「キャアアアアーーー!!!」

叫ぶしかないこの状況。
ヘソ、とか言っているのん気な状況ではなくて、体にフィットした黒い衣装のカナメは
まるで忍者のような、人間越えた、動物並のしなやかですばやいその身のこなし。
どんな人物も完璧に演じる女優である彼女は
実はこれこそが本来の姿なのでは?と思わせるくらいイキイキとして見える。

イキイキ?
あたしに殺意むき出しでイキイキもあるもんかー!!

広いロビーの中、あたしはライフルを抱えたまま逃げ回る。
あたしを捕らえるカナメの目が怪しく光る、彼女の手の中の凶器も怪しく輝く。

「くらえ!」
飛んでくるナイフ。
それはあたし目掛けて飛んできた。光るものが近づいてくるのを感じていながら
あたしは恐怖で固まり動けない、金縛り??
それはもう目の前まで来ていた。
まっすぐに飛んでくるナイフは尖った部分を感じないから恐怖がそれほどでもなかったりする?
やけに動きが遅く感じるのは、命の危機を感じた体の防衛本能ですか?
動きが見えているのに、動けない。
そんなこと考えている間にもう目に!?

『おい、俺様が助けてやろうか?』

「!?」

あたしは反射的に首を横に逸らして、そのナイフをギリでかわしていた。
あたしから外れたナイフはそのままの勢いでロビーの壁へとぶつかり、キーンと高い音を上げて跳ね返っていた。

いや、それより今の声は?
その声はカナメのものでもビケさんの声で当然違うというのはわかる。
そして二人には聞こえていないと思われるその声。
声、というよりも、なにかの意識?
外から聞こえてくる、耳が聞き取る声とは違って
あたしが脳内で考えている声のようで、でもあたしの意思とはまったく別のそれ。
気のせい?と瞬間思ったけど

「せい!」

「きゃっ」
黒いマフラーの中からさらにナイフを取り出して、手の動きが見えないスピードでそれを繰り出してくるカナメ。
今度は一度に三本も投げてきた!

「いやっ!」
ライフルを盾のように持ち上げてとっさにそれから身を防ごうとしたけど

「!つっ」
防いだのはひとつだけで、二つともあたしの左腕と右足をこすって飛んでいった。

「ちっ」
カナメは一瞬舌打ちしたけど、あたしの痛みに耐える顔を見たら、にやっと嫌な笑みを浮かべて

「いいわね、そうどうせならじっくりといたぶってあげるのがいいかしら?

クライマックスシーンはすぐに終わらせるわけにはいかないものね」

そう言ってカナメは両手のナイフを顔の前でクロスさせ、キシッとわざとらしく音をさせながらこすり合わせた。
光る目で、あたしを見据えながら、笑っている。

く、くそー、この女。
あたしをいたぶり殺すつもりなんだ、やっぱり性格最悪女!
それにあの身のこなし、それはあのハイセーズに近い、いや気のせいかも、気のせいであってほしいとは思うけど、あの三人より、素早い気がする・・・。
それから、いくらどんな人間も演じてきた女優であるとはいえ、あの目は演技超えてる。
人を殺すということに、恐怖なんて感情欠片もないみたいに見える。
殺されるかもという恐怖に、ろくに身動きもとれなくなってしまうあたしとは雲泥の差があるんだろう。

勝てっこない、このまま、いづれあたしはこのカナメに殺される。
なんで、なんであたしがこんな目にあうのよ、なんで命狙われなきゃいけないのよ。

なんでっっっ?!

「リンネ」

ハッ!
その声へと思わず振り返る。

ビケさん・・・

どうしてビケさんは、あたしにこれを、こんな恐ろしい物を渡したの?
目の前で、凶器振りかざしているカナメを止めようとしないの?
殺されそうなあたしを、守ってくれようとしないの?

愛しているって言ってくれた言葉は幻だったの?
あたしの行き過ぎた妄想ゆえの幻聴だったの?
ビケさん!?

