スターライトウェンデル


深い深い闇の中、その中にたった一人取り残されるのは、不安にかられるのかそれとも心地よいと感じてしまうのか。
自分はどうなのだろう?
そして、あの男は?
望んで闇へと身を落としたのか、それとも、そうならざるをえなかったのか?

禁断の闇の魔法に手を染めて、それはすべてを喰らい尽くす恐ろしい魔法。
死者たちの怨念、それを一心に受けて、その憎しみを破壊を、他者へともたらす。

大賢者が封じ、絶対禁止としたその魔法は、魔道を志すものなら、惹かれないことはないだろう。
魔道を極めるということは、どれだけの己の欲深さと戦わなければならないというのか。

先人が伝えた魔法を会得しようとするのも、欲望だ。新しい魔道を生み出そうと研究に勤しむことも欲望だ。
彼はとても欲深かったのだろう、魔道への渇望、そして志を共にする同士への羨望、そして…敬愛する師匠への…愛も。

異形の姿になりはて、化け物のような風貌のその男に、誰もが恐怖する。
そう、自分だってそうだ。
破裂しそうな心音が、爆発魔法のごとく響き渡る。だがそれは、みなには聞こえぬだろう。
戦いの音、魔法に、剣に、戦車から放たれる兵器の音。

ふしぎな空間の中にいる。
それはこの魔法が生み出した、特殊な空間だ。

深い深い暗闇。
相対するその男が纏うのも、深い闇の魔法だ。
同じ闇、いや違う。
この空間の中にいて、冷静に向き合える気がしている。


終わらせよう、解放するために、ワシが愛するカダインを!

ウェンデルは唱える、それは闇の中よりいずる、光の魔法【スターライトエクスプロージョン】だ。






マルス率いる同盟軍は、ついに闇の司祭ガーネフを追い詰めていた。先のマケドニア本国での戦いは、とても厳しく、王子ミシェイルも死に物狂いで攻めてきた。王都を戦場にした激しい戦いは、なんとか同盟軍の勝利に終わり、マケドニアは落ちた。マケドニア竜騎士団は圧倒的な戦力だったが、グルニアの将軍ロレンスが仲間に加わり、彼の戦場での活躍が大きく、タリス解放からの祖国解放、そして大陸最強といわれたグルニア黒騎士団…その大将でもあるカミュ将軍も打ち破り、アリティアテンプルナイツの面々も見違えるほど強くなっていた。個々の成長もあり、囚われていた者たちや、祖国に刃を向けることになろうともマルスたちに賛同して平和のために戦いに加わったもの、多くの仲間たちの力を得て、厳しい戦いに勝利してきた。アリティアの弓兵ゴードンも戦いの中で己を磨いていき、ついにスナイパーの名声を得るまでになった。ゴードンをはじめとする弓使いや、クインクレインの使い手ジェイクの活躍もあり、ドラゴンナイトやペガサスナイトとの戦いも切り抜けられてきた。だが王子ミシェイルは手ごわかった。ゴードンが放つ銀の弓矢での攻撃もはじき返し、同盟軍の戦士たちを蹴散らしていった。そこの突破口となったのが意外な人物で、マケドニアの第二王女のマリアだった。マリアは果敢にも前線に立ち、爆炎魔法ボルガノンを放ち、見事ミシェイルを討ち取った。兄でもあり彼女自身を恐怖に陥れた兄王に、自ら打ち勝つ。マリアの勇ましい姿に、多くの仲間たちが勇気づけられ、一気に勢いがつき、大将を失ったマケドニア軍は劣勢となった。そのまま王城へと攻め入り、制圧にいたる。


