キョウは鬼が島と戦う決意をしたらしい。
てことは、あたしを殺せと命じた鬼が島に逆らうってことは、あたしの味方になってくれたってこと?
鬼が島がなんであたしを殺そうとするのか、わかんないけど、あの諸悪の根源桃太郎のせいならばと思えばわからないこともないけど。
その桃太郎も今は自分の中にその存在を感じられない。ただ潜っているだけなのかもしれないけど。
テンにつきたがっていたみたいだから、完全にあたしから離れたのかもしれない。
でもそれはそれで問題もある。
テンはビケさんを目の敵にしていた。そして桃太郎はビケさんは温羅の生まれ変わりで宿敵みたいに言ってた。
もしあいつとテンが組んだとしたら、あたしの体でさえあれだけの凶悪さを放っていたくらいだもの。
ビケさんの身がそうとうやばいことになる。だからこそあたしは、余計ビケさんを守らなきゃいけないのに。
なぜキョウは、あたしにビケさんと戦えなどと言うのだろう。
「理解不能ですけどっ」
敵意は感じないけど、わけわかんない発言のせいであたしはキョウに警戒の態度だ。
ビケさんと戦えって、テンと同じじゃないか。テンに毒されたか?キョウ!この鞭っこメガネ!
ウー…と警戒するあたしに対して、キョウはフー…とためいきをついた。
「リンネ、あなたは自分の前世の記憶はまったくないんですよね?
桃太郎だったという自覚もほとんどないわけですよね?」
あたしはこくりと頷く。
「当たり前じゃない。今まであいつの存在さえ知らなくて、勝手に体のっとられたりして、散々振り回されてきたんだから。
みんなにあたしが桃太郎の生まれ変わりなんだって言われても、いまだに納得いってないくらいだもの」
むしろ全力否定したいほど。
「やはり、あなたは特別のようですね。魂が分離していると聞いていましたが。ならば記憶の共有がなくてもおかしくないのかもしれない」
「特別もなにも、あいつの存在とか、前世がどうとか、マンガみたいな話ついていけないわよ」
「そうですね。なにも知らないあなたにはついていけない話かもしれない。
でも桃太郎は確実に存在しています。そして、私も彼を知っている一人……いや、正しくは前世の私が知っていた……リンネ、私は千五百年前にあなたを知っていた」
それはつまり、前世の桃太郎とキョウの前世は知り合いだったってこと?
「桃太郎とは共に戦った仲間であり、敵対したこともあり、最期は彼に殺されました」
「ええっ、じゃあやっぱりあいつはとんでもない悪党ってことじゃない!
キョウも前世であいつにうらみを持っていたってことでしょ」
「そうですね、うらんでいてもおかしくないですけど、でもそんな感情よりも、彼を羨ましいと思っていたようなんです。彼のように己の思いのままに進める強さが私も欲しかった」
キッと強さを感じる瞳があたしを見る。
「この国は鬼が島という絶対権力で成り立っています。鬼が島の考えが正しい、鬼が島の命じることは絶対に従わなければならない。私たち四エリアの領主は鬼が島直属の部下であり、忠実なしもべとして領民を治め、鬼が島からの指令を実行しなければならない。
それがどんなに非人道的な指令であっても、疑問を抱かず従う。鬼が島こそが正しく正義なのだと、私も信じて従ってきました。
その鬼が島は桃太郎の生まれ変わりである桃山リンネと桃太郎の力を持つテンの監視を命じてきました。
そして今度はリンネの抹殺という指令……、桃太郎が抜け、力を失った少女をなぜ殺さなければいけないのか?理由など教えてはくれないし、聞いてもいけない。言われたとおりに指令を実行する、それが四領主の務め。私は鬼が島の中に正義などないと気がついたのです。
それから鬼が島の正体にも……」
急にハッとしたようにキョウが体を硬直させた。その視線は窓の外へと向けられていた。
ん、なんかあたしも嫌な予感というか、危険察知能力がじわじわと働いているような気がする、これは。
キョウがあたしの肩をおさえて身を屈める。潜めた声でこう伝える。
「囲まれています、雷門に」
「えっ?!」
どういうこと?雷門って?
ツバを飲み込んで、耳をすませる。特にこれといった音などしないけど。でも雷門つったら武闘派集団、気配を消すのもお手の物かもしれない。それに、なんか嫌な予感しているのはたしかだし。
「ま、まさか、雷門もあたしの抹殺指令を受けて??」
鬼が島から?
「いえ、鬼が島から直接指令を受けるのは四領主だけです。
やはり、あの人も私と同じ指令を受けていたんですね……」
「あの人って…?」
もしや・・・
「キン兄さん」
やっぱりーー!?
