「おおー、祭りじゃ祭りじゃーー!!」
お約束のように響き渡る大神官ラルドの声と水晶使いたちの奏でる楽器の音。祭りの音。
夜は深け、月明かりが照らす時間帯であるが、月光がぼやけるくらい眩しく輝く祭りの灯り。
長年戦い、苦しめられてきたリスタルの民、そして共に生きてきた聖獣たちにとって最大の天敵であった黒水晶を倒し、皆喜び舞った。明るい笑い声に歌声が止まることなく流れている。
そんな祭りの空気に触れることなく街を去り行く影があった。

「みんなたのちちょーでちゅ。これでみんなちあわちぇになるでちゅね。」
灯りに照らされてきらきらときらめく丸い瞳でアクアを見上げながら、マリンがそう言う。マリンの言葉に小さく「ああ。」と頷いてアクアは優しく胸元に抱いているマリンを優しく撫でた。
アクアとマリンは祭りの空気に触れることなく、人気のない通りにいた。
アクアの背には、わずかながらの荷物が詰められた鞄が抱えられていた。

リスタルを出る。
アメジにそう言ったアクアの気持ちは本当だった。アクアはリスタルを離れるつもりでいる。今夜発つ。

広場から背を向けるように歩き出したアクアに、胸元のマリンがハッとしたように

「アクアちゃま、アメジちゃまおちょいでちゅね。」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、小さな首を振るマリン。そのマリンの頭を軽く押さえる様に撫でながら、アクアの言葉

「アメジは来ない。」

「えっ?」

なんででちゅか?
そんな顔でアクアを見上げるマリン。
マリンを撫でながらアクアはリスタルの街に背を向けた。そのまま、リスタルを旅立つ…はずだった。


「うおおおーい!」

騒がしい声がアクアたちのほうに向かってくる。その声にマリンの耳がピンと嬉しそうに立つ。

「きたでちゅ!アメジちゃまでちゅ」「えっ?!」

驚いてアクアは足を止め、振り返った。
駆けてくる人影が見える。
「待てよ、アクア!あたしを置いていくな〜!!」
人影はアメジだった。
「お前、どうしてここに……」
唖然とするアクアの隣でマリンが飛び跳ねるようにして喜んでいる。
「アメジちゃま!やっぱりきてくれたでちゅ。マリンしんじてまちた!」
「あったぼうよ!あたしとマリンちゃんはずっと一緒さ。離れられない運命なのさ」
にかっと満面の笑顔でアメジはマリンの前に顔を突き出した。マリンも嬉しそうに微笑む。
「もちろんアンタもだよ、アクア」
「えっ…アメジ、ほんとうなのか?それは…」
とまどい、信じられないと言った顔でアクアはアメジを見た。
アクアにとってアメジは初恋の相手と言えた。その想いをかつて打ち明けて、だけどもこの想いは叶わないと思っていた。
アクアにとって初めての恋心であり、この先二度とこんなにも人を好きになることなんてないだろうと思えるほどの大切な想い。
それが今、目の前にある。
「ああ、そうさ。言っただろ?あんたがどんな姿になろうとも必ず見つけ出すって!」
「…そんな話初めて聞いたが…」
きょとんとするアクア。アメジの言うことのわけのわからなさだが。

「ああもういいんだよ細かいことは。とにかく、祭りは始まってるんだ。さっ、アクアアンタも来なよ」
「えっ、おい待てアメジ、俺は」
「いいから、いくよ!」
アクアの話も聞く耳持たずで、アメジは強引にアクアの手をつかんで街のほうに走り出した。
なんてことだ、このままアメジに会うことなく夜の間にリスタルを発つつもりだったのに。ましてや祭りに参加するなんて考えてもなかった。だが、胸元で嬉しそうにしている小さなマリンを見ると、行ってもいいのかもしれないとふと思った。そして自分の手を引くアメジもまた、にこにこと笑顔だ。