「あら、わたしが落ち込んでいると思ったの? わたしなら平気よ」

マリアはウェンデルにそう話しながら明るく微笑む。気丈な娘だ。実の兄を魔法で打ち破ったあととは思えない、あっけらかさだ。
彼女は長らく幽閉されていた。人質として、ミシェイルによって囚われの身となっていた。ミネルバの動きを封じる目的のために。彼女は長らく苦悩していたのだろう。敵対する兄と姉。戦うすべがない、無力な自分を歯がゆく思っていた。魔道を手に入れたい、と強く懇願され、彼女に魔道を教えたのはウェンデルだ。マリアの精神力の強さは、魔道に向いているといえた。魔道は、己の欲望とどれだけ向き合えるか。己の心との戦いだ。マリアの精神力の強さに、ウェンデルは嫉妬を覚えそうになるほどだ。こんな感情は前にもある。マリクにも感じたことだ。マリクもまた非常に強い精神力の持ち主だ。アリティアのために、主のために、魔道を習得したいのだと、ウェンデルの下に師事に来た。エクスカリバーを習得する、強い信念でもってマリクはみるみる魔道を習得していった。その最中、彼の祖国アリティアが占領され、王女エリスは囚われの身となり、マルスは国を脱出し、その身を狙われることになってしまった。すぐに助けにかけつけたい心境だろうに、ウェンデルが気遣うが、マリクは首を横に振り、カダインにとどまる決意をする。ひたすら修行に励み、その結果みなが知るとおり、彼はエクスカリバーの使い手となり、同盟軍に尽力することとなる。

平気なふりをしているが、平気ではないだろう。マリクもそうだった。感情をこらえ、目的を果たす為に、冷静な行動で、結果を見せる。自分ならどうだろう。彼らくらいの若いころどうだったろうか。もっとがむしゃらで、感情に忠実で、走り出していたに違いない、たとえその結果身を滅ぼすのだとしても、抑えきれるかどうか、自信はない。

「わたしよりも、姉様だわ。…姉様は強い人だけれど、心はとても優しいの。だからいつも、わたしのことを守らなきゃって思ってて。だからわたし、非力な自分がとてもイヤだったわ」

ふっと強い眼差しで、マリアはウェンデルを見上げる。彼女の中に強さと慈愛を感じた。

「だからね、わたし感謝しているのよ、ウェンデル司祭、あなたと出会えてわたしは本当に救われたの」

「やれやれ、ワシが慰められているようじゃな」

「先生、ウェンデル先生!」

城内の回廊の中、ウェンデルを呼び走ってくるのは、マリクだ。「マルス様がお呼びです」とマリクに呼ばれ、ウェンデルはマルスのもとに向かう。レナにワープの杖で送ってもらった先は、城下をはるかに下った先の山村、木々に囲まれ、人気を感じない、とても神秘的なその場所にひっそりと建つ一軒家。マルスの護衛を務めるジェイガンの白馬が止まっていた。屋内には、マルスと、そしてこんな辺鄙な場所にふしぎと馴染んでいた老人がいた。白いひげを蓄えた、赤い帽子を被った老人は、誰もが知る大賢者ガトーその人であった。マルスは何度もテレパシーで会話を交わしたが、こうして直に会うのははじめてで、ウェンデルももちろんそうだった。マルスですらそうだが、特にウェンデルたちのような魔道に従事する者にとって、魔道の伝道者であるガトーは特別に偉大な存在になる。マルスよりも、ウェンデルのほうが緊張している、かもしれない。それを察してくれているのか、「そう気を張る必要はない」とガトーが穏やかに語りかけてくれた。
マルスの用とは、つまりガトーのもとにウェンデルを呼ぶこと。それは、彼に託すとガトー自ら指名してきたのだ。ガーネフを打ち破る唯一の魔法【スターライトエクスプロージョン】を託すのだと。





マケドニア城で一夜休息を終えてすぐ、同盟軍はすぐに次の戦場へと向かう。ガトーの大ワープの術で、人員戦車戦馬すべてを一瞬で遠方へと送る、大賢者のみ行使できる大魔法だ。強力な術ゆえ、めったに使えぬ魔法とのこと。その上、先日オーブの力でスターライトの魔道書を生み出したガトーは、ただでさえ疲労しているだろう。だがそのことよりも、ガーネフを一刻も早く打ち破り、彼に囚われたままとなっているエリスの救出を急ぐ必要があったのだ。エリスはガトーが魔法で監視をしていたが、それも長くはもたないとのこと。連戦続きで、兵士たちも疲れがたまっているだろうが、勝利によってみな戦いの気迫は十分だった。ガトーの移動魔法のおかげで、進軍による労力は抑えられる。ガーネフに時間を与えてはならない。短時間で、テーベを落とす必要があった。

