弓なら、なんとかギリギリの位置から狙えるかもしれません」
手斧と弓矢なら、攻撃範囲の広さなら弓矢が上回る。その分技術と集中力と、また運も求められるが。
てやりを構えたシーダが舞い上がる。シーダにこくりと頷いて、カシムも弓を、ゴードンも弓を、三方向から三人がゴメスを狙う。
「やっ」「はぁっ」「当たれ!」
てやりと矢が、三方向からゴメスを狙うが、ゴメスはなんなくそれらを払い落とす。くじけることなく三人は攻撃を試みたが、ほとんどがゴメスにかすることなく、当たるかと思えばゴメスにはじかれる。奴は背中にも目があるんじゃないかと思うくらい、ゴメスにはすきがなかった。三人が疲労に達しても、ゴメスは息をあげることなく「どうした? もう終わりか?」と斧を振り上げ余裕ありげに威嚇している。
「しねぇ!」
油断している一行へとゴメスが走りながら手斧を投げつける。
「逃げろ!」
オグマが仲間たちに叫ぶが、間に合わず、ブーメランのように弧を描きながら放たれた手斧がサジマジバーツ、カインへと襲い、彼らは酷い傷を負い倒れた。
「うぐう、このカイン一生の不覚!」
カインだけでなく、サジたちも、せっかくかけつけたというのに、一撃でやられてしまい悔しさでいっぱいの表情だ。リフがライブの杖を持って走るが、回復は一人ずつだ。オグマはサジたちに手持ちの傷薬をなげてよこす。
「うう、オグマ隊長すまねぇ…」
「だから隊長はよせっての。いいから下がってろ」
ギンと目を光らせて、ゴメスはなおも突進してくる。マルスへと向かうゴメス。ぎちぃっと歯を鳴らしながら、オグマは剣を振り上げて、地面を蹴りジャンプする。
「おらぁぁ!」
大剣がゴメスの頭上へと勢いよく振り下ろされる。がゴメスはオグマの渾身の一撃も己の斧で防ぎきる。
ギイン!と鉄がぶつかり合い空気を震わせながら、オグマは地面に着地せずに、そのまま後ろとびに下がる。
「あいつオグマ隊長の攻撃を防ぎやがった」
ぎちぎちと歯と指の関節を鳴らしながら、サジが悔しそうに呻いた。
「マルス様!」
マルスの後ろから、ゴードンがボウガンをひき放つ。ゴードンの放った矢はすべてゴメスの真正面へと飛んでいったが、ゴメスは手鏡のように斧を手前に構えて、矢をすべて防いだ。ターゲットであるマルスをその目は捉えたまま、斧を振り上げたゴメスが向かってくる。
「ゴメス!」
マルスの前に横から巨体が現れ、ゴメスの進路を阻む。
「ダロス!てめぇ」
ゴメスはさらに恐ろしい顔をして、邪魔をするダロスを睨む。
「ぐっ」
ゴメスの攻撃をダロスは鉄の斧で防ぐ。が、力はゴメスのほうが上、力負けし、ダロスはゴメスの斧をその身に受ける。。
「ダロスさん!」
リフが叫ぶ。
流血し、膝をつくダロス。
「ボクは、お前を許さない! みんなに酷いことして、ボクは絶対にお前を止めてみせる」
ダロスは自分の前を通り過ぎようとしたゴメスの腰を掴んで、動きを止める。傷を負いながらも、ダロスは必死でゴメスの動きを封じようと全身に力をこめる。ダロスにめいっぱいつかまれ、ゴメスの動きもにぶる。
「今だマルス王子!」
ダロスに羽交い絞めにされたゴメスへと、マルスはレイピアをまっすぐに構えて突撃する。
マルスの剣は的確にゴメスを捉えたが、ゴメスの固すぎる筋肉には、マルスの剣はほとんど効いてない様だった。攻撃される瞬間、ゴメスは力み、その固き筋肉はアーマーナイトの鎧並の強度になっていた。
「くっ…なんて硬さだ」
せっかくダロスがチャンスを作ってくれたのに、それをいかせないことに悔しく舌打つ。数歩後ろに飛んでチャンスをうかがうが、このゴメス、強いし硬いし、とんでもないバケモノだ。鉄の武器では奴にはダメージを与えられない。数では勝っているのに、勝ち目が薄いなどなんということだ。
「く、どうすれば、せめて銀の…」
悔しく独りごちるアベルが、己で吐いてハッとする。銀の…?ちょうどその時だ。後方から軽快に響く馬の蹄の音。カッと石畳を蹴る音が聞こえて、アベルたちの上空を横切る影、それは白い馬。
「マルス様ーーお退きくだされーー!えいやぁーー!!」
空高く舞い上がった白馬に跨るは聖騎士ジェイガン、肩のトゲトゲを揺らしながら、構えるは銀のやり、それをゴメス目掛けて振り下ろす。
「うっわわ、危ない」
気づいて、ダロスは直前でゴメスから離れて逃れる。ジェイガンの渾身の銀のやり攻撃は、ゴメスの体を貫通した。
「う、うぐう…」
だが、ゴメスはよろめきながらも、腹に穴を開け、赤いものを垂れ流しながらも、立っていた。その目は怒りに燃え、最強の海賊はまだ燃え尽きてなどいない。ジェイガンもまだ勝負は決していないという目で、振り返る。
「今ですぞ!」
ジェイガンの合図で、マルスが、オグマが、そして慌てたように斧を構えてダロスが次々とかかる。
銀のやりで致命傷を負ったゴメスは、彼らの攻撃によって完全に生の糸は切られてしまった。