と思わず叫びそうになったあたしの口を、キョウが手で塞いだ。
「静かに! まだ距離はありますが、ここに長居は危険すぎます。
裏戸から逃げましょう」
キョウがすっと膝を持ち上げたその時、ガシャーンとガラスの割れる音が隣の部屋から聞こえてきた。
ら、雷門かーー?!
「リンネ」
「うん」
あたしはキョウとともにさらに奥の部屋へと進み、そこから外へと飛び出した。
外は狭い路地で、ろくに街灯もない。まだこの時間は真暗でろくに見えやしない。
ぼう、とキョウの姿が今あたしの視界に映る。
「走りますよ」
軽く振り向いたキョウに頷いて、あたしはキョウについて駆け出した。
どうやら後はつけられてないみたい。今のところは、ね。
幾度か角を曲がったところで、キョウが足を止めた。
「はぁはぁ…ぜぃ」
息が切れる。どっと疲れがきたようだよ。
「大丈夫ですか?」
キョウがあたしの顔を心配そうに覗き込む。
「ああ、うん、なんとか」
「今雷門軍団を率いているのはキン兄さんです。次期雷門当主候補のキン兄さんは雷蔵伯父上から当主代理を任されたんです」
そういえば、そんなことこの前キンに遭遇した時に言ってたような、レイトとのやりとりで。
「じゃあ、今雷門に命令出しているのってキンってこと」
「ええそうですね。一部の連中以外はキン兄さんの手下でしょう」
おのれー、こんなか弱き乙女に対して、大軍で仕留めにくるとは……見下げ果てたぞキン!
金門とのことが一応解決?したというのに、今度は雷門か。
あ、でもキョウだって雷門の人間なのよね、キンとも兄弟だし。
「話し合いという平和的なやり方でキンを止められないの?」
「おそらく、ムリでしょうね。キン兄さんは私よりも鬼が島こそ絶対だという想いは強い人ですから。
それに雷門当主の代理である立場上、伯父上や仲間からの信頼を裏切ることはできないでしょう。
キン兄さんはこの数年Dエリアの男として生きてきた男です。たとえリンネでも、標的であるならば手加減などしないでしょうね」
ショウをボコボコにしていたことが思い出される。ぞくぞくと背筋が寒くなる。
全力で逃げるっきゃないな。
命令ならば実の弟ですらボコボコにしちゃうもんな、…てことはキョウだって、そうなる危険もあるんじゃ。
あたしはキョウに殺されることなくなってほっとはしたけど、キョウはほんとにいいんだろうか?
鬼が島に逆らって、なんのメリットがある?
「ねぇ、キョウは鬼が島に逆らって、その後はどうなるか、どうしたいのか考えているの?」
鬼が島に背いたら、いくら鬼門の人間だって立場ないだろう。人生捨てるようなもんじゃない。
キョウがなにも考えずに行動するなんて、信じられないし。
「鬼が島を倒して、天下をとるんです」
「・・・へ?」
なに言っちゃってるの?キョウぶっ壊れちゃったか?
鬼が島を倒して天下とるとか、なにそれまるで……
「正しく言えば、私は、リンネあなたが天下をとるところが見たいんです」
「は?あの、ますますわかんない」
大丈夫?マジでキョウ。
「鬼が島は、父王ではなくビケ兄さんです。私はそう確信してます」
「え、ちょっ、鬼が島がビケさんって、ちょっじゃあ、てことはー」
さっきあたしにビケさんと戦えって言ったのは
「ビケ兄さんは…、リンネあなたのことなど欠片も想っていませんよ。あの人の興味は桃太郎だけ。
その桃太郎がテンを選んだ今、あなたは完全に用済みになった」
「ちょっ、じゃあビケさんがあたしを殺せって命令したってこと?!」
「信じられませんか?」
「当たり前じゃない。むしろ桃太郎よ、あいつが悪玉!」
「なら、確かめに行きましょう。私も、私が信じたものを確かめに行きたい」
ビケさんのもとに、Cエリアに。
そうよビケさんに会えば、すべてわかるはず。それにあたしも、不安に揺れる恋心を安定させるためにも、ビケさんに会って、ビケさんの言葉を聞かなくちゃ。
走り出したあたしとキョウ、でもその走りはすぐに止まることになってしまった。
突然行く手を塞ぐようにコンクリートのかたまりが飛んできたからだ。
「うわっ、ぶなっ」
ゴッとすごい音させて、そのかたまりは硬い地面を抉って反対側の建物の壁へとぶつかった。
その破片がバラバラッと散らばり、あたしの足元にも降ってきた。
「ちょっなにごと…」
「おおっ、見つけたぞ」

コンクリートのかたまりが飛んできたその方向から、ずんと黒い影が現れた。
「キン!」
あたしたちの行く手を遮る壁のように現れたのは、キンだ。
キョウの言うとおりなら、キンはあたしを処分するためにやってきたのか?
