ぎゃーー、やめれやめれーーー!!!
あたしがいくら叫んだところで、止まらないのはこの体。
うっ!
受ける衝撃や痛みはあたしのものなのに、この体を動かす意思はあたしのものじゃない。
桃太郎!!
それは姿の見えない存在、だけどあたしの中にいるあたしじゃない別の存在。異質のもの。
それが桃太郎と名乗るバイオレンスな存在。
あたしはあたしの目で、目の前で斬り殺されていくものを見ている。
あたしの手によって斬り殺されていく金門の刺客たち。
あんなにたくさんいたはずの彼らは、あっという間に血の海へと沈んでいった。
金田聖も男前無惨な死に様をさらして、物言わぬ存在へと成り果てていた。
ああそう、全部あたしが、あたしの体が、あたしの中の桃太郎がやった。
やっと視界が安定した時、すべてを倒し終えたのを確認した時だ。
今そこに生あって存在しているのは、あたしとショウとそれからずっと座ったままの生きた化石。
金門トップ、金門金太郎。
体を震わせながらも、眼光衰えずあたしを睨みつける。
「おにょれ、よくも、よくも桃太郎」
視線逸らすことなく睨みつけたままの老人に、あたしの体の桃太郎が血にまみれた刃を挑発的に向けた。
ちょっ、ちょまさか、あんたこのおじいさんまで?!
「はっ、俺様は弱い奴は相手にしねぇ。こんな死に損ない殺す趣味はねぇんだよ」
そう言って、しゅっと刃を下へと振り落とした。床をぴぴっと赤黒いものが濡らした。
よ、よかった。桃太郎は金太郎には手を出さなかった。
いくら悪の親玉でも、老人を斬り殺すのは気分悪過ぎだもの。
ああ、だけど、気分最悪なのは変わらない。
「まさか、ここまでやるとは思わなかった」
今まで傍観していただけのショウ。なに他人事のように言って。だいたいあんたがこんなとこに連れてきたから。
「それは俺様を過小評価か?小僧」
「さぁね……オッサンと比べたらどうなのかな?」
テン?


見慣れた美しすぎる天井……?
あれ、ここは……Cエリア領主館のあたしが借りている部屋のベッドの中。
金門本拠地に行って、桃太郎って変なのがあたしの体をのっとって、そして虐殺のかぎりを・・・
というのは、夢だった?
ぴくっ、動く指先。もう一度にぎにぎと動かしてみる。あっ、動く、あたしの体、あたしの意思でちゃんと動いている。
なんかすごい疲労感、関節ぎしぎし痛むし、そっかそれで悪夢を見ていたのか。
夢、えっとどこからどこまでが夢なんだっけ?
『おい』
ああ、また夢の中に戻りかけているのかしら?またあの変な声が脳内で響いて……
『夢じゃねーよ、桃山リンネ』
「なっ、なに?まだ聞こえる?! なんで、起きているのに」
がばっ、と上半身を起こしてきょろきょろ周囲を確認する。でもどこにもだれもいない、室内にはあたし一人。
「幻聴…『じゃねー!いい加減ぼけてんじゃねー糞女がよっ』
なっ!このド下品なしゃべりは、悪夢の中の桃太郎。
『現実だ。いい加減理解しとけよノミ頭』
「わーわーわーー」
耳を手でバシバシ叩いて、わーわー叫んでみても
『アホかてめぇ、なにがしてーんだ』
だめだー、声はまだ聞こえてくる。それは耳に聞こえるというよりも脳内で直に聞こえているようで、きっと耳をふさいでも防ぎようがないんだ。と、わかってきた。
「ううう。桃太郎ってあの?あの大悪党桃太郎だっていうの?」
頭を押さえながらあたしはうな垂れる。顔が膝につきそうな位置までがっくりと。
『大悪党ってのはてめぇの思い込みだろうがよ。しかし何回言やぁわかんだ?てめぇは』
なんか呆れたように言ってるけど……、だいたい桃太郎があたしの中にいるって、やっぱりまだ信じられないというか信じたくない現状で。
ああ、だけど、そうなんだ。あたしはこいつを知っている。
あの時・・・Cエリア領主館で、金剛カナメが襲いかかってきた時、あの時に聞こえてきた声。
『おい、それよりもっと前にもあっただろ』