「あっ、そういえばマリンちゃんにお願いがあるんだけど」
突然立ち止まり、アメジはアクアの手を握ったまま振り返り、マリンに向き直るとそう言った。
「ん?なあにでちゅか?」
小首を傾げながら聞き返すマリンにアメジは真剣な表情で
「マリンちゃんにちゅーしてほしい!」
「は?」
アメジの発言にアクアは我が耳を疑ったが、アメジはぐいぐいとマリンに顔を近づける。本気だ。
「ぺろちゅーでもいいよ!」
「勝手を言うな、いいわけないだろ「いいでちゅよ」
アクアの反対は遮られ、マリンは快くアメジの鼻にちょんと自分の小さな黒い鼻を当てた。猫がよくする鼻ちゅーみたいなものだ。固まるアクア。アメジ少しして動き出す。

「ひゃっほーーマリンちゃんのちっす冷たくて気持ちいい!ありがとうマリンちゃん」
「アメジちゃまよろこんでくれてうれちいでちゅ」
「マリンちゃん、これからもずっと一緒にいようね」
「はいでちゅ!」
ふたりは幸せそうな顔で見つめ合った。
「おいっ、勝手に決めるな、俺の意思はどうなる!?」
アクアが叫ぶように言うと、アメジは「うるさいねぇ」といいながらこう続けた。
「アンタも羨ましいの?ならマリンちゃんにしてもらったら?」
「えっ…なにを…言って」
狼狽えるアクア。きゃるんと真ん丸な目でアクアを見上げるマリン。
「アクアちゃまもちゅるでちゅか?」とマリンからのナイスパスがきたが、
「いいや、俺はいい」
と首を振って断るアクアだった。
「あれ?しないの?マリンちゃんにちゅーしてもらおうよ。遠慮はいらないよ」
「いらん!」
「ええ〜、じゃあいいよ、あたしがしてもらいたいだけだし。でもマリンちゃんはあたしのだかんね」
「お前なに言ってるんだ。マリンは俺の聖獣でパートナーだ。誰にも渡さん」
バチバチと火花を散らすアメジとアクア。それを止めようとするのはけなげなマリンだ。
「ふたりともけんかはだめでちゅ」
黒水晶との戦いが終わって、リスタルに平和が訪れた。その新しい日々に向けての今日は特別な祭りの日。
本気でケンカをするわけじゃない。アメジとアクア、いろいろあったが二人の間にたしかにある絆。
「そうだね、早く祭りに行こうか」
アメジの言葉にアクアもフッと笑って「そうだな」と頷いた。


◆◆◆


広場では多くの人が集い、楽器の音が鳴り、踊り子たちが踊っていた。屋台からはおいしそうなにおいがあふれ、みなの嬉しそうな興奮した声があちこちでしていた。
そんな代表のような声が、大神官ラルドの声だった。
「祭りじゃ祭りじゃー!みんな大いに盛り上げるんじゃ。ところでアメジ殿はどこに行ったのだ?」
きょろきょろとアメジを探しながらラルドが広場の中を歩く。

「アメジ様はあそこでございますよ」
と、誰かが指差して教えてくれた。その先には、
「おっ、おおー!!」
ラルドは目を輝かせて感嘆の声を上げた。
「これはすごいのぉ!」
「はい、本当に……」
キラキラとみなが目を輝かせる。舞台の上、キラキラと輝きを放つ踊り子がいた。それはアメジ…ではなく。
アメジのコスプレをしたガーネだった。男のガーネがアメジの格好をしてもすぐにばれそうだが、化粧をエメラにしてもらってかなりアメジに近づけてもらった。
そしてアメジのような衣装を着て、なぜガーネがそんなことをしているかというと少し遡る。


