台風によって凶暴化した波があたしを頭上から飲み込むように襲い掛かった。

「う、お、あーーーー」

単語にすらならない悲鳴を上げると同時に頭から激しく叩きつけられ、体の自由は完全に波に支配されてしまった。
パワーアップした嵐の中の波は水なんて涼やかなものじゃなく、ドデカイ破壊兵器だ。

真暗闇な海の中に飲み込まれたあたしの腕は、力強いなにかに掴まれた。

「テン!」
にごる暗い海の中でも、その存在を確かめることができた。
波に飲み込まれる瞬間、テンがあたしに駆け寄るのが見えた。
そしてあの時聞こえたそれが空耳でなければ、テンは、もしかしたらテンは・・・・・・

「ごぶぶぅっっ」
アホかあたし!海の中で口なんて開けたら塩苦いものが喉の奥を破壊しますがな!
粘膜しみる!!
口も目もぎゅっと閉じる。

大丈夫だ。
あたしの体を抱き包むようにしているテンの存在を強く感じているから
あたしはテンを信じているのか
目を閉じて、全部閉じて、すべてをまかせて
きっと、助かるって、信じているの?
あたしは人質にしていたテンの刀を、テンとあたしの胸に挟むようにしてあるそれをぎゅっと握り締めて
この闇の終わりを待つ。

耳から水が流れ出すのを感じたのは、水面に上がったと気づいた時だ。
「ぷはっ、う、うげー」
闇が、地獄が終わった、あのしょっからい世界が終わった、と思った。
目を開けると、水に塗れたテンの顔。

「テ・・「お前はバカかっっ」
他に言うことないのかこの男は・・・
なんてのん気に呆れている場合じゃない。
水面に出てもまだ真暗な荒れ狂う海の中。
激しすぎる暴風でろくに目も開けられないし、耳も遠くなる。
おまけにのどはまだヒリヒリ痛むし

「くっ、じたばたするなよ」
「えっ?!うっ・・・うっはーーー!」
またしても、ものすごい波の怪物が横から頭から、襲ってきたそれに、この体が押されていくのがわかった。
やっぱり、真暗闇から逃れられなかった・・・。


ああ、なんか、こんな話どこかで、聞いた気がする。
そうだ・・・Z島で聞いた話だ、テンとビケさんの・・・あの島での記憶・・・
あの時のビケさんは、テンはどんな気持ちだったの?
真暗闇で、考えていた。


「うっ、ぐぼー!」
胸部に圧力を感じて、あたしは目を覚ました。あの海の中で気を失ったらしい。

「げふっげふっ」
顔を横に傾けて、咽るあたしの口から生暖かい海水が出てきた、うえーー。

「気がついたか、リンネ」

すぐ横でしたその声は

「テン!」
あたしは顔を反対方向へと向けて、その存在を確かめた。
!?

「ぶっほーーー、服を着ろっ!」
慌てて顔を逆の方向へと回転させた。
乳を、脇を、腹筋を、見せる、なーーー!!!

すみません、わけわかりませんね、落ち着いて、今の状況をあたしのわかる範囲で説明しなければっ(て誰にやねん)

気がつくと、あたしはどこか固いところに仰向けに寝ていたようで、謎の圧力(おそらくはテンの心臓マッサージとかか?)によって目覚めて、目を開けて確認したところ、かなり狭い(汚い)室内で、すぐ傍にいたテンは上半身裸であったと。

ここはどこですか?よりもまず先に

「服を着てよーー」

「うるさいやつめ、裸ごときで喚くな。相変わらず情けないぞ、リンネ」

は!そういえば、リンネって・・・それにあの時

「テン!記憶が戻ったの?」

テンは目を伏せて、あの刀を手にしながら口を開いた。

「リンネ、俺はお前に散々バカだと言ってきたが・・・本当のバカは俺のほうだったな」
それはテンらしくない、どこか弱くて自虐的なセリフ。

「タカネを忘れるなど・・・」

「テン・・・でも、それは、海に落ちたショックでしょうがないことなんじゃ」

「俺はあの時、海に落ちる直前、岩に激しく頭をぶつけたのを覚えている」

ふつーは死んでてもおかしくないですよね、それ。さすがはテン。生きているだけですごい。

「その次に覚えているのが、Bエリアの港通りだ。

俺はそこに来て、なにかを感じ取ったのだ。

大事な、あるものの想いを、俺はたしかに覚えていた」

噛み締めるように語りだすテン。

「記憶を失った俺は、港通りを、海を眺めながら、己の道を探していた。
そんな中見つけたのが、傾いたカフェの看板のあったあの店だ。
すでに店はつぶれていたらしく、廃墟になっていたから都合がいいと思って俺の住処にした。
波の音を聞きながら、邪魔な看板を始末しようとした時、遠い場所でなにかが聞こえてきたのだ。