真剣なまなざしのキョウはキンを見据えたまま、その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
なんだか緊迫した空気が流れている。
「聞いとったとおりじゃな。キョウ、お前が鬼が島を裏切り、愛の逃避行とやらをかましとるとは」
はははと笑いながらキンは手に持っていた通信機を口に寄せて
「おったぞ。今から両方とも片付けるわ」
そう言って、ガッと大雑把にズボンのポケットに通信をきった通信機を突っ込んで、あたしたちを見下ろす。
片付けるって…野蛮なそれしか浮かんでこないんですが、やっぱり、そういうことですか?
「鬼が島が信じられなくなったんですよ。私は私の正義を信じて進むと決めました。
私はもう、あなたのような鬼が島の犬じゃない」
「そうか、お前はウソつけるような男じゃないからのぅ、堂々とそう宣言してくれるとこっちも心置きなくやれるわ。それにワシも歯向かってくる相手とやるほうがいくぶん楽しいしのぅ」
指の関節をごききと鳴らしてキンはこぶしを握り締める。笑みを浮かべたその顔は、獲物を捕らえた獣のようにあたしには見える。怖いっつーの。
キンはヤル気マンマンだ。バトル大好きDエリアの男だから当然だろうけど。キョウはキンに立ち向かう気のようだけど、でも大丈夫なの?キンってDエリア最強だし、テンと互角ってくらい強いし、ショウボコボコにされていたし、キョウに勝ち目なんてなさそうなんだけど、素人目からも体格からもすでにキョウが負けている姿しか見えてこない。つーか、絶対ムリ、キョウ死んじゃう。
そんなあたしの目線を察知したキョウがこっちへ目をやる。
「キョウ、逃げよう。こんな筋肉バカ相手にするなんてムリだから」
「そうですね、リンネあなたは避難していてください」
「へ?キョウ」
キョウはすぐに視線をキンへと移して、一歩踏み出し、手に持つ金属の細長い棒をひゅっと振った。その棒の先端から紐状のものが勢いよく出てきた。鞭普段は棒状になっているのかー、どうやってあんな長いものが収まっているんだろう?けっこう丈夫そうなのに・・・とそんなこと気にしている場合じゃないか。
振り下ろした鞭はドッパーンと叩いた地面を抉った。すごい威力だ、あれ人体に当たったら只じゃすまないよ。
「足りない部分は別のもので補えばいいんです、私は私のやり方で戦う…。
リンネ、あなたは私が守りますよ」
キンを見据えたまま左手をすっと広げて、あたしに下がれと合図するキョウ。
なんかそれって、ここは俺にまかせてお前は行け!みたいなやつですか?少年漫画的な、仲間が捨て身になるシーンですか?こんなとこで死にフラグ立てないでよキョウ!
でもキョウの表情は死に直面した男の顔とも違う、ほんとに負けるつもりはないみたいに強気な顔みたいだ。
もしや切り札があるとか?
あたしはそのキョウの横顔を信じることにした。後方に数メートル走って、古びた建物の影に隠れて、二人の様子を見守る。
「鬼が島の命令とはいえ桃太郎の抜けた雑魚の相手をせにゃならんのはつまらんからな。
ワシ個人としてはちと嬉しいところじゃ、少しは楽しませてくれるか?キョウ」
にぃっと笑って、キンはブンと拳をキョウの頭上目掛けて振り落とす。
ゴッ、と元々ぼこぼこなBエリアの舗装された地面が砕かれ、その破片が舞い上がった。
キョウは?!
キョウはそれを無事かわしていたみたい。横っ飛びでキンの攻撃から逃れていた。
キンもキョウもお互い驚いた様子もないようだけど。
「何年ぶりかな、お前とやり合うんわ。このBエリアで雷蔵伯父上のとこで訓練受けとった時以来じゃないんか?」
「そうですね、でも初めてですよ」
びゅっと鞭を振るうキョウ、それはキンへと向かう。
「おおそうか、そうじゃな。本気でやりあうのはな」
キンは腕をブルンと振るって、キョウの攻撃をパアンと払う。その腕には一瞬赤い筋ができたけど、すぐに消えた。蚊に刺されたあたしの肌のほうがはるかにダメージ受ける感じだ、どんな体してんだよ、キンの体は。
キンが体をそらすようにして拳を構え、次の攻撃のモーションに移る。襲いくる暴風がキョウの髪や服を動かす。その暴風の中心には、台風の目ならずキンの剛拳。
うわっ。と離れているのにあたしは思わず目を閉じてしまった。ゴガッとかいってなくのはキンの攻撃によってさらに抉られた地面の悲鳴。
「げほ…」
破壊で舞い散るほこりやらで霞がかる視界。ゴッゴッ、連続してなく地面の割れる音が聞こえてくるけど、硬いものが割れる音しか聞こえて無いから、たぶんキョウは無事?
