「さて……」
と、あたしのほうに向き直って、キンが告げる。
「今日の訓練開始じゃー」
ボッと音立てて、鉄のような拳があたしへと飛んできた。
「ばっ、ちょっ」
後ろとびでそれをよけながら、あたしはキンにつっこむ。
「訓練って、雷門の奴らがいるって今見たんでしょう?!」
頭上右斜め上、丘の上に一瞬見えた怪しげな人影。あたしもキンも確かに見た。そしてキンは「雷門の奴」だと言った。ここは雷門の私有地らしいけど、この時期人がいるはずもない無人島だと、そう言っていたのに。
宅配が来た時点で「無人島じゃねぇ」とつっこみはしたけど。
キンは伸ばした拳をすぐに戻して、あたしを丸い目で見る。その表情は「そんなの関係ねぇぞ」と言わんばかりだ。
キンの態度を見て、あたしは「あっ」と気がついた。そうか! DエリアからAエリアに向かう途中、雷門はあたしたちを襲うことはなかった。桃太郎という憑き物が離れたからってのもあるだろうけど、キンにとって雷門は敵じゃないのか。
ムリヤリでもあったけど、雷門のミントさんも今は味方なんだし。
てな、あたしの考えとキンの考えは一致するわけじゃなかった。
「ワシらには関係なかろぅ」
「でも、なんでこんなところにいるんだろう?」
「さあな。なんにしても、放置しとけばええじゃろう。第一、ありゃー、ワシの言うこと聞く連中じゃないぞ」
へ? どういう意味?
「ありゃカイミの部隊じゃ」
カイミ? カイミの部隊って?なに?雷門の中の派閥ってこと?
あたしの表情見てキンも察する。ああ知らんのか?と。
「十人にも満たん小さい部隊じゃが、カイミの命で動くカイミ直属の連中じゃ。皆カイミと歳も近く、同じ学校にかよっとるはずじゃ。……なんでこんなとこにおるんじゃ?」
?でかえされても、アンタが知らなくてあたしが知るはずもないでしょうが。
「学生ってことは、今はまだ学校休みじゃないよね? それにカイミって……まさかあの子も来てたり」
Aエリア最強の娘、あの台風娘、バイオレンスなトラブルガール。Aエリアに戻った時とか、コロッシアムの時とか、恐怖体験が蘇る、その名前。
不安な顔でキンを見る。
「カイミならきとりゃせんじゃろう。Aエリアにキョウもミントもおるんじゃ。あいつがここに来るわけないわ」
なんの根拠があってそういいきれるのかわかんないけど、いとこであるキンのほうがあたしより詳しいだろうし、カイミに関することは。
「気にせんと、ほれ続けるぞ」
「あっ、うん」
とは言われても、なんか妙に気にかかっているというか。キンと特訓している間も、なんか妙な気配を感じているというか……。なにかの視線を感じるような。
「うっ!?」
どぎゅん!と突然背後から胸を撃たれたような、鋭い恐怖を感じた。
「やっぱり、見られている」
誰かに、見られている。
敵意? 殺気? きっとそれ。
感じてあたしは丘の上を見上げたその時だった。
「なっ!?」
丘の上から、とんでもないものが今まさにあたしたちのところへと。
それはすごい音を上げて、駆け下りてくる。ドンドンスピードを上げて、あたしたちへと襲い来る、巨大な岩。
「なんじゃー?!」
「キンーー!!」
あたしは間一髪、直撃を免れた。巨大な岩は地面に落下して、破損した。パラパラと破片がそこらに散っている。白い煙を上げて、「けほ」おもわずむせる。
あたしのそばにいたキンは? よける瞬間に、キンには直撃したように見えた。無事なの?!
「キン!?」
「なんじゃ、今のは」
パラパラと破片を体に浴びせて、キンが現れた。見たところぴんぴんしている、なんともないのか?
「大丈夫?」
あたしが駆け寄ると、「おおへっちゃらじゃ。む、砕けたとは思ったが、ちっとだけか」
なんか転がった少し砕けた岩を見て、キンは残念そうに舌打ちしていた。
「キン、あんた、よける気0だったのか?」
「むぅ、狙いどころを誤ったか」
はー、なんてキンにあきれている場合じゃなくて。
今にも落下しそうな岩なんて、この上にはなかったはず。それに、あたしたちを狙ったように落ちてきたし。偶然とか自然災害には思えない。
これって、やっぱり……。
キッとキンを見上げるあたし。キンもきっと同じこと思っているはず。
「キン!」
「ああ、気にせんと、続けるぞ」
「うん、えっ?」
ガクッ、ちょっとキン、気にするなって?なに考えてんの?
