暗黒竜メディウスを倒し、打倒ドルーア帝国を果たしたアリティアの王子マルスと、その恋人タリス王女のシーダはタリスを訪れていた。アリティアで、あの時とは違う幸せな空気の中、王女エリスに見送られて、亡命中に世話になったタリス王と王妃に、報告へと向かったのだ。彼らと共に向かったのは、タリス義勇軍のオグマ、バーツ、マジとサジ。そしてタリスの青年カシム。僧侶リフとともにダロスもいた。またアリティアテンプルナイツのジェイガン、カイン、アベルにドーガとゴードンも一緒だった。亡命した時一緒だったじいのモロドフは今回はエリスとともにアリティアで留守を預かっている。
マルスとシーダの帰りを、タリス王たちは大いに喜んで出迎えた。その日城内ではささやかながら歓迎を行い、みな楽しいひとときを過ごした。


「うーん、キレイな月夜だ。波の音が心地いいや。よっこらせっと」
海岸近くの草むらでダロスは寝転がり、仰向けで夜空を眺めていた。真っ黒な空に、彩を添える星星、月が一段と輝いて見える。
「星かぁ…」
星を見上げてダロスが思い出すのは、テーベで魔王ガーネフと戦った時のことだ。すべての攻撃を封じる絶対魔法マフー。そのマフーの唯一の対抗手段だったのが、ガトーより授かったスターライトの魔道書。
そのスターライトの魔法は、周囲を闇に変え、だがそれを照らし包み込む温かい光の魔法だった。あの美しい光景は、今でも目に焼きついている。
「あ、そうだ、リフさんどこに行ったんだろ?」
パーティーの途中で、用事があると告げて退席したのを覚えている。その時気にはなったが、おいしい料理を前に、のん気にしているとサジたちに奪われかねなかったので、慌てて食べていた。ごちそうもおいしかったが、マルスとタリス王の温かいやりとりについうるうると感極まってみたり、「シーダ様がお嫁に行ったらタリスが寂しくなるぜ」と男泣きしながら酔っ払うサジをほっとけなかったりだの、してつい時間が経ってしまった。
「よぉダロス、気持ちよさそうだな」
呼びかけてきた声に反応して、ダロスが体を起こす。
「あっ、バーツ。君はもう家に戻ったのかい?」
「ああ、まあな。ところでダロスよ、一つ聞きてぇんだが、海賊ってのはどんなもんなんだ?」
「へ? 海賊? うーん、ドルーアも滅んだし、前みたいに海賊が活発に暴れまわったりはないと思うけど」
「いやいやそういうこと聞いてんじゃなくってだな、お前が海賊だった頃の話が聞きたくてよ」
「……あのね、みんな今まで誤解したままだけど、ボクは海賊じゃないんだからね。ただの船乗りだよ」
「はっはっはっ」
「なんで笑うんだよ! 本当だって! みんな信じてくれなかったけど、リフさんまで」
はぁ、がっくりとダロスが立派な肩を落とす。
「そうか、でもよ、お前今更ただの船乗りに戻れるのか?」
「どういうこと?」
「俺も元々漁師でな。お前ら乗せてきたのも猟船だったろ?」
ガルダ港からペガサスにまたがったシーダ以外は、みなバーツの船に乗せてもらった。結構キツキツ状態だったが。しっかりとした船だった。ダロスの船はあの時にゴメスたちに壊されたままで、ちょっと羨ましいとこそりと思っていた。
「立派な船だったよね(ボクの船も壊れてなければ…、王子たちを乗せられたのに)」
「戦いが終わって平和になって、前の生活に戻るって奴もたくさんいると思うが、…俺はどうももう戻れない気がする」
「どういうこと?」
「戦いを知ってしまった。人を殺したり傷つける事が楽しいとか、そういうことじゃないんだが、刺激だろうか。退屈な日々に耐えられそうもねぇんだよ」
「まさか、それで海賊になりたいって?」
ダロスの目がカッと見開く。ぶっきらぼうなところもあるが、バーツは根はいい奴だ。そのことは仲間として共に戦ってきたダロスもよく知っている。だから、バーツの発言には耳を疑った。
「ははは、なんだそんな怖い顔するなよ。そんなぶっそうなことは考えてねぇ。まあちょっと冒険してみようかと思ってな」
「…なんだ、そういうことか。もう脅かさないでよ」
やれやれとダロスが溜息をつく。バーツはのん気にはっはっはと笑う。もう人の気も知らないで。
「ダロス、お前はそんなことないのか?」
「ないよ。ボクは争いなんてもうこりごりだよ。もう…斧を振るわなくてすむってほっとしているところさ」
ムキムキな図体して、言う事は小心者だ。こんなことを言っているが、戦場でのダロスは鬼神のごとき強さだった。謙遜ではないという事はバーツも知っている。これが本当の彼自身。
「お前はほんとに、優しい奴だな、お人よしってやつか」
「ほ、褒めてるのかな、それ」
「だがな、男ならもっと豪快に生きたほうがいいぜ! なっ!」
バシッと乱暴に背中をはたかれて、ダロスはびくっとなった。
「じゃあな、ダロス。いつか、どこかの海で会おうぜ」
「あ、うん。元気で」
バーツと別れた後、ダロスの耳に聞こえたのは、特殊な羽音。鳥のものとは全然違う。重量感を感じるソレは、ダロスも何度も見かけたペガサスの羽音だった。
