海と女となんとかと


「はぁー…」

シレジアの天馬騎士フュリーは頭を抱え、深いため息をつく。
頭が痛い、めまいがする。体調が悪い、わけではない。精神的なこと。
連日、自分のところへ寄せられる苦情のため。
フュリー自身の行いではない。自分はここ【セイレーン】の警備の責任者だ。四天馬の代表の一人である彼女は、それなりに責任のある立場にいる。港都市セイレーンは、漁業の盛んな町だ。フュリーたち天馬騎士は、町の警備はモチロンのこと、周辺の海洋の警備も行っている。王家に使え、王家を守るのも仕事だが、こういった民間の人たちを守り、時には賊といった民に害を与える輩を成敗しなくてはならない。
そう、相手が賊ならなんの問題もなく、成敗して終わり、なのだが、そうではない。

なにしろ、その苦情の相手というのが…


「よおっ、なーに暗い顔してるんだ?かわいこちゃんが台無しだぞ!」


にぱっと満面のあっけらかんとした笑顔、人の気など知らないでと、ますます頭が重たくなる。

「誰のせいだと思ってるんですか…」

暗に攻めたところで、この相手ときたら

「レヴィンがおいたをしたのか? やれやれしょうがないね、アイツも」

「たしかに王子のことでも、私はいつも頭を悩ませて、…ってアナタのことですよ? ブリギッド様!」

ビシッとフュリーに指摘されたところで、ブリギッドは「ん? なんのことだい?」とすっとぼけ顔だ。
はーっとあきれた息を吐きながら、ハッキリということにする。


「連日、民から苦情が寄せられているんです。海洋生物が無断で狩られていると!」

「あーー、そのことかー。いやー、シレジアの海はサイコーだね。海の生き物がプリップリに育っててさ、脂も乗ってサイコーなんだわー」

反省などゼロ、怒りとあきれでフュリーは頭を振る。
このブリギッドという女性、実はユングヴィの公女なのだが、そんな気品など欠片もない。こういっちゃ何だが、下品なところがある。動きや振る舞いも淑女どころか、賊みたいなものだ。それもそのはず、少し前まで彼女は海賊の中にいて、海賊のかしらでもあったのだ。無理もない。強引で豪快な振る舞いに、異を唱えるものがいないのだからやっかいだ。それもそのはず、彼女は神器イチイバルの使い手。そこらの男、たとえ騎士だろうと戦いのプロの傭兵だろうと敵いはしない。みんなあっさりと返り討ちにあうだろう。こういう人間が力を持つとやっかいだ。

「ほんとうに困ってるんです。そういった行いが王子の悪評に繋がって、王子の支持が落ちてしまうんですよ」

フュリーが怒るのは、苦情のことだけではない。
レヴィンはフュリーたちになにも告げず、国を抜け出した。母親であるラーナにさえ内緒で。レヴィンの家出はすぐに知れ渡り、捜索隊の隊長に命じられたフュリーはラーナに誓ったのだ。なにがあっても王子をシレジアに連れて帰ると。
捜索は簡単ではなかった。レヴィンがどこへ向かったか、フュリーにもだれにも検討がつかなかった。気が遠くなるような捜索活動。人海戦術でしらみつぶしに探すしかない、しかし、なんの偶然か、アグストリアの地でレヴィンと再会できた。できたはいいが、レヴィンは説得に応じない。他国の戦争に手を貸して、王子である身分すら隠して、踊り子だのなんだのとちゃらちゃらと笛を吹いて遊んでいるのだ。強い使命でもって、フュリーは報告を部下たちに託し、レヴィンの元にとどまることを決めた。騎士としてレヴィンを守らなければならなかったし、なにがなんでも説得してシレジアに連れ帰る。その使命と意地にかけて。

だが、それもなんだかんだと果たされる。
フュリーの説得が成功したわけではない。騒動の果てに、成り行きでだ。
部下の報告もあって、シレジアから援軍がかけつけたこともあるわけで、自分の行いが0ではなかったのだが。
いまだにレヴィンを説得できてはいない。
なりゆきでレヴィンを連れてシレジアへ戻ってこれたが、ラーナに「あなたのおかげよ、よく使命をはたしてくれましたね」とねぎらわれたのも、申し訳ない気持ちにかられた。このままでは、またいつ国を抜け出すかわかったものじゃない。姉マーニャからも、レヴィンのことをまかされてしまった。今は一行とともに、セイレーンの城で大人しくしてくれているのだが。