幻の町テーベ、存在こそは伝えられていたが、こうしてその地に踏み入ることは、カダインに長くいたウェンデルでさえ初めてのことだ。しっかりとした作りの宮殿は、人の手で造られたのだろうか?それとも魔法によって造られたものなのだろうか? 周囲は砂漠に囲まれ、砂嵐が吹き荒れているのに、宮殿内は毎日ピカピカに掃除されているかのごとく、砂すら入ってこない。
まるで神によって守られているみたいだ。だが、そこには戦意を纏った勇者にスナイパー、そしてわらわらと現れるカダインマージたちによって、ここは闇の司祭の居城なのだと思い知らされる。


「ここはおれたちにまかせて!」

威勢よく飛び出すのは勇者ラディだ。白騎士団のパオラも銀の槍を手にラディとともに向かっていく。前日の軍議にて短期決戦のための作戦は決まった。狙うはガーネフ。スターライトの魔法を持った切り札でもあるウェンデルをワープの術で最上階へと飛ばす。その援護に退魔能力に秀でたリフが共に向かう。パートナーにリフを抜擢したのは、ガトーの薦めがあったからなのだが、ウェンデル自身もリフに頼みたいと思っていたからちょうどよかった。以前カダインでガーネフと戦った時、リフの力でリンダをはじめとする仲間たちを、ガーネフの脅威から守りきれた。リフの力をガトーも知っていたのだ。リフのもつ神聖な力は、ガーネフの邪悪な闇の魔法をいくらか防ぐことができるだろう。そのための切り札を、ガトーよりリフも与えられた。ガトーより授かったマジックシールドの杖。リフの法力に反応してより強力な魔法のシールドを張ることができるのだ。

わらわらと現れるカダインマージたちは、マリアたち魔法耐性の高い魔道の使い手たちが相手をする。狭い回廊を、魔法や弓、そして戦車から飛び出す火器によって、向かい来る敵を倒していく。魔法相手は苦手だが、海賊ダロスもておのを投げながら、道を切り開いていく。最上階へと続く道は確保しないといけない。ウェンデルたちが囲まれて、ガーネフを倒す前にやられてしまっては元も子もない。竜騎士団や黒騎士団と戦ってきた同盟軍にとって、恐るるに足らない相手だ。


「最上階への道は確保できた、レナ!」

合図が後方で控えていたレナへ届く。尼僧レナはワープの術をいつでも使えるように、準備をしていた。すぐにウェンデルとリフの元に走る。「では、行きます。どうかご武運を」レナのワープの術でウェンデルは最上階へと瞬間移動する。そこは開けた大広間だった。玉座があり、神々しさを感じる場所ではあるが、そこに蔓延するのは邪悪な妖気。司祭であるウェンデルでさえ、その禍々しい魔力の圧に、顔をしかめる。空間をゆがめそうな禍々しい気を纏いながら、玉座に座するのはガーネフ。それだけではない。ゆらゆらとゆらめく無数のガーネフの姿があった。ガーネフは影武者を用意していたのか。いやもしかしたら、ガーネフが作り上げた自らの分身なのかもしれない。

「ククク、やはりきたか。ガトーめ、よほどワシの力が恐ろしいと見える。忌々しい光の魔法など作り出すとは…」

ウェンデルは目だけを動かす。誰が本体なのか。どのガーネフも邪悪な気を放っている。おそらくすべてが危険な存在に違いない。一度に魔法を放たれて、しのぎきれるかどうか。切り札であるスターライトの魔道書をウェンデルが持っていることもガーネフはお見通しのようだ。ここの守りが手薄なのかしれないが、すんなりとガーネフのいる広間までたどり着けた。もしかしたら、ガーネフはわざとウェンデルを通したのかもしれない。忌まわしいその魔法を、ガトーを間接的に叩き潰すために。体の奥底を抉るようなどす黒い感情の混じった殺気がウェンデルを襲う。幻聴のように聞こえてくる。不気味に頭の中の敏感な箇所を攻撃してくるような、気持ち悪さ。