タリスでペガサスに乗るのはシーダただ一人。そのシーダではないとすると、外部の人間に他ならない。が、その騎手に、ダロスは覚えがあった。マケドニア白騎士団の三姉妹のだれかだ。
「おーい」
ダロスが手を振ると、ペガサスはダロスの傍に舞い降りた。桃色のショートヘアの丸い目の少女、彼女もダロスに気づくと「あ、ダロス!」と彼の名を呼びぶんぶんと手を振った。
「エストじゃないか、どうしてここに? カチュアたちとマケドニアに帰ったんじゃなかったの?」
くりくりと目を丸くして驚くダロス。
「えへへ、実はね、あたしはアリティアに行ったんだけど、エリス様からここだって話を聞いて、そのまま飛んできたの。アベルに会いにきちゃった」
えへとテレ笑うエストに、ダロスは「へー」と頷く。
「ここまでペガサスで大変だったろ。みんなならお城のほうにいるはずだよ」
「ありがと、じゃーねダロス」
慌しくペガサスでエストは去って行った。
「エストってアベルと仲良かったんだ。…あ、そうだ、リフさんどこにいるんだろ」
ダロスが浜辺を離れる頃、時間は深夜を過ぎていた。城の北にある村は、ほとんどの家が灯りを落とし、眠りについていた。ダロスが村の中を歩いていると、なじみの少年を目にした。アリティアの弓兵ゴードンだ。
「ゴードン」
「あ、ダロスさんこんばんは。今日はお城のほうで泊まっていいそうですよ」
「そうなんだ。まあボクは野宿でも平気だけど、ここは平和だし静かだしね」
「そうですね。…懐かしくて、つい出歩いてしまいました」
「ああそっか、ゴードンたちはタリスに二年間いたんだっけね」
「はい、アリティアはかけがえのない故郷ですが、ここタリスもボクにとって故郷なんです。第二のふるさと…でしょうか。特にここの村の雰囲気は故郷に似ていて、居心地がいいんです。早く家にも帰りたいな。…あ! ダロスさん、今度うちに遊びに来てくれませんか? ボク弟がいるんですけど」
「ゴードンの弟か。うん、ぜひ遊びに行きたいよ(それまでに船直さないと)」
「じゃ、ボク先にお城に戻ります。おやすみなさい」
「うんおやすみー、いい夢を」
ゴードンと別れて歩き出したダロス。ぽつんと明かりのついた民家を見つけて、ふとそこに立ち寄った。ドアのそばから声が聞こえてきた。
「これで、もうだいじょうぶですよ」
「あ」
温かいこの声色は「リフさん」だ。
窓からそっと中を覗き見る。椅子に腰掛けた老人男性の足元から治癒を杖を離すリフが見えた。
「リフ様、ほんとうにありがとうございます」
「いえ、どうかお大事になさってください、では」
民家を出たリフを、ダロスが呼び止めた。
「リフさん、用事ってこのことだったの?」
「おや、ダロスさん。宴はもう終わったのですか?」
「うん、さすがにもう終わってると思うけど。リフさん、ここの村で治癒をしていたんだね」
「ええ、タリスを離れる前からの、私の務めでしたので」
「やっぱり、リフさんは変わらないな。初めて会った時から。こんなリフさんがガーネフと戦ったなんて、なんだか信じられないや」
「私が今ここにこうしていられるのも、皆様のお力があったからですよ」
にこり、と優しく微笑むリフ。ダロスは改めて思う、だからリフが好きなのだと。
「戦いも終わったし、リフさんはこれからまたタリスでみんなのためにがんばっていくんだね」
そう思っていた。
「いえ、実は私は…、マルス王子たちとともに、アリティアへ行こうかと思っています」
「ん? へ? ええっアリティアに? まさか、モロドフさんにムリヤリ頼まれて?」
あの強引なじいさんならやりかねないとダロスは思ったが、そうではなかった。
「いえ、私自身の決断ですよ。アリティアを解放した時の事を覚えてますか?」
「ああ、うん。すごかったね。みんなすごい盛り上がってて、スターロードマルスって万歳してたもんね」
「あの時ダロスさんにもお手伝いしていただきましたね。戦争で壊された村の人たちを助けに向かったこと」
アリティアは無事解放されたが、多くの人々が傷ついていた。村や町は焼け野原になり、家や親を失い泣いている子供達がたくさんいた。
リフはあの時の可愛そうな子供達の事がずっと忘れられなかった。その時に決意したのだ。
「戦災孤児たちを救いに行きたいのです。早くあの子達に、笑顔を与えてやりたいのです」
「リフさん。…やっぱり、リフさんはリフさんだね」
ダロスはそんなリフのことが、自分のことのように誇らしかった。嬉しかった。



「お、おーい、ダロス! ダロスじゃないか」
ガルダ港へと戻ってきたダロスを、かつての船乗り仲間たちが温かく出迎えてくれた。
「お前、本当にあのドルーアと戦ったのか?」
「まあね」
「しかし信じられないな。気の優しい、気弱なお前が戦いなんて」
「あはは、ほんともうこりごりだよ。そうだ、みんな、手伝って欲しいんだ」
かつての仲間たちと共に、ダロスは海の男に帰る決意をする。
あの頃のように、気ままな船乗りに。再び戦乱に身を投じるなどこの時のダロスたちは知るよしもない。


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