◆◆◆


「アメジさんの踊りが見たい!」
というガーネの野望。水晶使いのガーネはもともと踊り子が好きだった。恋人のパールも踊り子だし、自身の母親も踊り子だった。特に巫女の舞には特別な力がある。サファの舞は見たことがあるが、いまだにアメジの舞を見たことがない。以前からガーネはぼやいていた。アメジの踊りが見たいと。しかしアメジは一度として皆の前で踊ったことはない。水晶の聖乙女の舞は軽々しく舞えるものではないのだ、とアメジはなぜか出し惜しみをしていた。結局ガーネの願いはかなっていない。ぜひともこの目でありがたい聖乙女様の舞が見たい。なので考えた作戦だ。自分がアメジのふりをして祭りで目立つ。目立ちたがりのアメジがそれをスルーするはずがない。本物のアメジをおびき出して、舞台で踊ってもらう作戦だ。
「ガーネ君。さすがに無理があると思うけど…」
親友のガラスはガーネの作戦に引き気味だ。
「大丈夫!アメジさんだってきっと気づかないです。それに、エメラにいい考えがあるです」
というのは幼馴染のエメラだ。
「いい考え?どういうこと?エメラちゃん」
とガラスが心配げに訊ねる。
「ふっふっふ、実は、ちょっと前に偶然会ったのです、あの人に」
「えっ?まさか、あの人って…だ、だれ?」
エメラのいうあの人が誰なのか、さっぱり見当がつかない。それもそのはず、あの人とはガラスやガーネが会ったこともない人物なのだ。
「ビケさんです!」
「だれ?」
「ビケさんといえば美の化身です!エメラ昔一度だけ会ったことあるです。本当にキレイな人で、エメラうっとり見惚れていたです。はーービケ様…」
どこか遠くを見るような目で頬に手を当てながらエメラがうっとり顔になる。
「だからだれなの??」
とガラスが焦れたように聞くと、ハッと我に返ってコホンと咳払いしてから
「えっとですね、ビケさんは愛テロの世界の方なんです。愛テロ世界の方は何度かこちらの世界に来たことがあるんです」
とエメラは説明した。
「ああ、愛テロか。覚えているよ。オレも会ったことある。別のやつだけどさ。そのビケって人は知らないけど」
とガーネ。愛テロ世界ってなんだろう?とガラスは思ったが、もう戦いの日々も終わったし、めんどうなことは考えなくていいやと気にしないことにした。

「エメラ、ここにいるのかしら?」
噂をすれば、そのビケがエメラたちの前に現れた。長い黄色い髪を下で束ねた一見女性とも見紛う容姿で、老若男女問わず人を引き付ける美貌の男性だ。ふふっと微笑むだけでエメラたちの心をとらえる。
「はわわっビケ様です!またお会いできて嬉しいです」
「あら元気そうで何よりだわ。エメラ。あなたたちの世界でなにかあったのね。とても賑やかで楽しそうなお祭りをしているじゃない」
「そうなんです!一緒にお祭り楽しみたいです!ビケ様!あっそうだ!ビケ様!アメジさんのコスプレしてくれないですか?」
「え!?」
突然の提案に驚くビケ。
「アメジさんの踊りが見たいのです!」
とガーネ。ガーネの相棒の聖獣チールも「そうだそうだ」とはやし立てる。
「ちょっちょっと二人とも何言って、迷惑でしょさすがに」とガラスは焦るが。
「ふーん、なるほど。よくわからないけど面白そうだし、いいわよ」
とビケは快く受けた。


