そういえばキンのやつが来いって言ってたな。
ミントさんから話を聞いて、あたしはキンが向かった通路奥の部屋へ行く。
特に名前のついてない白っぽい灰色のシンプルな扉。なんの部屋なんだろう?
鍵はあいていて、入ると、中は何もない。白い四角のタイルが敷き詰められただけの正方形の部屋。窓もない白いだけの部屋。
ただあるのは、その中央に立つ男…キンのみ。
「おお、やっと来たか」
あたしのほうへと振り返る。
来たかって、いったいなにをするつもりなのか?この部屋で。
首を傾げる心境であたしは訊ねる。
「いったい、ここでなにするつもりなの?」
「はっ、なにって? 決まっとるじゃろう」
にやっと笑って、キンはあたしが入ってきたこの部屋唯一の出入り口の扉を閉め、鍵をかける。
なんで鍵をかけるの? 密室になるじゃないの。
この異質な部屋で、密室で、あたしとキンのふたりっきり。なんか、なんだか……。
妙な、心臓がどくんと跳ね上がるような心境。
危険な空気を、あたしは肌で感じている?!
そんなあたしの心境を察しているのか知らないけど、キンは不気味ににやっと笑って
「これで邪魔はこんぞ。心置きなくやれるのぅ」
「や、やれるって…な、なにを?」
つつーと汗がたれるのを感じながら、あたしはじりと半歩後ずさる。
「なにを? まだわからんのか? やるといったら一つしかなかろう」
キンはそう言って、なぜか上着を突然脱いで、上半身裸になった。胸の厚すぎる筋肉が、おもしろいほど「こんにちはー」してぴくぴくしてらっしゃるー?てなに言ってんのあたしはー。って!!
「なっ、なんで裸になるのよ! ちょっ、まさかあんた」
ふふふふ、まさにそんな黒い笑みを浮かべて、あたしへと近づく変態マッチョ男。身の危険をさらに感じて、あたしはまた数歩後ずさる。
「な、なに考えてんのよ」
「はっはっは、おんもろいのぅー。考えることは一つじゃろうが」
一つ、この状況でもうアレしか浮かばない。アレしか……
い、いやーーーーー!!!
「さー、お前もとっととその上着とらんかい」
キンのデカイゴツイ手が伸びてきて、あたしのジャケットの襟元を掴んだ。
「ちょっ、やめっ…いっ!」
強引に脱がせようとしたキンの手によって、あたしのジャケットは抹殺状態同然とばかりに腕がもがれた状態で、床に落ちた。
うそ、こいつ、マジだ。マジだ、マジの目だ。
がくっ。あたしはノースリーブのインナー姿で、床にしりもちをついた。
「さー、いくぞ」
にやりと笑った上半身裸の変態マッスル野郎の影が、あたしを覆う。
「ひっ、や、ダメ」
拒絶の意を伝えたところでわかる相手か?!
しりもちついて、もうあとずさる場所もなくて、いままさにあたしへと覆いかぶさるマッチョ男。
ああ、もうダメだ。なんでこいつについてきちゃったんだ、あたしのバカ。
「犯されるーーーー!!!」


天国へ続く階段をあたしは見た。
九死に一生体験か?
「はー、なさけないのぅ」
あたしを見下ろすこの男は……。ムカツクため息とともにそう吐き捨てあきれた目を向けている。
「な、なによキン! だいたいっ!? あだだ」
ベッドの上から半身を勢いよく起こした瞬間、痛みに顔をしかめる。
「まさかあの程度で気を失うとは思わなんだぞ」
だから、あんたの基準で計るのやめてくれます?!
うー、と睨み合うあたしとキンのいるそこに、ミントさんがやってきた。
「一体なにごとっすか?騒がしい」
仕事の邪魔ですと言わんばかりの顔してミントさんが現れた。
あたしは今、先日休んだ仮眠室のベッドの上にいる。
気を失っていたらしい。その原因といえばこいつだ、このバカキン!