要注意は、このブリギッドだ。淑女とは程遠い豪快な女。フリーダムに生き、ゲストである立場も考えず、原住民のごとく振る舞い、この地に馴染んでしまっている。シレジアはアグストリアと比べ、寒暖差も激しく、特に冬は厳しい極寒の地だ。多くのゲストがまだ城の中で、ゲストらしく過ごしているというのに、ブリギッドはついて数日も経たぬ間に、山へは熊狩り、海へは巨大海洋生物を捕獲したり。とにかく、好き放題なのだ。
そんな彼女に感化され、レヴィンもまたフュリーの目を盗んでは、ちょくちょく城を抜け出している。またいつ、国を出るか、そんなことを心配しては、胃がキリキリと痛みそうだ。


朝から城内に異常はないかパトロールをするフュリーに、部下から「朝から王子の姿が見えません」との報告を受け、嫌な予感にかられレヴィンの捜索をする。そんなフュリーに声をかけたのは踊り子の少女シルヴィアだった。

「騒々しいわねー、なにやってんのよ?」

「シルヴィアさん! なにって、王子が城からいなくなったんです」

「なんだー、そんなことー?」

けらけらと能天気に笑うシルヴィアにむっとさせられるが、余計な心配でしょとシルヴィアは言う。

「心配しなくてもさ、レヴィンは今すぐにここを出て行かないと思うわよ」

「なぜ、そんなことが言い切れるのですか?」

前科ありのレヴィンのこと、またいつシレジアを出て行くのかとそのことで胃がキリキリさせられているフュリーの気持ちなど踊り子のシルヴィアにはわかるまい。無責任な物言いに、ついむきになって言い返すのだが、反してシルヴィアは「だからー余計な心配することないわよ」とそのわけを話す。

「レヴィンのやつ、目的を果たすまでは出て行かないと思うけど。アイツさ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだって、この前熱く語っていたのよ。アンタ知らないの?」

知りませんそんなこと、と言い返す。「あらそーなの」とシルヴィア。普段から親しくしているシルヴィアにはいろいろとレヴィンも打ち明けることがあるのだろう。それはきっとフュリーには言えないやましいことがあるからに違いない。などと勝手なことを思いながら、そのわけを聞く。

「アイツこの前からすごい熱くなっててさ。どうしても負けたくないんだって。絶対にオレはカジキに勝つ!て熱血してたわ」

「……は? カ、カジキですって?!」

ぽかーんとなるフュリーに「そそ」とシルヴィアは頷く。「意味がわからない」はーと頭を抱えるが、シルヴィアからレヴィンのいる場所は教えてもらったこともあり、シレジアにいることにとりあえずは安堵するが、向かった先にやはり不安を覚え、ペガサスに跨り城をたつ。


レヴィンは風魔法の使い手だ。そこらの賊相手にそうそうやられはしないだろう。だが、カジキとなにをするのか知らないが、どこか爪の甘いところがあるのもレヴィンだ。「頼みましたよ、フュリー」何度も頭の中リフレインするラーナ王妃の声。言い聞かせる、自分の使命を強く強く。向かう先はセイレーン市北西の海岸だ。

上空から確認できた。海岸より十数メートル先の人が一人上陸できる程度の小さな岩の上、レヴィンがいた。なにをやっているのだ?こんな海の真ん中で。大きな波が来れば、海の中引き込まれてしまう。愛器の笛を持つわけでもなく、その手には、長い…竿があった。