揺れる目のあたしを見たままのビケさんが口を開く。

「私は弱い人間が大嫌いなのよ。

リンネ、私に相応しい女になりたければ、戦いなさい」

「え・・・」

ビケさん、それはどういう・・・

「そうよ、桃山リンネ!あなたみたいに私よりも弱い人間が、ビケ様の傍にいていいわけがないのよ。

ビケ様にふさわしいのは、私のように美しく強く高貴な血を継ぐ
最上級の女しかない!」
そう言って高らかに笑うカナメ、顔を上げ、上からあたしを見下ろすような嫌な目つきでまた笑う。

なによ!あんたなんか、余計ビケさんに相応しくない!

たしかにあたしは弱い、普通の女の子よ。
武器を持つことさえ恐ろしくて、気持ち悪くて嫌なのに

なのに、戦いなんて、戦わなきゃいけないなんて
いつも、いつも、危険なことに巻き込まれて、そのたびにいつも言われた

「戦え!」って

テン、そういつもテンはあたしに戦えって言ってた。
あたしは暴力なんて、まっぴらごめんなのに、テンみたいにDエリア的考えなんて、絶対に理解したくないのに。
愛の為に、戦うことをいつも主張していたテン。

戦えって
キョウも、そんなことを言ってた、どうしてって思ったけど

ビケさん・・・

ビケさんまで、戦えって・・・



ビケさんはあたしの気持ちを確かめている?
戦うことで、あたしの気持ちの強さを?真実の愛を・・・

こんな女にビビる程度の愛だって思われる?!
そんなの、そんなの・・・
イヤだ!

おばあちゃんの、夢の中のあの言葉を思い出す。
あたしの想いがあたしの力になるって
それは、ビケさんへのたしかな想い、その想いこそが、あたしにきっと大きな勇気を、力をくれる。

震える体を治めるように、体にぎゅっと力を入れる。
ライフルを胸の前に横に持って
あたしは目の前の敵をギンと強く見た。

「生意気な目になったわね。

それでこそ悪党桃太郎の血だわ」

「あなたには、負けない!」

そう言い返した直後、再び容赦ないカナメの攻撃があたしを襲う。

「いいっ」
ライフルを振り回し、運良くいくつかは弾いたが、残りはあたしの皮膚をしゅぱっと裂いていった。
じんわりと赤く滲んでいく肌から少ししてくる痛み、でもそれは動けないほどのものではなく、皮膚を裂いた程度の軽症。
わざとギリギリのとこを狙ってきているカナメ。
じわじわと、肉体も精神も少しずつ痛めつけていくのがきっと彼女の戦い方。
なんて嫌な性格そのものの戦い方。

カナメは欠片もあたしに負けるなど思ってないだろう。
当然そうだろうけど、でも、どんなに力量差があろうとも、負けたくない。
少なくとも、気持ちでは負けてないはずなのに
戦い慣れしていると見えるカナメと、暴力事件でぎゃーひー喚くしかしてこなかったあたしとでは肉食恐竜とミジンコくらいの差があるようで。

笑いながら、高く舞い上がり攻撃を仕掛けてくるカナメ。
いくつか防いで、いくつかを受けて、少しずつ傷が増えて、痛みも大きくなる。

だめ、このままじゃこのままじゃ、あたしは・・・・なんにもできないよ。
負けたくないのに、こんな女に絶対に負けられないのに

力がほしいよ!

今まで暴力を否定したあたしが、Dエリア的考えなんてまっぴらごめんと思ってきたあたしが
強くそれを欲した瞬間、あの声がまた聞こえた。

おい、俺様が力を貸してやろうか?

え?