「明らかに関係なくないよ? さっきからずっと変な視線感じてるし、今のも、あたしたちを狙ってだれかが落としてきたとしか思えないでしょ?!」
感じないのか?! この殺意にも近い敵意をっ!
額に汗浮かべて、あたしはキンを見上げる。だがキンの返答は……
「かまわん、今はお前のすべきことは?」
「えっ?!」
ボッ!空気を抉る音させて、キンの拳があたしへと降ってくる。ちょっ、あたしはすんでのところでかわす。
「そりゃわかるけど、でも」
いいのか、このまま放置で?
「むしろ、アクシデント増えたほうがより修行になるじゃろう」
そう言ってキンはニカッと笑う。
まあたしかに、今は、あたしの目的を果たす為にも、この修行に集中しなくちゃ。せっかくキンも付き合ってくれているわけだしね。
ビケさん、あなたとちゃんと向き合うためにも、その資格を得る為にも…、あたしは身も心も強く鍛えなくちゃいけない。
キッとキンを見上げると、キンは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
そして、本日の特訓は始まった。

が、またしても―――
「どああーー!!」
激しい音立てて、丘の上から落ちてくる岩石。そのたびにあたしは身をかわして、キンはよけることなく正面から拳で叩き砕く。それは何度も、連続して落ちてくるし、これはもう完全に、自然災害じゃないし。
さらには、落石だけではなく、落とし穴にはまりそうになったり。実際キンははまったが、すぐに抜け出した。
「はっはっは、ドントこーい!じゃ」
どんどん土やらで汚れていくキンの体だけど、当の本人はまったく気にしていないみたいだし。
だ、だけど、段々…、気にしないですむ内容ではなくなっていく。
ついには地面が爆発したり、アクシデントはエスカレートしていく。
海沿いのがけ上を通過している時、嫌な予感はしていたんだ。
予感は的中。落とし穴、爆発のコンボに、行く手をさえぎるようにして巨大な木が倒れ、さらに落石が。
しかも、偶然か運が(キンの)悪いのか、やたらとキンばかり狙われているような……。
「うわっ、ちょっ、キンそこ」
キンの足元が怪しく光ったのをあたしは見た。そこには間違いなく仕掛けがあると気づいて。
危険を知らせようとしたその時、激しい爆発に体の自由を奪われた。
「ぎゃーーー!」
爆発音に鼓膜を痺らされているうちに、打撲のような痛みと、それからツーンと鼻を襲う感覚。耳がまだおかしいし、それに、つ、つつつ
「ぶはっ、つめたーーー!!」
「おう、リンネ、無事か?」
ザバザバと波かく音。あたしとキンは海の中に投げ出されていた。あたしもキンも特にめだった外傷はないのは幸いだけど……。真夏ならともかく、もう冬っていうこの時期に、狂っても海に飛び込むなんてありえない。
「は、ああ、うん」
ガチガチと歯がカチ鳴る。キンの胸元にあたしはしがみつく。あ、ちょっとあったかいかも、というかキンって体温高め?
「と、とにかく、早く上がらないと」
どこかに上陸できそうな場所はないかと、周囲を見渡す。あたしたちが投げ出されたのは崖下で、砂浜はもう少し回り込んだ場所になる。歩けばたいしたことない距離だけど、冷たい海の中では途方もない距離になる。
「そうじゃな、じゃが、そう上手くもいかんぞ」
「え?」
さっきよりもあたしの顔を打つ波が高くなっている。波が激しくなっているというよりも、それは…。
「ワシは泳げんからな」
ええ?!
そういえば海苦手とかほざいていたけど、泳げないから?!
波が高くなるのは、段々とあたしたちが沈んでいるからであって。あたしは必死に足をばたつかせている、けどキンはバタ足も、もがいたりも一切せず、ただ沈んでいくのを待つだけの石の人形みたいにしている。
しかも動じることなく、「はっはっは、沈んどるー」て笑っているし。なに笑ってんのー?沈んでいるって、溺れているってことでしょう? いくら陸最強の男でも、溺れてしまったら、息ができなくなったら、死んじゃうんじゃ?