◆◆◆


ということでアメジのコスプレをしたガーネが広場の舞台に立ち注目を集めているところに、さらにアメジのコスプレをしたビケが現れた。ビケの美しさに広場では大きな歓声が起きる。
「舞ってこんな感じかしら?」
広場で踊っている踊り子たちの動きを見よう見まねでビケが踊った。その美しい動きに男女問わず広場の観客たちは見惚れ、声を漏らす。多分に漏れずラルドもビケに見惚れていた。
「アメジ殿、なんといつもよりさらに飛びぬけて美しく見えるぞ。まるで別人のようじゃ」
嬉しさのあまりラルドの目から涙がこぼれる。
そして感極まってアメジの名を叫ぶ。
「アメージどのぉぉぉ!!」
すると、それに気づいたアメジが舞台の上に現れた。そしてビケを見て驚愕する。
「なっ、なぁーー!!お前はビケ!」
「ふふ、久しぶりアメジだったかしら。リンネは元気にしているわよ」
にこっとビケは隣に現れたアメジに微笑む。
「なんとアメジ殿が三人おる!これぞ奇跡。さすが水晶の聖乙女じゃ」
うおおーーとラルドが叫びながら舞台に突進してきた。
それをさらっとかわすビケ。うわっと声を上げてガーネは飛び降りた。アメジもかわし、ラルドの様子にあきれる。
「ちょっとラルじい興奮しすぎ」
「興奮しないわけがありませんぞ、アメジ殿ワシの愛を受けてくださらんか」
と言ってラルドが話す相手はアメジではなく、ビケに対してだった。
「おいっあたしはこっちだボケジジイ!」
とアメジは怒る。
「あ、あれ?おかしいのう……?」
「ほらっ、しっかりして、おじいさん」
「まったく、相変わらずうるさいんだからラルじいは」
「おぬしら……まさか……双子なのか?」
「違う!」
「ええどう見ても似てないでしょ。私はこんなにケツでかじゃないもの」
ふふふと笑いながら否定するビケ。アメジのケツでかは世界を超えて有名になっている悲しい事実だ。
「だれがケツでかじゃい!」
「ワシはアメジ殿の立派な尻が大好きですじゃ!おケツ最高じゃーー」
アメジのデカ尻に興奮する変態ジジイラルドだった。


◆◆◆


その後、ガーネの作戦通り、ビケに変装したアメジが祭りで大活躍をして、皆にアメジ=ビケであることを認知させた。ガーネとエメラの思惑通りに事が進み、満足げな表情で二人は帰路についていた。ちなみにガーネの本来の目的のアメジの舞を見るは達成されていないのだが、そのことに気づくのは祭りが終わった後のことになる。


それはさておき、祭りを楽しむ面々の中にタルもいた。タルはお気に入りの赤いスカーフを身に着け、相棒であるジストの姿を探していた。
「ジスト、どこにいるたる?」
おそらくみんなが集まっている広場だろうが、人が多くて猫サイズのタルは人ごみの中埋もれてしまう。
「ジストーどこたるー」
声をあげながらジャンプしてジストを探すタル。
そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あっ、あの子、迷子かしら?おいで、一緒に探してあげるわ」
タルが振り返るとそこにはビケがいた。
「びけーーーー!!!」
タルはビケに飛びついた。
「あらあら落ち着きがないわね」
胸元に飛び込んできたタルをビケは抱きかかえた。
「ん、そういえばなんでビケがここにいるたる?」
歩くビケに揺られながら、タルが訪ねる。
「ふふふ、なぜかしら?まあいいじゃない細かいことは。今日は特別なお祭りなんでしょ?」
「そうたる。タルたちついに黒水晶を倒したたるよ。タルとジストの活躍のおかげたる」
ふふんと鼻を鳴らしタルは誇らしげだ。
「その話アメジからも聞いたわ。アメジの紫水晶が活躍したんですってね」
ビケの言う通り、黒水晶との戦いでのアメジの功績は大きい。アメジはむかつくし、タルはいつもケンカばかりしていたが、アメジのことは認めている。よきケンカ友達といった仲だ。
「アメジが頑張ったのはわかるけど、一番がんばったのはタルたる」
とタルは続ける。
「だから、このお祭りはタルたちの勝利を祝うお祭りたる」
「なるほどね。なら私もあなたたちの仲間に入れてもらおうかしら」
「もちろんたる。今日はみんなでお祝いする祭りたる!ビケも楽しんでいくといいたる」
にこっと微笑みあうタルとビケ。歩いていると、目的の人物がタルの前に現れた。ジストだ。

「タル!」
「ジスト!探したたる」

ジストを目にすると、タルはバッとビケから飛び降りて、ジストの胸に飛び込んだ。キラキラとしたまなざしのタルを見て、ビケも察する。
「よかったわね、見つかって。タル、あなたの祭り楽しみなさいね」
「ありがとたる」
手を振ってビケはタルたちの前から立ち去った。