ガトーが憎いガトーが憎い
ガトーへの強い憎悪、目の前の人間を地獄のような苦しみを与えながら、嬲り殺すようないやらしさ。どれけだけこの男はガトーが憎いのだろう。人々から敬われ、大賢者として特別視されるガトーを、ここまで憎悪するのは、この男くらいだろう。
なぜどうして?
そんな疑問はわかない。ウェンデルには痛いほどわかるからだ。

愛しているのだ、ガトー様を。
心のそこから、慕い、目指し、誰より認められたかった。
わかる。
共感した瞬間、ウェンデルの中に強く浮かび上がるのは、弟子マリクの姿。弟子でありながら、強い魂を持ち、不屈の精神力。魔道の天才とも言えるバツグンの魔道センスをもちながら、さらなる高みを目指し、努力を惜しまない。愛する祖国と主のため、魔道を極めようとする志の強さ。
恋焦がれ、愛した。今までの人生の中、マリクほど強く気高く、そしてウェンデルの心をとらえた人物はいなかった。

マリクよ…。

心に思う。今、ここで戦っている我が弟子よ。そして、ウェンデルには多くの弟子がいた。その中の一人を思う。マリクに次ぎ魔道センスに溢れる青年だ。名をエルレーンというが、マリクの兄弟子になるが、やたらとマリクをライバルとし、すぐに感情を高ぶらせる。マリクやマリアが強い精神力の魔道の使い手とすれば、エルレーンはすぐに心が乱される弱い精神の持ち主だった。心が弱いのは、魔道においては不利になる。魔道士リンダもまた幼さゆえに心が未熟で、そのため魔道を諦めようとしたことがあった。だが彼女は仲間の支えや、主君への愛、そして父への思いと向き合い、自分の意思で魔道の道を進むことを決めた。戦いの中で、少しずつ成長していった。マリクたちに比べたら、まだ頼りないところはあるが、成長段階の彼女は将来立派な魔道の使い手へとなれるだろう。エルレーンだってきっとそうだ。彼は年齢はリンダよりはるかに年上だが、心はリンダより幼いかもしれない、とウェンデルは見ている。心さえ成長すれば、エルレーンはマリクに引けをとらない魔道士になるはずだ。いつかは、自分のあとを継いで、指導者となるかもしれない。いや、導いてやらなくては。

取り戻すのだ、カダインを。かつての、魔道の楽園に。ガトーの作り上げた魔道都市。多くの希望が可能性が集い、育つ町へ。ウェンデルの愛するカダインを、若者たちの未来を守りたい。

それもまた欲望。
人を動かし、成長させるのは欲望の力。ガーネフもそうなのだ。彼は誤ってはいないのだろう。魔道を志すものなら、魔道への渇望はわかる。だが、人間社会の悪と成り果てたガーネフは、許されざる存在だ。巨大な力を得て、己の欲望のため、多くの命を奪い、人々の未来を奪う。ガトーはウェンデルにスターライトを託した。ガトーは多くを語らなかったが、ウェンデルには伝わった。ガトーの悲しみが、それもまた愛。ガトーもかつての弟子であるガーネフを愛しているのだ。


「司祭風情が、ワシに楯突くというのか。おろかな。貴様の手に光魔法があろうとも、このマフーを打ち破れるものか。さあ、地獄へ送ってくれよう」

ガーネフたちがいっせいに呪文を唱え始める。耳鳴りが襲う。悪霊たちのおぞましい声が放たれながら、マフーが発動する。

「ウェンデル様!」

眩い光のシールドを杖を構えた全面に作りながら、リフがワープにてウェンデルの前に現れた。襲い来るマフーの魔法をマジックシールドの術で防ぐ。

「リフ!」

「さあ、今のうちに、スターライトエクスプロージョンを!」

ウェンデル前に現れたリフを、ガーネフは憎憎しげに睨む。愚かな一僧侶までもが、このガーネフ様に逆らうというのか?しかもガトーめ、この僧侶にも力を与えやがってと。ガトーへの憎しみが膨らみ、その感情がマフーへと現れる。さらに巨大に膨らむ怨霊たちの邪悪な気が、ウェンデルたちに襲い掛かる。