「ちょっ聞いてくださいよ! あたしこいつにレイプされそうになったんですよ!!」
「はー、…そうっすか」
「ちょっ、なんですか?そのめんどくさそうな顔はっっ」
「はっはっは、修行じゃ。鬼が島と戦うんに、その貧相な体はマズイからのぅ」
「修行つって、押し倒して体触られて、たんなるセクハラでしかなかったんですけど!」
「まぁまぁ、でも旦那の言うとおりっすね。修行いいんじゃないっすか?」
えらい楽観的にミントさんおっしゃいますがー。
「時間もあんまりあるわけじゃないんでしょう? 桃山さん、ここはキン旦那に修行頼んだらいいんじゃないんすかねー。武器や道具を強化しても、それに見合う体は必要っすよ」
まあたしかに、気もちだけでなんとかなるほど甘い戦いなんて思ってないし、キンやキョウだけの力で乗り切ろうなんて思ってるわけでもない。あたし自身肉体から鍛えなきゃいけないことはわかっている、けど。
でも師匠がキン?!ってのは不安がないわけないでしょう。
「そういうことじゃ」
ミントさんに同意するようにキンが頷く。でもキンなの?どうしてもキンですか?
「あの、そういえばミントさん、キョウは?」
姿の見えないキョウはどこにいったんだろう。
「若旦那は、今たまっている仕事をやらせているんで、邪魔しないでやってくださいね」
たまっている仕事ってもしかして、Aエリア領主の仕事だろうか?
元々Aエリアの領主って多忙そうだったし、たまっているってどんだけのもんなんだろうか。
「キョウのやつは、リンネのことをずいぶんと買っとったようじゃが。買いかぶりじゃったんかのぅ」
ちらっとダメな物体を見る目でそうつぶやくキン。たしかに買いかぶりでしょうさ、だけど
「その目はむかつくんですけど! バカにした目はやめろっての!」
ほんとこいつむかつく顔だ!って思ったらあたしはベッドの上に飛び起きていて、キンの顔面に拳を走らせていた、流星のように。
一発殴っておきたい、でもその拳はキンの手にあっさり止められて、あたしの体は背中からベッドに再び倒れた。
「おふっ!」
仰向けになったあたしの目の前にはキンが至近距離にいて、もちろん拳は掴まれたまま。
「ええのぅ。さっきの目、なかなかえかったぞ」
にやり。と変態くさい目で笑って、あたしを覆うように影を広げながらキンが言った。
「変態変態ド変態!!……ってちょっ、まっ、ギブ!ギブギブギブー!」
再びキンに押し乗られて、身の危険を感じたあたしは必死で、ギブー!と叫んだ。
近くにいたはずのミントさんは、乙女が変質者に襲われているのに助けてくれる様子はなく、すたすたと部屋を出て行った。
見損なった、所詮雷門の人間か。

作業で篭ったままのキョウとミントさん、あたしのそばにいる人間はキンだけだ。
一日がギブギブ言ってるうちに終わって、日付が変わる。
あたしは結局、キンに頼んで鍛えてもらうことになった。まずは基礎体力づくりからってことで、例の正方形の部屋で朝からやっている。
ひたすら筋トレかと思ったら、いきなり実戦めいたことにもなったり、「いくぞ」の突然の一言で飛んでくるキンの攻撃に、あたしは反射的にかわす。
まあ本気じゃないんだろうけど、でも危険を感じるあたしの体は正しいはず。
「ほぉ」
感心したような声がキンからもれる。
「反射神経は悪くないのぅ」
「危険察知能力は自信あるからね、受難のおかげ?」
肩を上下させながらも、注意力はマックスにしてあたしはキンの動きを目で追う。
「桃太郎のおかげか」
「そうね、むかつくけど、あいつのいたおかげでもあるわけね」
あたしの体を動かしていたのは、あいつだったけど、あたしの体はわずかにも記憶しているみたいで、まあ桃太郎には敵わないけど、反射能力と動体視力は少しいいかもしれない。
キンは強いけど、攻撃範囲は狭いから、素早く身をかわせば、怖くない。ただ、捕まればそれまでだけど。
お昼ごはんタイムは休憩して、午後からまた修行開始。ごはんタイムで体力が回復しちゃいないけど、本気で集中しないといけないのであたしも必死だ。
なぜなら、キンに捕まれば、あたしは好きにされてしまうのだ。ごはんタイム中に顔を覗かせたミントさんの提案でそんなルールが追加されてしまったのだ。
「桃山さんにはいまひとつ必死さが足りないみたいなんで」「たしかにそうじゃのぅ」
うぉぉぉーーい!