いい加減気づいてんだろうが、俺様に体を少し貸せば、こいつを倒せるぜ。

どくんどくん、たしかに感じるその声の主の意識を
目に見える存在とは違う、でもたしかにいるその存在を。

ほんとに、倒せるの?カナメを

でも心臓はその存在に不安な音を上げている。
信じてもいいような、でも信じてはいけないような
わけのわからないその存在。

必死でカナメの攻撃から、広いロビーの中走り回っていた。
もういろいろ考えている余裕さえなくなってきた。

「!っ」
足が縺れて、壁に激突しそうになって、壁に手をついた時あたしのすぐ横から声がした。

「リンネ、なにやっているの?逃げ回っているだけでは勝てないわよ」

ビケさん!
ビケさんのいた位置さえ確かめる余裕さえなかった、すぐ横にいたビケさんに驚きながら息を整えようとする。
でも上下する肩を治めようともムダだった。
汗で顔に張り付いた髪の毛を直すことさえままならない。
こっちへ向かってくるカナメに向きかえろうとした時、ビケさんの口から信じられない発言が聞こえて、あたしは再びビケさんを見た。

「声が、聞こえているんでしょう?」

!?
なぜか瞬時にビケさんの言った声があの声のことだとわかってしまった。
どうしてビケさんが、あのなぞの声を知っているの?

驚いて見上げるあたしを、ビケさんは穏やかな笑顔で言った。
「その声に耳を傾けてみたら?きっと、あなたの力になるんじゃない?」

ビケさん。
声が何なのかよくわからないけど、ビケさんの言葉ならあたしは信じられる。
きっとこの声は、あたしの中の不思議な力なのかもしれない。
あたしのビケさんへの想いの力かもしれない。

『ようし、いいぞ、・・・・これで、いけるぜ!』

あたしが声に集中しようとした時、またあの声が聞こえて、そう叫んで
それを感じた次の瞬間、体がすぅっと起き上がり、あたしの意識よりも早く判断するように、というかもうあたしの意識とあんまり関係無しに、体は走り出していた。

「なに、なんなの、あたし」
不思議だけど、でも力を感じる。あたしの中の眠っていた力みたいなの。
筋肉の、細胞の声を聞いているみたい。
今までの体が重すぎたと思うくらいに、あたしの体は風のごとく翔り、振り上げたライフルをカナメへと振り下ろしていた。

「な!急に動きが」
驚いた顔であたしを見たカナメ。
カナメは一瞬焦った顔を見せたけど、残像を残すように素早く横へと動き、あたしの攻撃をかわした。

『なかなかいい動きしやがるな、けど、たいしたレベルでもねぇ。

俺様なら楽勝だが、こいつなら、お前でも本気出せば勝てんじゃねぇか?』

え?

『チャンスくらい作ってやっからよ、やってみやがれ、この女ぶっ倒してーんだろ?』

こくり。
なぞの声に無言で頷いて、あたしはカナメを睨みつける。

「はっ」
低い体勢からカナメはナイフを放った。
あたしの体は反射的にそれを全部かわして、再び素早くつめより、ライフルをバットみたいに振りカナメを殴り飛ばした。

「ぎゃうっ!」
カナメはそのまま横に飛ばされ、壁に打ち付けられるとこでとっさに受身をとっていたが、痛みに顔をしかめていた。
「くっ」
あたしの両腕にもその激しい衝撃が伝わってきて、腕がいかれるんじゃないかと思った。
それだけ大きな力が加わったらしい。
普段のあたしを越えた速さで動いているけど、でもこの体はいつものあたしだし、ムリすれば絶対この体いかれるんじゃないか?
この声に、本当に頼ってもいいのか?

『なに言ってんだ、まだくるぜ』

「はっ!」

壁を蹴りつけながら、あたしのほうへと飛んでくるカナメ。
それを確認したのはもう目の前にカナメがせまっている時だった。
そのまま宙からあたしへと迫り、あたしの右肩を掴んで、逆の手にはあたしへと向けられたナイフ。

右肩に掴まれた痛みを感じていくのとともに、目の前の危機に血流が止まりそうな感覚が襲った。

「この私が、負けるはずがない!最上級の誇り高きこの私が

こんな下(ゲ)の女になどっっ!!」

カッと見開かれた栗色の瞳の中に、おびえた顔のあたしがいた。
人の目がこんなに恐ろしい表情をするものだと、この瞬間気づいた。
今のあたしを支配するのは恐怖の感情、殺される、完全に殺すつもりで今カナメはあたしにナイフを・・・

それがわかっている見えている
カナメの瞳孔さえはっきりと見ているのに
スローモーションになっているというのに
その感情はあたしの体を硬くして、動きを止めてしまっている。
逃げられない。

声も出ないあたしを完全に捕らえたカナメの刃が、確実にあたしの体へと迫りくる。

『今だ!やれ!』

段々大きくなる栗色の瞳の中のあたしが口を開けていく。

ドウッ!