「私を探していたのかタル、すまなかったな。いろいろと慌ただしくて」
「仕方ないたる。ジストは族長だから忙しいのは当然たる。でも今日は、自分のために祭りを楽しんでもいいと思うたる」
相棒のタルの心遣いがジストには嬉しかった。
族長としての仕事もだが、黒水晶との戦いには身も心も犠牲にして生きてきた。アメジとの出会いがなければ、どうなっていただろう。アクアと再会することもなく、サファへの負担も大きいまま、自分やサファや誰かが命を落としていてもおかしくなかっただろう。アメジのことも大きいが、ジストにとって大きな存在と言えば相棒である聖獣のタルだ。
「ありがとうタル。タルがいたから私はやりとげられたんだ。ほんとうにありがとう」
「ジスト、そんなの当然のことたる。タルだって、ジストがいたから…ジストがいなかったらタルは……」
と急に涙目になるタル。
「ど、どうしたんだ?」
「なんでもないたる!ちょっとうれし泣きしただけたる!タルはもう大丈夫たる!ジストはジストのやりたいことをやるたる!」
ぐしぐしと頬の毛に伝い落ちる雫を手でこすった。
ぽふっと暖かい感触がタルの頭に感じた。ジストの手だ。
「そうか、タルがそういうなら、そうしようか。ずっと考えていたんだ。私は、族長をやめて好きに生きてみようと…」
「え?ウソたるジストがそんな族長をやめるなんて」
真面目で責任感の強いジストが冗談でもそんなことを言うなんて考えられない。タルは信じられないといった顔でジストを見上げた。
「私がどんな道に進もうと、タルはついてきてくれるか?」
「当たり前たる。タルはジストについていくたる」
タルは即答した。
「なら、私のわがままに付き合ってくれるか?」
「もちろんたる。タルはジストのためだったらなんだってできるたる」
「それはダメだ」
「なぜたる?タルはこれまでもジストのために聖獣の仕事がんばってきたたるよ。タルはジストのためならどんなことだってできるたる」
「タルのその気持ちは嬉しい。だけど一つだけ約束してほしいことがある」
「なにたる?」
じっと強いまなざしでタルを見つめるジスト。その瞳の奥には強い想いがあった。
「自分の命を最優先に考えてほしい。私のために死ぬなんてことは絶対にあってはだめだ」
ジストが抱える後悔の中に、かつての相棒の死があった。ジストの以前の相棒はタルの母だ。
黒水晶との戦いで命を落とした。
「タルが死んだら私はきっと自分を許せない。だから、絶対に死なないと誓ってくれ。タルの命を第一に考えると」
ジストの悲痛な叫びをタルは黙って聞いていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「わかったたる。タル約束するたる、だからジストも約束してほしいたる。ジストも死んじゃだめたる。ジスト自身のこと大切にしてほしいたる」
「ああ、タル約束する。ありがとうタル」
ジスト大好きたる。タルはジストへの強い想いを瞳の奥で揺らしていた。ただの相棒じゃない、ジストは特別な存在だ。母の身代わりではない。タルをタルとしてジストは大切にしてくれた。人と聖獣という種族を超えて、ジストとは特別な絆を感じている。
「さあ、行こう。みんなが待っている」
「うんたる」
二人は手を取り合い、歩き出した。これからの未来に向かって。