そして音は止んだ。
じっと目を凝らしていると、靄は晴れ、状況が見えてきた。
道の中央に立つのはキン。そのキンの側でギチィ…と肉を締め上げるような音がする。
「あ!」
キンの右腕を中心にして体を締め付けているのは、キョウの長い鞭。
ぐるぐるとまきついた紐を目でたどって、その先にはそれを操っているキョウがいた。
数メートル離れた位置で、キンの攻撃が届かないと思われる距離で獣を絡めたその武器を持つ手に力を籠めている。
そっか、鞭でぎちぎちに締め上げるわけか、キンって飛び道具とか使ってくるタイプに見えないし(肉体だけが武器みたいなイメージだし)、それって動きさえ封じれば怖くないもんね。
ん、でも、たとえ締め上げてもキンだったら力で解放できそうな……。
キンを束縛したキョウは、真剣な表情でキンを見据えたまま、足に力を入れて重心をとっている。
「捉えましたよ」
冷静なキョウの口元にうっすらと笑みが浮かぶ。その光景は猛獣を捉えたレンジャーみたいだ。
と、言うとキョウのほうが断然有利っぽく聞こえそうだけど。
実際は、ぎちぎちに縛られたキンのほうが余裕ぶった顔しているし、余裕ぶるどころか、なんか喜んじゃっているし?……ヘンタイ?
「はっはっは、キョウ、こんなんでワシの動きを封じたつもりなんか?」
あたしならあんなぎちぎちに締め付けられたら、血流止まって皮膚紫になりそうなのに、硬い筋肉もちのキンにはノーダメージっぽいです。それに、今にも力籠めて縛から逃れそうな空気が。
キンの中の血液が腕や足へと波打って走っていくアニメーションがあたしの目には見えているし。
いやキンならやりかねん。そして解かれる縛。
キンが力籠めたその瞬間、キョウの右手親指がスライドして動くのが見えた。
「これでもですか?」
カチッ、キョウの指が手の中の柄の表面から現れた小さな突起をいじったその瞬間、花火のように光る鞭に包まれたキンが痙攣起こしたように跳ね上がった。
ババババとすさまじく電気の流れるような音、あの鞭に触れたものにキョウが操作することですごい電気が流れるしくみなんだろうか?カイミの持っていた武器の強力版?いやまじですさまじい。
キンの体全体がドデカイ人形みたいに硬くなって、元々立ち気味だった硬そうな髪の毛もウニみたいに激しいことになっているし、服からも火花が散って、ビリビリになっていく。
「うわっちょっ、キョウ?」
眩しさにあたしは目を細めつつ見守る。キョウは微動だにせずバチバチいってるキンを怖いくらい冷静な目で見たまま、力を籠めた手の中のスイッチをさらに押す。そうするとさらに激しい電気が流れているみたいで、キンの体がはたからみて人間に見えなくなってくる。
なに?その鬼畜武器は?!あたしに使われなかったからっていってもゾッとしますわ!
いくらキンでも、それは、マジで死んじゃうんじゃ?
バヂッ…ビビッ…?ん、なんか変な音がキョウのほうからしてきたと思ったら、バヂーッッン、キョウの手元から激しくスパークして、鬼畜攻撃は終わった、鞭の柄が地面を転がる乾いた音。
「くっ、壊れた?」
片手を押さえて膝をつくキョウ。キンを縛っていたものは黒く変色して地面に落ちていった。そして人間花火になっていたキンはぬり壁のように立ち尽くしたまま、上に着ていた服は完全に焼け焦げ上半身裸に、肌も黒く焦げ跡のようなものがついていた。顔は気を失っているのか白目をむいている。
キョウがキンに勝った?あのキンにキョウが?
はー。とキョウが息を吐いて緊張とかれたその時、黒焦げ仁王像状態のキンの白目からぐりんと黒目が降りてきた。黒い肌からよく目立つ白い歯が、にぃと吊り上げられた口の間から見えた。
バゥッ!空気が切り裂かれるその音は、思いのほか長かったキンの足がキョウを襲った証拠だった。
「キョウ!」
キョウの体が宙を舞う。やっぱりそう簡単にくたばる相手じゃなかった。
ピンチはいまだ脱せてない。どどど、どーする?!


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