「王子!!」

上空から叫ぶフュリーの声は波にかき消され、というかレヴィンは別の何かに集中しているためまったく気づいていない。
海面が波立つ。海の中、巨大な生物が暴れている。危険を察知し、フュリーは降下する。同時にレヴィンが「よっしゃーきたー!」と歓喜の声を上げ、釣竿を引く。暴れる潮と暴れる巨大魚がレヴィンの上空を飛び、そのまま反対方向へ落ちていく。
「むおーーっ」とレヴィンが踏ん張るが、その細い腕と細い足は巨大魚の動きに翻弄され、バランスを崩す。「王子なにやってるんですかー!腕を放してください!」竿を手放せと警告するが、アホもとい頑固なレヴィンは聞かない。死んでも離すものかーとなにかむきになっているようにも見え、必死に竿を握り締める。が、そんな抵抗はすぐに持たない。巨大魚が海に落ちる頃には、レヴィンもひっぱられて海の中にドボンだ。迷っている暇はない。槍を構え一気に加速する。そのまま狙いを定め、巨大魚を一突きにする。

「はあーっ!」「ぎゃーー!」

フュリーの一突きで巨大魚は海に戻ることは叶わず、腹から血を流しながらビターンと勢いよく音を立てて海岸へと打ち上げられた。

「あっはっはっはー残念だったなー」

海岸のほうから豪快な笑い声、打ち付ける波しぶき、長い金色の髪が風になびくのを気にすることもなく、声の主はフュリーたちのほうを見ながら笑っていた。

「ブリギッド様! いったい王子となにをやってたんですか?」

「見てわかんないのかい?」

とブリギッドはいうが、岩の上うずくまり号泣するレヴィン。なにをしていたのかわけがわからない。

「ちくしょーー、フュリーお前が何でココで横取りするんだよ?」「はあ…?」

けっこう本気泣きでフュリーに抗議するレヴィンの心情が、フュリーにはさっぱりだ。とにかくここではなんなので、移動して説明してもらうことにする。
話を聞くと、釣りを楽しんでいたらしい。どちらかというとインドア系男子のレヴィンはあまり釣りの経験がなかった。ブリギッドの誘いで、最近すっかりその魅力にはまってしまったらしい。

「おかげで本業に支障をきたして困っている。が、楽しいぞ釣りは♪」

本業、レヴィンのいうそれは王子の役職ではなく、笛吹き業のことらしい。あまりの能天気さに、フュリーはあきれて頭を抱える。なんかもう怒るのもアホらしく思える。
とはいえ自分が何度説教しても、レヴィンは変わらない。ここまでくると自分のやり方が間違っているのでは、と思うほどだ。だが、生真面目にまっすぐなやり方しか知らない自分には、他の方法はわからない。

「よおっせっかくだし、アンタもやっていくかい?」

ささっとブリギッドから釣具一式を渡される。「やりません」とつき返すが、「いやいやアンタ素質あるって、ためしにやってみなよ」と強引に押し付けられる。「どうせレヴィンのやつしばらく釣れそうにないしな」再び腰掛け、釣り再戦中のレヴィンは、しばらく帰る様子ではない。ただ待っているだけもなんだろってことで、あまり興味はなかったがためしにフュリーは釣りをしてみることにする。

「おおお腰が」とか「くそーちっともヒットしねー」とか愚痴愚痴と愚痴るレヴィンの声を聞きながら、フュリーは釣り糸をたらしたまま微動だにしない。釣りはひたすら耐えて、集中し、神経を研ぎ澄ます。自己との戦いでもある。わずかな振動を感じ、瞬間との勝負。ぴくんとかすかに竿を引く感触に瞬時に腕を上げる。

「きました!」

しずくを纏いながらキラキラとつやめく魚が、海岸へと打ち上げられる。

「おおっなかなかの大物じゃんか。やるね!フュリー」

パンパンと背中をはたくブリギッドにフュリーは苦笑う。褒められることは得意ではない、彼女の馴れ馴れしさも苦手だが、嫌なわけではない。なんとなく恥ずかしい。しかし咳払いしてクールに振舞う。

「まあ、鍛錬と似てますしね…。大事なのは集中力と忍耐ですね」

「そうそうそうなんだよな! そんで大物釣れた時の達成感はハンパねーぞ」

「大物…ですか」

ブリギッドの後方に、大量に巨大魚が山になっているのを見て、驚き通り越してあきれはててしまいそうだ。
だけど…

「レヴィン、お前もがんばれよー。初心者にさきこされて少しは焦りな」「うっさいわかってるよ。ちょっと向こう行ってて、大物逃げちまうだろーしっし」

まるで長年馴れ合っているような距離感の二人を眺めながら、ふと思う。どうすればレヴィンを説得できるのか、己の使命を果たせるのか。そのことで悩んで思いつめて、いつも怖い顔しているなんて周りにからかわれもして。
「(私のやり方は、間違っているのだろうか?)」
以前、シルヴィアにいじわるを言われたことがある。

