青く晴れ渡った空に、青い海から流れてくる潮風のかおり。
港にはいくつもの商船が停泊し、いくつもの物資や人が忙しなく行き交う。
ここは港町ワーレン。
貿易によって栄えるここワーレンにはドルーアの支配はなく、自由と豊かさがあった。
というのもワーレンはドルーア帝国に多くの税金を支払うことで自治を保つ希少な地区であったからだ。
ただ、豊かであるゆえに邪心を抱く者もひきつけるわけで。
盗賊や海賊といったよくない輩がたびたび騒ぎを起こす事もめずらしくない。
が、ワーレンは賊どもに支配される事はまずないのである。
軍隊は持たぬが、自衛団がこの町の平和を守っていた。
若き剣士ラディもその一人だ。
今日もワーレンの町の警備を務める。
貿易港ということもあり、この町には各国から商人たちが集まり、日々新鮮だ。
その上、今はアリティアとオレルアンのアカネイア解放連合軍が駐留していることもあり、さらなる賑わいを見せている。
ワーレンは反ドルーアではないが、アリティアのマルスたちを快く迎えた。
ワーレンは商いに徹する町だ。町の利益になるならどんな勢力だろうとそれはたいした問題にはならない。
マルスたち一行も、このにぎやかな町で武器や防具の調達をしながら、戦士たちは久方ぶりの休息を楽しんでいた。


「うーん、やっぱりいいなー、港町は」
ぐーんと大きな体をさらに大きくしながら伸びをし、深呼吸をするこの男はダロス。
元船乗りであるダロスは故郷のガルダを思い出しながら嬉しそうに息を吸い込む。
武器屋で斧は買ったし、用事はすんだので時間まで町を一人ぶらついていた。
ダロスのいたガルダも港町だったが、ワーレンと比べたらはるかに小さく田舎だ。
人も多いし、活気もすごい。武器屋にしても件数も多く、品数も豊富だ。
通りを見て歩くだけで十分楽しい。潮風を感じるだけで海の男であるダロスは疲労が回復する気分だ。


「ド、ドロボーー!」
老人の叫び声が通りに響いた。
ラディの敏感な耳がぴくんと反応する。声のしたほうへと素早く駆けていく。
通りの石畳にしりもちをつくローブで深く顔を隠したよぼよぼの爺さんを確認する。
「待ってておじいさん、おれがすぐに捕まえてくるよ」
人通りの多い道でもラディはそのスピードを緩めない。器用に人の波をかわしながら、彼は駆ける。
「い、今の声は…バヌトゥさん?」
叫びを聞いていたダロスもそこへと駆けつけた。声の主は先日仲間に加わった老人バヌトゥだと気づく。
「大丈夫? バヌトゥさん、ケガはない?」
「しょしょんなことより、ワシの竜石がっっ」
バヌトゥが常に大事そうに手にしていた赤く、時に不気味に輝くあの石のことであろう。
あの石にどんな力があるのかダロスは知らないが、とても大事にしているものだということはわかっていた。
「まかせて、ボクが取り返してくるよ。あっちに逃げたんだね?」
こくこくと頷くバヌトゥをそのままに、ダロスもまた盗人追いかけて町を走る。


「へへへ、こいつはなかなかの宝石だぜ。あのジジイ、自慢げに見せびらかして、バカだよなぁ」
盗人の男は卑しい笑みを浮かべながら、手の中の赤い宝石を眺めつつ逃げていた。
まったく、老人や女は高価なものを持ち歩いては危険というのはこの町の常識だのに、あのじいさん世間知らずもいいとこだ。
「こいつはいくらに化けるか? へへへ楽しみだぜ、おもわずよだれが」
宝石を眺めてよだれをすする男の頭上を影がよぎる。
「おれがいる限りここワーレンでの悪事は働かせない! その石をすぐに返してもらうぞ」
猫のように身軽に着地したラディが、盗人の行く手を遮る。
「ちっ」
舌打って、男は慌てて来た方向へと逃げ走る。が、その行く手はさらに遮られる。
「コラドロボー! 逃がさないぞ」
斧を持って大きな体で行く手を遮るのはダロスだ。
「ぐ、ぐぐぅ」
盗人男は本能的に敵わぬ逃げ切れぬと悟り、大人しく観念した。



「ご協力感謝します!勇敢な旅の方」
ラディに礼を言われて、ダロスは照れくさそうにはにかんだ。
「被害にあったの、ボクの仲間なんだよ、それで」
と言いながらも、もし赤の他人通りすがりでも、ダロスは困っている人をほおっておけないお人よしなのだが。
「そうだったんですか。おじいさんもケガもないようでよかった」
「わしの大事な火竜石!」
バヌトゥは礼も言わず、ラディの手の赤い石をマッハで奪い取り、両手に抱え込む。
「バ、バヌトゥさん、この人は泥棒を捕まえてくれたんだよ」
あせあせとダロスが伝えるがバヌトゥの耳には届かない。「あはは」とラディは苦笑う。
「竜石さえ手に戻れば、盗人なぞ一ひねりじゃわ、見とれ!」
カッとバヌトゥが念じた瞬間赤い石は強く瞬き、それはバヌトゥを包み込んだかと思うとみるみる膨れ上がり巨大な赤がそこに現れる。
「わっわわわーー」
「なっなんだーー?!」
ダロスとラディはその巨大な赤から慌てて逃れた。ダロスたちだけでなく、ワーレンの人々は皆驚きと恐怖を味わう事になる。
突如現れた赤い巨体の、それは竜。
マムクートバヌトゥの真の姿を目の当たりにした彼らのその後はいかに?


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