「ぐぬっ」

邪悪な魔力に押され、リフの足元からきゅきゅっとすべる音がする。杖を全面に構えたまま、魔法の盾は崩さない。片手を杖から離し、リフは印を結ぶ。聖なる加護をその身に宿し、悪霊たちを滅するのではなく、その魂までも救おうとする。リフの退魔の力は、邪悪を倒すためのものではない。すべての魂を救いたいとする、リフの優しき魂が生み出す力。杖から放たれる光は、リフの法力を得て特殊な作用を起こす。マフーで呼び出された怨霊たちを浄化していく。だが完全には浄化できない。ガーネフの魔力はリフの法力をはるかに上回り、ガトーの加護を得たリフが次第に押されていく。

「リフよ、すまぬなぁ。もう少し耐えてくれるか」「はい、ウェンデル様。どうか、ガーネフを…、彼の魂をせめて」

「うむ」とウェンデルは頷く。リフはガーネフの魂を救いたいと願うのだ。

スターライトエクスプロージョン。魔法には術者の想いが込められている。ウェンデルがマリクに授けたエクスカリバーしかり、リンダが父ミロアより授かりしオーラしかり、そしてこのスターライトにも、愛が込められている。愛と欲望、それは相反しながらも同質の存在。

「スターライトエクスプロージョン!」

ウェンデルの手より放たれる魔法は、周囲を暗闇へと変えていく。この広間一体、異空間のように変化した。体が浮いているわけではないが、まるで体感したことのない場所に移動したようだ。はるかかなたに見える夜空の中を漂うような、それはウェンデルだけではない。ガーネフもそれを体感していた。

「ぬっ、なんだこの闇は!?」

ガーネフの操る闇は、人を恐怖に陥れる禍々しい闇だ。だがこの闇は違う。底が見えなくて、どこに繋がるのかわからない。だけども、すべてを包み込むかのような大きなもの。人は闇を恐れ、また闇を愛してきたのだ。原始より、ずっと闇を恐れ、闇を敬った。
人の心と似ている。そう感じるウェンデルは。闇を知るから、人は光を求め、光に感謝できるのだろう。このスターライトはガトー様のお心そのものだ。それをウェンデルは理解し、ガトーの愛する弟子を解放せねば。使命だけではない。ウェンデルの欲望とも直結する。

カダインを救いたい。弟子たちの顔が次々に浮かんでくる。彼らはウェンデルにとって人生そのものといえる存在だ。

星の光が闇より生じ、ガーネフの上にふり注ぐ。

「ぬおおおおーーーおのれえーーーガトーーッッッ!!!」

光沢を失った死者のようなガーネフの肌に、深く刻まれたしわ一つ一つにその光は入り込んでいく。闇に染まりきった、悪へと身を落としたガーネフの中、深く深く浸透していくように。

許さぬ、自分ではなく、ミロアを認め、自分を認めなかったかつての師への激しい感情。
誰よりも認められたかった、あの人に認めてもらいたくて、若かったあのころの自分はがむしゃらに励んで、より高みを目指そうとした。だが、咎められ、お前は光の魔法にはふさわしくないのだと、光の魔法オーラはミロアを選び、自分はただの平凡な魔道の使い手なのだと、心は認めたくなかった。憎しみは闇との結びつきを強め、人であることを捨て力を得る道を選んだ。

後悔はしていない。その結果力を得たのだから。野望は果てしなく広がる。メディウスすら利用し、世界を手に入れ、そして…ガトーを屈服させる。後悔させてやる。
闇の中落ちたガーネフは、彼は最後に光を見出していた。
魔竜のモーゼスに囚われていた王女エリス。彼女を人質としてガーネフは譲り受けた。エリスはシスターとして神聖な力をその身に宿し、高い退魔能力を持っていた。アンリの血族であることをマムクートたちは危惧するが、エリスは人質として利用価値があるとガーネフは諭した。が、本音はそんなことではなかった。彼女はガトーからオームの杖を与えられていた。あのガトーが特別に目をかけていた聖女だ。ガトーへの嫉妬心、最初はそうだった。王族として生きてきたエリスが、監禁され、滅び行く人間世界に無力な自分に打ちひしがれ、絶望し、ガトーへ幻滅するようになるだろう。心が朽ちていく人間の無様な様を観察してやろう、そんないやしい気持ちもあったが、ガーネフの意に反してエリスは絶望などしなかった。強い心でもって己を保ち、マルスをマリクを人々をガトーを信じ続けた。