「ゴメス…」
血だまりで物言わぬものへと成り果てたゴメスを、ダロスは悲しげな眼差しで見下ろしていた。
出会った時はいい奴だとおもっていたのに、…もし最初に気づいていれば、ゴメスを止める方法は他にもあったかもしれないのにと、今さらの後悔だが。

ゴメスを退治して、モロドフも無事合流した。もちろん汗だくで走っていたドーガもだが。
みなが戦っていた間にモロドフは村の者から謝礼をもらってきたりと、ちゃっかりと仕事をしていたという。さらにデビルマウンテンに捕らわれたシスターの救出も依頼されたらしい。
オレルアンに向かうには、デビルマウンテンを越えねばならない。道中についでにこなせばいいと、そういうことらしい。またちゃっかり謝礼をいただいたり、サムシアンの財宝にも価値があるとモロドフは言う。
しばしの休息をここガルダでとった後、一向はすぐにオレルアンへと向けて旅立ちの準備を始める。
その準備をダロスも手伝っていた。
「ダロスさん、ありがとうございます」
リフは何度もダロスに礼を言った。ダロスには命を救われた。彼がいなければ、今頃は死んでいたかもしれない。死の覚悟があるリフとはいえ、命があるのはとてもありがたいことだ。自分が生きている限り、杖を使える身である限り、人々を救う事ができる。つまり、ダロスは多くの人を救う事ができるのだ。
「そんないいよ、あんまり感謝されても困るよ。ボクはゴメスを止められなかった責任もあるし」
「それでもダロスはせいいっぱいやってくれた。ボクも感謝しているよ」
そう言って現れたのはマルスだ。戦闘では厳しい顔をしていたが、今は歳相応の優しい少年の顔ではにかむ。ダロスもそれに答えるようににこりと笑う。
「いいえこっちこそ。正義のマルス王子と一緒に戦えたなんて光栄なことだよ」
「できればこれからも、力を貸して欲しい」
マルスはまっすぐな瞳でダロスへと手を伸ばしながらそう言った。ダロスはその意味が一瞬理解できず「ん?」と目を丸くして固まった。
マルスの言葉に、リフも嬉しそうに目を輝かせた。
「私からも、ダロスさんがお力になってくれればこれほど心強い事はないと思います」
「えっえっそれって」
それを後押しするように現れたのはモロドフ。
「うむ、ワシも賛成じゃ。今は一人でも戦力が欲しい。サムスーフという難所も構えとることじゃしな。
海賊とはいえ、力になるなら賊だろうとなんだろうとかまわん!」
「えっええっ賊って?」
モロドフの言葉にダロスは戸惑う。ダロスは海賊だと思い込まれている。モロドフに。
「ああ海賊だろうと関係ない。ダロスはダロスだ」
とはマルス。
「ええダロスさんは改心されたんですから、他の海賊とは違います」
とはリフ。
「海賊ダロスか、よろしくなオレはサジ、こっちはマジであっちはバーツだ」
とはサジ。
「ええっええええーー」
ダロスは目をくるくるさせる。仲間にさそわれたこと、戦いはイヤだけど、人々のために戦うのなら、ダロスはもちろん歓迎だ。正義のアリティア一行に加われるのなら、大賛成だ。だが、ちょっと待ってくれ、みんな誤解している。
「ボッ、ボクは海賊じゃ」
「いいから気にするな、ほらいくぞいくぞ」
ぽんぽんと背中を押されて、あわあわとダロスは進まされる。
「(みんなに海賊の仲間だと思われている。なんとか誤解を解かないと)」
と思うが、今は旅の道中。オレルアンまで気が抜けない空気を察知して、今は仕方なしとダロスは肩を下ろした。まだ旅は長い、この先誤解を解くチャンスはいくらでもあるだろう。
ふーとためいきをつくダロスの横に並んで歩くリフが、にこりと穏やかな笑顔で話しかける。
「みなさんダロスさんのことわかってますから。ダロスさんは正義の海賊だと」



おわり  2009/11/13UP