タルとジストが広場に戻ると、祭りはより一層盛り上がっていた。
「おーい、タル、ジスト!こっちこっち」
ジストたちを呼ぶのはアメジだ。
アメジのそばに来たジストとタル。そしてアメジがにやりと笑んで、後方に視線を向ける。そこにいたのは、アクアとマリンだ。
「アクア、マリンもきてくれたのか」
「…アメジに強引に連れてこられた」
ぎこちなく視線をそらすアクア。アメジはその間アクアの背後に回り、そして「遠慮すんなって」とアクアの背中を押す。うわっとよろけながらアクアはジストの前に立つ。
「アクア、ありがとう。黒水晶を倒せたのもアクアたちの力もある。族長として礼を言わせてほしい」
「ああ、アイツは俺にとっても邪魔な存在だった。別にアンタのためでもリスタルの為でもない」
アクアのそっけない態度にもジストは笑顔のままだ。すっとその手が動く。
「それからこれは兄としてお前に感謝の気持ちだ」
ぎゅっと一回り小さい弟のアクアをジストが抱きしめた。その行為が予想外でアクアの目は見開く。アメジとタルも驚いて目を丸くし、ジストとアクアに挟まれた状態のマリンは嬉しそうに小さく「みゅっ」と鳴いた。
「ちょ、やめろ!離せ!」
ジストの腕の中でもがくが、アクアは本気で抵抗しなかった。
「ありがとう、弟よ」
「……勝手にしろ」
ぷいっと顔を背けるが、その顔は真っ赤に染まっていた。
「やれやれ、相変わらずだねアクアは。でも、ジストも意外なことやるじゃん」
と茶化すアメジのほうを向いて、ジストは「そうか?」と言った。
「待つだけじゃ変わらないからな。少しでも動いていかないと。以前の自分ならこんなことはできなかったと思う。きっとアメジ、君の影響かもしれない」
ジストの言葉にきょとんとするアメジだが、少しして不敵に「ふふん、そうなんだ」と笑った。
「もういいだろう」
「そうだな、アクア。すまなかったな」
ジストが手を放すと、アクアはそそくさと離れる。その様子を見て、マリンがくすりと笑う。
「なんにせよ、これで一件落着か。よかった、ほんとうに。あとはみんな祭りを大いに楽しむのみ!さあ盛り上げてよ、アメジ様感謝祭を!」
ばっと手を広げて声を上げるアメジを見て、タルがあきれる。
「アメジのやつ、まだそんなこといってるたる」
「ははは、だけどそれがアメジらしい」
「ふー、タルとしてはジストにはアメジみたいになってほしくないたる」

祭りの音はにぎやかにリスタルの街の中響き渡る。今日の祭りの音を空気を景色を目に焼き付けたいとジストは思った。タルやマリンのキラキラと光る丸い目はそんな景色を映し出していた。胸元のマリンを見つめてアクアも幸せそうにそっと目を細める。たんっと地面をけりつける音が響いて、アメジが空高く舞っていた。
ジストたちは自然とアメジの動きを目で追っていた。アメジは踊りが踊れない。だからそれはちゃんとした巫女の舞ではないが、アメジは感情のままに飛びあがり、祭りの街を走っていた。戦っていたアメジの姿のようで、また違うアメジだけの舞のようでもあって、この景色を忘れないとジストは心に思って見つめていた。
「タル、お願いがあるんだが……」
「どうしたたる?ジスト」
「これからも一緒にいてくれるか?」
ジストは不安げな表情を浮かべている。タルはじっとその瞳を覗き込んで、そしていつものように微笑む。
「当たり前たる。ずっと一緒たる」
そんなこと聞かなくてもタルの心は決まっている。ジストもタルの想いに応えるように抱きかかえってぎゅっとタルを抱きしめる。タルの毛がふわっと膨らんでくるんと丸まった特徴的なしっぽはジストの手の中に納まった。どこにもいくつもりはない。タルの強い決意だ。
「ああ、これからもこの先もよろしく頼む。私の相棒、タル」
「こちらこそよろしくたる、ジスト」
こうして、アメジの思いつきから始まったアメジ感謝祭は終わりを迎えた。そして、ジストとタルの新しい未来がここからはじまる。


***


ジストの家で幸せそうにタルはジストの腕の中眠っていた。もう黒水晶と戦わなくていい。平和な日々がやってきた。こうして大好きなジストといっしょにゆっくりと夢の中ぬくぬくしていられる、とても幸せな時間。ずっとこのままが続けばいいのにと思いながら、薄目を開けつつタルは丸まって眠る。