「笑い事じゃないでしょー!溺れたら死ぬわよ」
あたしがバタついて、キンの体を押したところで事態は変わらない。どんどん打ち付ける波は目や額に当たる。
キンより先にあたしのほうが溺れそうだよ。
もがくほど、潮水が口ら鼻やらに入ってきて、塩辛さに嘔吐したり、しみる粘膜に顔をしかめる。
「うぉぉっえうっぷ」
「おいおい大丈夫か?」
「かなづちに心配っっうぇっ、されたくな」
!?
「リンネ!どけろ!」
え?!
キンが突然あたしを突き飛ばした。一瞬どういうことかわかんなかった。
あたしたちを覆ったその影は、波に流されながら、段々離れていくキンのほうへと落ちていく巨大な岩だった。
「キン!」
溺れながらもキンは冷静な目線で、的確にその獲物を捉えて破壊した。バラバラと巨大な破片が砕けて周囲に散って、その重みが波をさらに高くする。
「ぶわっ」
巨大な破片のいくつかが、あたしのすぐそばにも落ちて来て、波に頭から飲まれて、あたしは黒い世界へと落ちていった。


そういえば、前にもこんなことあったな。
嵐の夜にだったけど、テンと一緒に海に落ちたっけ。
あれは天災もあったけど、今回は違う。
「…リンネ」
なんか、遠くで? だれかがあたしのこと呼んでいる?
だれ、だれなの。
ぺちぺちとなにかが頬を叩いている気がする。うっすらと瞼を開けた。眩しくて、まだ完全に開かない視界にじれったさを感じた時、突然腹部を襲った打撃。
「げはっっ!!」
横たわったままのあたしの体はくの字に曲がり、口からは生暖かい海水を含んだ唾液が流れ出て、砂の中に沈んでいく。じゃりっとした砂が、水分を残したままの顔に体に気持ち悪く張り付く。砂絵のごとく。
おなかを押さえるとじんわりとした痛みが後から来た。やっと開いた視界には、あたしの上にだれかが立っている。その影はキンじゃないとすぐにわかる。小さくて、あたしの前にある二本の足は華奢で、まるで女の子のもののよう……。
女の子?!
あたしはそれが誰か気がついて、バッと勢いよく身を起こす。
あたしの予想通り、そこに立つのは小学生くらいにも見える幼さを残した顔つきの、普通にしていれば普通に愛らしい女の子なんだろうけど、どうしてこう、あたしの前じゃ鬼神のような顔つきで現れるんだろう。
もし闘気が目に見えるものならば、すべてを焼き尽くすような激しい炎のような気が今見えるのかもしれない。
殺意を含んだ敵意、あたしが感じていたそれはやっぱり、このこから発せられていたものなんだ。
雷門カイミ。
黄色のツインテールがゆらっとゆらいでいる。愛らしい容姿からは程遠い殺人鬼のオーラ。
その殺意はあたしへと向けられている。
「やっと、起きたもん」
「な、なんで…」
「これでお前と二人きりになれたもん。キン兄が邪魔でどうしょうかと思っていたけど、これでやっとなんの邪魔もなく堂々と、桃山リンネ!
お前を殺せるんだもん!!」
カッと見開くカイミの目は、ギンギラにあたしを鋭い殺意で睨みつける。
そうか、今までのアクシデントはあたしじゃなく、キンを狙ったものだった?あたしとキンを引き離す為……。
でも、なんで…
「ちょっちょっと、なんで? 桃太郎も離れたのに、あたしを狙うの?」
「なんで? しらばっくれるなもん!!」
ブン!カイミの蹴りがあたしを襲う。あたしは後ろによろけるようにそれをなんとかかわして、砂を蹴り上げながら数メートル距離をとる。
すぐに顔を上げて、小さな殺人鬼へと視線を向ける。わなわなと震えながら、カイミはあたしへ怒りを見せながら睨んだまま。
「お前のせいで……キョウ兄は…」
「え?」
小さく唸るようなカイミの声、それは少し震えているみたいな声。「だから!」とカイミは叫んで、さらに鋭く貫くようにあたしを睨んで、白く華奢な足は砂を蹴り上げ牙を剥く。
「お前を殺すんだもんっっ!!!」



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