なぜ、最後の瞬間彼女を眩しく想うのだろうか。
屈服させたい、絶望させたい、お前が信じるすべてを否定して、ぶち壊してみせたい。
だが、否定されるのは、己のほうだ。
光の中、ガーネフの魂はエリスの元に向かっていた。


暗闇から一変、ガーネフからあふれ出した光は広がり、広間は元の明るさを取り戻す。カダインマージたちは洗脳が解け、戦意を失いうなだれる。マリクやマルスは広間にいるウェンデルの元に走る。ウェンデルの目の前に、ガーネフの姿はない。ガーネフを倒したのだ。彼の肉体は光の魔法によって浄化され、すでに朽ちていた肉体は光の中消えていった。ホッとする中、ウェンデルは疲労感に襲われる。

「終わったのだな…」「!いけません、ウェンデル様!」

リフが振り向き、異常に気づき声を上げる。慌てて魔法のシールドを貼る、だが間に合わない。ガーネフより解き放たれたマフーは行き場を失い、暴れるようにウェンデルたちのほうへと襲い掛かる。「ハァッ」リフは気を放ち、悪霊たちを己のほうへ呼寄せる。大量の悪霊が魔法の壁を打ち破り、リフの肉体を破り裂き、魂を喰らう。

「リフ!」

ウェンデルがリフのもと駆け寄る。悪霊たちはリフの中浄化され消滅したが、リフも崩れ落ち動かなくなる。ウェンデルが抱き上げ、呼びかけ、リカバーの杖を振るうが、効果はなく、リフは虫の息だった。


「リフしっかりしろ!」

仲間が駆けつけ、リフを呼ぶが、ウェンデルが悔しそうに首を振る。杖の回復を受け付けない。魂が、今にもつきようとしている。

「よかった、ウェンデル様。ガトー様の願いは…果たされました」

苦しそうに息をきらしながらも、リフはウェンデルの腕の中、穏やかに微笑む。己の死が迫る中でも、リフは自分のことより人の思いのことを考える。

「リフさん!しっかりしてよ!」「そうよ、リフさん、一緒にタリスに帰るのよ、ねえ」ダロスやシーダも涙ながらリフに呼びかける。だが、彼らの声もリフにはもう届かないのか、リフはそのまま静かに目を閉じ、体はウェンデルの腕の中ぐったりと力を失った。

「リフ、すまぬ…」

悔しく、ぎゅとリフの体を抱きしめるウェンデル。欲望の果てに、大切な仲間を失うことになるなんて。ガーネフを倒したことを、みな誰一人手放しに喜べなかった。

「ウェンデル殿、どうか顔をあげてください。あなたの行いは間違ってはいません。ガーネフの魂は人の心を取り戻し、本来の場所へと向かうことができたのです」

凛とした女性の高らかな声が広間に響く。「姉上」「エリス様」とマルスやアリテイアの者たちの声。ガーネフに囚われていた王女エリスが、杖を携えウェンデルたちの前に現れた。監禁されていたと聞くが、顔色はよく、王女の無事にみな喜びに沸く。

「リフ、あなたの清らかな魂、ここで果てさせるわけにはいきません。再び、出会いましょう」

シャンと涼やかな杖の音が鳴る。再び出会う、エリスの言葉の意味に誰もピンとこなかったが、彼女は告げる。「リフを呼び戻す」のだと。

マルスの前にガーネフより解放された神剣ファルシオンが現れる。勝利と引き換えに、大切な仲間を失い、そして囚われのエリスを救い出しファルシオンを取り戻した。長く続いた苦しい戦争を、人間の世を取り戻すため、ドルーアへと攻め込むことになる。運命の地ドルーアへと、死者を蘇らせる神秘の神殿へエリスは向かうと告げる。
戦いを終わらせるため、リフを蘇らせるため、同盟軍は決意を新たに旅立つのだった。



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