「ここはAエリアですよ?! 仮にもあなた領主の側近でしょ?!」
ミントさんは笑って、作業へと戻ってしまった。なに?容認ですか?!
Aエリアの象徴ともいえる領主館内で、暴力&強姦容認ですかーー?!
ええーい、もう正義もなにもあったもんじゃねーな。
拳握り締めるように叩いて、あたしは気合いれる。
自分の身を守るのは自分ってね。
晩御飯タイムまで修行は続いた。

「はーい、完成したっすよ」
早朝ミントさんに呼び出されて、あたしとキンとキョウは顔を揃えた。
ミントさんがあたしたちに手渡したのは、例の通信機。パッと見は変わってないけど、よく見たらいろいろ機能が追加されていた。液晶画面もあるし。
「約束どおり二日でやったか、さすがじゃのぅ」
「ええ、さすがミント。……?リンネ? どうかしたんですか?」
いてて。しかめっ面のあたしへと心配げな顔を向けるキョウに、平気平気と掌ひらひらさせてつぷやく。
「筋肉つぅ…」
限界超えて体酷使しましたから。
「これでいつでも連絡が取り合えるっすよ」
さて、これから武器のほうに取り掛かるっすよ、とミントさんがくるりとデスクへと向きなおして、すぐ「あっ」となにかを思い出したようにふり返る。
「そうそうキン旦那に桃山さん。例の部屋っすけどね、修行場変えてほしいんすけどねー」
「へ?」
「なんじゃ?不都合でもあるんか」
「ええ実は、うるさいって苦情があったんで、悪いんすけど」
申し訳なさそうに髪をかきあげながらミントさん。まあたしかに、あんだけ暴れればね、いくら防音対策施しているであろうAエリアの館内でも騒音は仕方ないかも。
でもキンはまったく困るそぶりもなく、「おおちょうどいい」とばかりに顔を輝かせて。
「通信機もできたことじゃし、場所移るか」
一体どこへ? いいところでも知っているみたいなキンに、あたしは不安まじりの顔で見上げる。
「Bエリアの近場にちょうどいい島があるんじゃ。雷門の私有地じゃが、普段誰もおらん無人島じゃからなぁ。気兼ねなくやれるぞ」
え?Bエリア? 無人島?
「そういうわけじゃ、早速出かけるぞリンネ!」
え?ちょっと、なに?なんですか?どこに行くって?
「Bエリア、ですか……。キン兄さんが一緒なら安心ですね。リンネ、がんばってきてください」
安心した笑みを浮かべてこくりと頷いて、キョウはくるりと背を向け領主のプライベートルームへと向かった。
「え、ちょっと……」
とまどって立ち尽くすあたしを、階段を降りた先のキンが急かすように呼ぶ。
「なにしとんじゃー? はよ来んかい」
え、いますぐ出発かい?!
準備の間など与えてくれない。というか手ぶらでいくわけですよ?この男。
急かされたあたしも、手荷物持つことなくキンとともに領主館を出たのだった。
とんでもないものが待ち受けているとも知らずに……。


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