「族長ーー大変じゃ早くきてくれんか!」

やかましいじいさんの声でタルは飛び起こされる。

「なんなんたる!こんな時間から!」

「どうしたのですか?ラルド様」

「大変じゃ族長、すぐに来てくれんか。サファのやつをとめてほしいんじゃ」

ラルドの様子からしてサファに何かあったというのだろうか。ジストはすぐに家を出てラルドの家に向かう。

「いったいなにがあったんです?」
「ワシにもわからんのじゃが、朝起きたらいきなり飛び出していってしもうた。昨日ワシに話していたんじゃが、ワシは酔っぱらってまともに話を聞いていなかった。サファのやつ、リスタルを旅立つと言って今朝出て行ったんじゃ」
慌てるラルドに反してジストは落ち着いていた。なぜなら、サファが旅立つことは知っていた。あの黒水晶との最終決戦の最中、サファは話していた。

「あの山を越えたいの。あの向こうにはどんな景色が広がっているのか。

そう、思い出したの、子供の頃の大きな夢を。」

夢を実現するためにサファは行動した。「そうか、サファは自分のしたいことを実現するために…」彼女の旅立ちを寂しくも思うが嬉しくも思う。そして羨ましいとも感じる。
ただきちんと別れの挨拶をしていない。後悔したくないから、せめて最後に別れの挨拶をしておかないと。

「走れば間に合うかもしれない。ラルド様、サファを追いかけてきます」
「おおっ頼んだぞジスト」
ラルドはジストがサファを連れ戻してくれることを信じてジストを見送った。



リスタルの街を出て、砂埃舞う山道を走り抜けるジスト。少し走るとサファの背中を見つけた。

「サファ!待ってくれ」

ジストの声に気づいて、サファが立ち止まり振り返った。

「ジスト様、なぜここにいるの?」
「私は君にちゃんとお礼を言いたかった。ありがとう、サファ。それから、さよなら」
ジストの言葉にきょとんとするサファだが、やがて優しくほほ笑んでジストを見つめる。
「うん、私もお礼を言わなくちゃ。ごめんなさいちゃんと挨拶もしないで出て行って。…あなたに会ってしまうと決意が鈍ったらどうしようと思って、そのまま出てきてしまったの。余計な気を遣わせてごめんなさい」
サファの言葉にジストは首を振る。もうこれが最後になるかもしれないのに、ジストはうまく言葉を続けることができない。サファは幼馴染で、婚約者でもあった。長年けなげに自分を想い支えてくれた彼女に、自分は何ができたのだろうか?今はただサファの想いを尊重し、やりたいことを応援してやりたい。それは彼女をリスタルから旅立つことを快く見送ることなのだろうが、これでいいのだろうかとふと疑問に思う。

「ねぇ、最後にお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「もちろんだ。なんでも言ってほしい」
「あなたの胸に飛び込んでもいいかしら?」

「え?」
予想外のお願いだった。胸に飛び込むというのはどういう意味なのか。まさか、抱きしめろということなのか?戸惑いながらもジストはそっと腕を広げ、サファのほうに歩み寄った。がジストより早くサファのほうが飛び込んできて、そのまま反射的に彼女を抱きしめる形になってしまった。
「!サファ」
「ふふ、これでお別れだから、私の感覚あなたの体に残しておきたいの。ジスト様、愛していたわ。ありがとうたくさんの想いを思い出を。忘れないわ。遠く離れても私のこと忘れないでね」
「ああサファ、忘れないよ。君には…幸せになってほしい。どんな世界でも生きていける強さを持っているよ。大丈夫だ絶対に」
ジストはサファの肩に手を置いて、体を離す。
「元気でな、達者で暮らしてくれ」
精一杯の笑顔を作ってジストは言う。その表情を見て満足そうに微笑むとサファはくるりと背を向けるとまた走り出した。あっという間に姿は見えなくなった。
サファの旅立ちは祝福すべきことだが、当たり前のように傍にいた存在がいなくなるというのは、ぽかっと心に穴の開いたような空虚な感覚もあって。