「アンタがそんなだからさ、レヴィンも嫌気が差してシレジアを出たんじゃないの?」

軽いイヤミだったらしく、「冗談よ、なに真に受けてんのよ。でもそういうところ、なんとかしたほうがいいんじゃないの?」そういうシルヴィアに、人の気もしらないでと憤った。立場も違う、自由な踊り子のシルヴィアのような考えに自分がなれるわけがない。
アナタにこそわからない。
心の中で憤ったが、シルヴィアやブリギッドたちとバカやっているときのレヴィンが、楽しそうでそんな姿を見ていると、別の見方もあるのかもしれない。ふと、そんな考えもできるようになって。
やり方も道も一つではない。凝り固まった生き方、考え方…、改めたほうがいいのだろうか。


「私も…変わらないといけないのかしら…」

「どうしたんだい? 難しい顔して」「ひゃっ、ブリギッド様、驚かさないでください!」

いきなり真横にいて、至近距離で呼びかけられて、動揺する。となりでニカニカと人懐こく明るく笑う。まるで太陽のような人だ。自分とは真逆。苦手だけど、…不思議とイヤではない。

「ん?言いたいことがあるなら遠慮せず言ってみなよ」

「前に、王子に言われたことがあるんです。私は真面目すぎると。少しは遊んであかぬけたほうがいいんじゃないかと。
こんな生き方はやめて、変わったほうがいいのでしょうか?」

「なんでだよ? 真面目すぎることのなにがいけないんだい?
フュリーアンタは自分の人生が誇れないって言うのかい?」

つぶやきのような言葉に、ブリギッドが真剣な顔で熱い言葉で返してきたものだから、驚いたのはフュリーのほうだ。能天気に「そのとおり、もっと楽しんで生きなよ」なんてことを言うものだと思っていたが、そんなことはなかった。
「いいえ」と首を横に振って、フュリーは答える。

「私はシレジアを守護する四天馬騎士として、誇りを持ってます。自分の仕事が大切で、…ずっと子供の頃からの夢で…」

恥ずかしくて、嬉しくて、胸の奥から熱いものがこみ上げてきそうで。

「そうそう、それでいいのさ。誰がなんと言おうと、自分の中の大事なものは貫いていくんだよ。アンタもアタシも、ありのままでいるのがなによりだよ」

それはつまり、海賊として開き直っているということなのだろうか、そんなことをつっこみたくなったが、心の中でとどめておく。明るく笑うブリギッドの陽気さにつられてフュリーも笑う。

「それでは気を引き締めて、根気よく王子を説得していくほかないですね」「思い切って諦めるって道もあるだろう?」「ありません!」

「いいじゃん、その頑なさ。アタシは好きだよ」

まっすぐな言葉に、フュリーは赤面する。「はぁ」とちいさく頷いて、俯き、頬が緩む。らしくないのでガマンする。だけど、心地よいかもしれない。

「ついでにもう一つ、言いたいことがあるので言っておきます。
釣りをたしなむのはかまいません。ですが、限度を超えた海洋生物の乱獲はやめてください」

颯爽と銛と神器イチイバルを手に海に向かうブリギッドにビシッと告げる。ニカリと笑うブリギッドは

「悪いけど、アタシはアタシのやりたいこと絶対に曲げられないんでね!」

一筋縄ではいかないこの相手、ブリギッドとフュリーの攻防はしばらく続きそうだ。



2016/11/07  BACK

今年の五月に書きかけ放置していた作品の続きをやってみました。元々どんなオチにするつもりだったのか、わかんないけどなぜか釣りオチになりました。なぜ?
元のタイトルが「なんとか不幸者」だったので、自由に生きるレヴィンとブリギッドを揶揄して作中で表現するつもりだったんだけどね。
ブリギッドとフュリーの関係は、子世代のフォルパティとバルセティの関係も含めて妄想すると楽しいです。