鼓膜を破りそうな衝撃と音があたしのお腹付近からしたのと同時に、その衝撃と共に吹っ飛んでいくカナメを見た。
あたしへと迫っていたカナメ、あと数ミリというところまで迫っていた刃は、届くことなく遠ざかっていった。
あの声がした時、体が動いた。
右手の人差し指がジンジンと痛む。それは・・・

鼻をつくにおい、煙る視界。
手の中のそれは次第に重さを感じていく。
遠ざかったカナメの体。
ロビーの床の上に仰向けになっている、どこか遠い世界にあたしは感じている。

なにが起こったのか瞬時に理解できない、思考が停止しているみたいに。
そんなあたしに、あの声は

『へっ、まあよくやったんじゃねぇの』

そう言ったのを覚えている、そしてその存在がまた遠ざかるのをあたしは感じていた。
ぼうとしながら、その場に崩れ落ちて、脱力。手の中にあった凶器が音を立てて床に落ちた。
その時膝を思い切りついたけど、その痛みにさえ鈍感になっている。
目の前の非現実的な現実を、あたしは心をどこかに飛ばそうとしながら
カナメを動かないそれを、焦点定まらない目で、グラグラと見ている。

なにが、あったの?

キーン
耳鳴り、遠い世界に飛ばされそうな耳鳴り。

「リンネ、あなたの勝ちよ」

「え・・・」

あたしの後ろからビケさんの声がする。
だけど、ビケさんのほうへ振り返る気力もないあたし。
微動だにせず、じっとカナメのほうへと視線を置いたまま
見たくないのに、見たくないのに、どうして視線は逸らせない?
どうして、あたしの体は自由に動けない?

「どうしたの?立てないの?」

「あたし、なにを・・・」

普通に開いた口なのに、喉の奥が震えている。
そんなあたしに、ビケさんが笑いを漏らしながら近づいてくるのがわかった。

「現実感がないの?あなたが勝ったのよリンネ。

見ての通りよ、カナメは死んだわ」

死・・・・・・?

ビケさんの言葉を聞き違えたのか、何度か脳内で再生する。
でも、何度繰り返しても、それは聞こえてきた
死んだ、カナメは死んだ・・・死・・・

どうして?

どうして?なにを聞くのあたしは、わかっているくせに。
わかっているのに、それを認めるのが怖くて怖くて怖くてどうしようもないんでしょ?

カナメの体の下に広がる赤い液体が見えた。
そして、あたしの前面についている無数の赤い染みにも
思わず掌で拭ったそれは、掌を汚しただけで、それを見てさらに意識が飛びそうになる。

「あ・・・に・・・これ」

「ふふ、少し見直したわよ、リンネ。

あなたの愛の力をね」

「ビケ・・・さん」
あたしを見下ろすビケさん、その笑顔にときめく余裕すらないあたしは、体の震えを止められない。

「ご褒美に抱いてあげるわ、いらっしゃい」

「体を・・・これ、落としてこないと・・・」
こすっても落ちない、赤黒くなっていくそれを、一刻も早く消し去りたい。

「だめよ、そのままじゃないと」

ビケさんは意地悪そうに笑みを見せながら、声が震えてろくに言いたいことも言えないあたしを抱き上げた。
階段を登る振動に、全身揺らされながら、揺れる視界はどこを見ているのか自分でもわからない。
意識は半分遠いところにいっている。

あたしは、戻れない道を進みだした。


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