「私も進まなければ、自分らしく生きるために、新しい道を…」
サファの姿を見てジストはまた勇気をもらったのだ。


自分も前に進もう。そして、アメジやみんなが生きてきたこの世界を守っていこう。
「タル、これからもよろしく頼む」
「たるたる!」
こうして、ジストとタルの新しい旅が始まった。
「さぁ、行こうタル」
「たる!」
「そういえばあとのことはラルド様にまかせたけど大丈夫だろうか?まあアメジもいてくれるし、ラルド様もアメジ殿を頼りにすると言っていたから大丈夫だろう」
うんうんと勝手に納得してジストはタルと一緒にリスタルの街を出た。
「どこへ向かおうか?」
「たーるーるーるー」
「そうだな、まずはここから一番近い町を目指すことにしよう」
タルはジストの腕の中に納まり、2人は街道を進む。
「それにしてもサファ、あの時なんであんなこと言ったんだろう……」
サファの最後の願いを思い出して、ジストは少し顔を赤らめる。
「私もいつかは、そんな風に言える相手を見つけられるかな……」
サファのことが忘れられず、少し感傷的になりながら、ジストはタルと共に歩く。ジストの様子にタルはむむと顔をしかめる。
「ジストにはタルがいるたる!」
ふすっと鼻息荒く主張するタルにジストははっとしてふふと笑った。
「ありがとうたる。じゃあ行こう私とタルの二人だけの旅へ」


◆◆◆


一方アメジはラルドに振り回されていた。
「ほれほれ、酒がまだあるぞ」
「もういい加減にしろよラルじい」
「いかんいかん!まだ飲み足りんわい」
すっかり出来上がったラルドに付き合わされて、アメジはげっそりしていた。
「お主、なかなか強いのう。それに尻もでかくていーい尻」
すかさずアメジの尻を触ろうとするラルドにアメジは鉄拳をかます。ばたんきゅーとその場に倒れ込んだラルドにアメジはやれやれと息をつく。
「はー、まさかジストまで旅に出るなんてね。…あたしも負けてられないね。新しい世界に向かう、アメジ様の新しい伝説を築き上げないと」
アメジも決意新たに旅立つことにした。そういえばと
「ビケのやつもう帰ったのかな?せっかくだしリンネたちの世界で暴れるのもいいかもね。よし、待ってなよリンネ」
ビシッと天井指さしてアメジは決意する。さあゆかん新たな世界へ、きっとそこには受難が待っているのかも?(リンネの)


おしまい。


ということであとがきです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
小説を書くのは初めてなので至らないところも多々あったと思いますが、楽しんでいただけましたでしょうか? 個人的には書きたいことをたくさん書けたと思うので満足しています。もっとたくさんの方に読んでもらいたいのですが、難しいものです。自分のペースで少しずつ書いていきたいと思っています。
それではまたお会いできる日を楽しみにしております。
最後に謝辞を。
担当さん、イラストを描いてくださっている白瀬南極さん、ありがとうございました。
そして読者の皆様ありがとうございます。
今後も精進してまいりますのでよろしくお願いします。
「おい、お前ら起きろ」
野太い声とともに揺すられて、俺は目を覚ました。
「ん……、あれ、ここは?」
見渡すと、そこは薄暗い洞窟の中。俺達はその中央に座り込んでいた。
「やっと起きたか。
◆勝手に連載はじめんでくださいw白瀬です。あとがきもAIさんに書いてもらいました。アメジストも20年を迎えました。もう十何年前から番外編書くと言って書いてないし、20周年ということでなにかしたいと思って、AIのべりすとでAIと白瀬でリレー形式でやりました。アメジスト第69話を大きく展開変えてやってみようと思って。タルがかわいそうだったので、タル救済になりそうな話にしたいなってのを意識しました。ビケが出たのはなりゆきなんですが、エメラがあの人とか言い出してだれだれ?昔共演したビケでいいかってことで。なのでラストはリンネに会いに行くってことでしめました。うん、愛テロ20周年はアメジとのコラボになるのかな??しらんけど。
アメジストはネットはじめて早々サイト開設時に連載を始めたネットでの初めての創作作品です。この作品を通じて交流が始まった創作者の方もいらっしゃるし、初めて長編小説を完結させたっていう作品でもあるし、ダロ船の代表作品ともいえるのかなと。この先も25周年、30周年と迎えることができればいいな。年と体との戦いでもあるのか。生涯創作者でいたいと思うのです。今後ともダロ船をよろしくお願いします。

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