……ハイセーズとかいう奴らが襲ってきた時にも……

『それよりも前だ』

Dエリア?
そうだ、あの時にも、あたしは夢のような悪夢のような体験をしたような……

『・・・もっと前だ。ちっ、しょうがねぇよな。てめぇは記憶を売っちまったんだしな』
え?ちょっと、まってよ。あたしの記憶売ったのって、あんたのせい?あんたが関係しているのね?
『は? ははははは・・・俺様じゃなくてあの野郎のせいだろうがよ』
「はぁ? だ、だれよ、あの野郎って?」
「なに独り言しゃべってんの? 気持ち悪いんだけど」
びくぅっ!
いきなり背後から話しかけないでよ。振り返った部屋の入り口付近に斜めに立つショウ。
お前はいつからそこにいた?!
「な、なにって、桃」
!? あれ? 桃太郎の気配は急に感じなくなった。いつもの、あたしの正常な状態・・・?
おかしい、たしかにさきほどまで、あの桃太郎の声が聞こえていたのに……
やっぱり幻聴? 金門のやつらがあたしを桃太郎だ桃太郎だと散々言ってたから、そのせいでか?
ううん、でも幻聴だと決め付けるのはあまりにも強引な気もする。
記憶もはっきりしているし、それにビケさんに言われたことも……

『声が、聞こえているんでしょう?』

ビケさんのいった『声』が、あの自称桃太郎のことなら意味がわかる。
でもなぜ、ビケさんはその声を知って……
「ね、ねぇ、あたし変じゃなかった?」
戸にもたれかかっているショウに問いかける。あの時・・・金門の本拠地に一緒にいたショウ。明らかにあたしじゃないあたしに気がついていただろう。
「いや・・・というより知っていた口ぶりだった」
ショウは桃太郎と面識がある。意識うつろだったけど、覚えているシーン。
「・・・は? 変って、いまさらなにを、いつも変じゃん」
すっとぼけた態度。いつものこいつの態度。
「そーじゃなくって! 金門の本拠地で、あたしおかしかったでしょ?
桃太郎とか名乗って、ありえない運動神経で、めちゃめちゃで」
「オッサンみたいな?」
「違う! テンと違う!」
テンとは違う、あいつは、あの桃太郎は同じ暴力者でもテンとは違う。あいつは自分の野望のことしか考えてない。
「ショウ、あんた知ってるんでしょ? あたしの中にいる桃太郎ってやつのこと。
Dエリアでキンに会った時も、あの時にもあたしは意識を失くしたけど、その時にあいつが出たんでしょ?
そして、あんたあいつとグルなんでしょ!」
「はあ? なに言ってんの?」
思いっきり「はあ?」な顔で返された。
「なんでボクが桃太郎なんかとグルになんなきゃいけないんだよ。
むしろそっちとオッサンがグルなんじゃない?」
ジロと睨むショウ。ちょ、ちょっと
「テンはあたしの敵! あたしはビケさんのためにあいつと戦うって決めたんだから」
「ビケ兄のためにって・・・ははは・・・思いあがりもいいとこだね」
「は?」
なによ急に?
ズカズカとあたしに近づいてきたショウは乱暴にあたしの襟元を掴む。
「ビケ兄のこと知らないくせに」
「な、なによ急に離し…」
うえ、ちょ、苦しい・・・軽く締め上げられているような状態のあたしをあたしより少し背の高いショウが見下ろす。
さっきまでの道化たショウはそこにいない。まるで射殺すような鋭い瞳。
「そ、そっちこそ、ビケさんのこと知っているっていうの?
じゃあ今、どこでなにしているのよ?」
「・・・…そんなのお前の知ることじゃない」
語尾弱まっているし、掴んでいた手元も少しゆるんで解放された。
「ははん。あんただって知らないんじゃない」
「うるさいよ」
「うぇっ?」
ショウの掌が突然伸びてきて、ドンっとあたしの胸元を押した。
あたしはそのままベッドに後ろ向きでダイブ、体重で沈みかけた体の左耳のすぐ横に「ドスッ」というなにかの衝撃が、なにか鋭いものが突き刺さるような、とても不吉な衝撃を感じた。
「ちょっ!!なにす」
思わず目がぐるぐるだ。だってショウのやつ、エアガンであたしの顔面スレスレに発砲しやがった。
あたしの左耳横には黒い小さな穴が開いていた。
至近距離でわざと外したのはわかるけど、シャレにならん!
「ほんとむかつくんだよね、リンネの勘違いっぷり」
半目で見下ろしながらショウの言葉にあたしは「はぁ?」
「だいたい、まだなんにも思い出さないわけ?」
「な、なによ。思い出さないって・・・もしかして、二年間の記憶の事・・・?」
「違うよ、もっとずっと昔の記憶・・・」
「へ……?」
あたしの無くした二年間の記憶じゃなくて、もっとずっと昔の事?
それっていつ? 小学生くらい? それとももっと昔?
にしても、なんでそんなことをショウが訊ねるわけ?
「いいよ、どーでも」
ちょっと、人を脅しといてどうでもいいふうにするな!
「ビケ兄のためにって言うんならさ、とっととオッサン倒しにいけよ。
まあ、オッサンに手も足もでない程度じゃ、ビケ兄の前に立つ資格なんてないけどね」
「うるっさい、あんたこそとっととBエリアに帰りなさいよね」
フン。と小生意気な鼻息とともにショウは出て行った。
あーもー、あいつの行動はわけわからん。
金門の本拠地に連れて行ったのも、なんのため?あたしに対するイヤガラセか?
にしても、あの時、一瞬だったけど、あたしを見下ろす目、ゾクリとした。
あれは、あの目は殺意。
なんでショウにあんな目で見られなきゃいけないのか…身に覚えないのに。
「うっ、やばい」
腰が・・・腰が立たない?!
ベッドに仰向けになったままのあたしに、再びあの声が聞こえてきた。
『おいおいなに腰抜かしてやがんだ? ほんとにてめぇは腰抜けだな』
も、桃太郎!!??


金門の本拠地でのことから二日経ったけど、あれ以降金門の動きは特にないよう。
金門のトップを黙らせたことが要因なんだろうか……ということは、やっぱり、あのことは夢じゃなくて現実だったと、否定できないってこと?うわああああ……。
と、落ち込んでいてもしかたない。時間は流れていく、なにがあったとしても進むしかない。
それが生きるという事。
そしてあたしにとって、生きるという事は、ビケさんへの愛を貫く事。
それはビケさんを守る事で、ビケさんの望みを叶える事。
つまり、それは……
「テン!」
Bエリアの街で、あたしはテンを探していた。
そのテンが探す手間も無くあたしの前に現れた。
走ってくるあたしのほうに、まっすぐにあたしのほうに。
両手に抱えたライフルを盾のように構えて、テンを迎え撃つ。
「うおっ?」
「邪魔だ!」
止まることなくテンはあたしの目の前まで迫ってきていて、あたしの目の前でダンッと足踏む音がしたと思ったら、テンはあたしのはるか頭上にいた。
「なっこら」
あたしを飛び越えて、住宅の屋根の上をかけていくテン。思いっきりムシか?コラ!
追いかけようとしたあたしの両脇を次々と駆けて行く影。それはおそらく雷門の者達と思われる。
そうか、テンのやつ雷門の奴らを相手にしているんだ。
「待ちなさい」
あたしを追い越していく連中の中に、聞き覚えのある声が。
スーツ姿で白髪を後ろに整えた眼鏡男子。Bエリアには不釣合いなその彼は。
「キョウ!」
あたしには目もくれず、テンを追いかけるキョウ。その手には彼の武器である鞭があった。
あたしも慌ててキョウの後を追う。
しばらく走って、さきほどの雷門の集団を見つけたそこににらみ合うように立つテンとキョウがいた。
「ちょっと、テン! キョウ!」
その現場へと走るあたしのほうに、危険なものが吹っ飛んできた。
それは容赦なくあたしの上へと飛んできた。
「うぉっ、おぶぅ!!?」
どしゃっ、ごきっ。いてぇ!
そして重い! 自分に落ちてきた謎の物体が、ショウであることに気づくのに数秒かかった。
で、なぜショウが吹っ飛んできたかというと……
「もう逃がさんぞ、観念せぇショウ!」
飛んできたショウのほうより現れたのが、マッスルバカの白タンクトップ男・・・Dエリアの領主キン。
あっちやそっちで飛び散る火花。
なに? この混戦状態?!


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