海の見える場所で、小さくてでも暖かいお店を持ちたい。
それは俺の感情ではない、だが、それは俺自身とも言える感情のようでもあった。

俺はそのどこからか聞こえてきたその感情のままに、あのカフェを作った。

記憶を、取り戻した今、その感情は、タカネのものだったとわかる。

あのカフェは、タカネ自身の夢なのだ。
俺はあそこで、そのつかめそうでつかめないその記憶をつかみたくて
あのカフェで、タカネを・・・探していたのだ」

カフェテンはおばあちゃんの夢だったの?
それじゃあ、テンは・・・

「テンは、やっぱりおばあちゃんのこと覚えていたのよ」

やっぱり、テンがおばあちゃんのこと完全に忘れるなんて、ありえなかった。
でもテンはそれに悔しそうに首を横に振る。

「いや、俺はタカネを忘れていた、それは変えようもない事実だ。

俺は、死してもタカネを忘れてはならんのだ。

例え、この魂が破壊されようとも、タカネの記憶と想いだけは、砕くわけにはいかん!」

「テン」

テンは遠い目をだけども力強いその目は、向かうところ敵無しの愛のテロリストの目。

テンはおばあちゃんを覚えていた。
おばあちゃんの夢を、自分の感情として、大切に思っていたんだ。
あたしは、そのことをなんだか嬉しく思ってた。

失った記憶・・・

あたしが失くした二年間の記憶は、どんなものだったんだろう?
もしかしたら、テンみたいに、とても大切な記憶、気持ちだったのかもしれない・・・
もしそうなら、もしそうならば
あたしは、とんでもない選択をしてしまったのだろうか?


ゴオオオオオウウウウ!!ガタガタガタ!
「ぬわわわわーーー」
ひときわ強い風が建物を揺らしている。この小さな小屋。いや、よく見るとかなり小さいですよ、この木でできた今にも壊れそうな小屋!

「そういえば、のん気に話している場合じゃない、ここはどこなの?!」

海に落ちてから、流されたのはわかるけど、ここはどこなのか?

「あれからかなり流されたが、ああお前は長い間情けなくも気を失っていたからわかっとらんだろうな。

勘だが、Bエリア内の離れ小島だろう。この魚臭さからこの小屋は漁師が使っていたものではないか?
そんなことはどうでもいいがな」

「たしかにどうでもいいですよ、そんな設定はっっ、てきゃーーー!ちょっドアが今にもぶっ壊れそうですけど」

さっきよりも確実に風は強まっている。
ものすごい音と、ボロイ木の戸はガタガタ壊れそうに音を立てて、ついに

ドガーーン!
ものすごい音立てて、ぶっ壊れましたけどっ
風が吹き込んでくる、しょっぱい水しぶきも!

「言ってるそばから壊れたしーーー」

「うるさいやつめ!なら押さえていろ!」

「うおっちょっ・・・くっ」
掌で顔をガードしながら、ぶっこわれた戸を押さえに行こうと前進したとき、すぐ横で甲高くガラスの割れる音が。

「窓が割れましたけどーーーー」

「台風ごときでギャーギャー呻くな!死にはせん!」

「いーーーやーーー!!!」
叫び声も、暴風にかき消された。
今にもぶっ壊れそうなその小屋の壁にしがみついて、必死に耐えた。
嵐が去るのをただ待つしかない。

神様、どうか無事に、ビケさんの元に帰らせてください。

祈るしかなかった・・・


「はぁ・・・ああ・・・」
夜が明けていくのと一緒に風も少しずつおさまっていって、日が登った頃、空は晴れ渡っていた。
昨日までのあの荒れっぷりが不思議なほどのぴいかんだ。
力尽きた、腰が立たないし、このボロ小屋は全壊はまぬがれたものの、戸が完全に破壊されていたり、窓もほとんどが割れて散々なありさまに。

よかった・・・あたし、なんとか生きてます。
でも感謝する余力も太陽仰ぐ気力もナッシング。
そんな無気力マックスなあたしの背後から、朝日を遮るように立つ影は

「帰るぞリンネ! どうした?お前はここに永住したいのか?!」

そんなわけあるか、あたしの状態見て察しろ。
と半目で睨みながら主張。

「あれからずっと必死で壁にしがみついてて、それだけで体力激しく消耗したのよ。

一睡もしてないし、もうそんな動く力ない」

再び遮られた朝日と、左側の頬に当たる風。
あたしの体は急にぶわりと宙に舞った、気がしたその感覚は

「ぬおっ、ひ、姫だっこーーー!!」

「自分で姫だと?キショイやつめっ」

「そういう意味じゃなくて、て、まだ半裸なの?!服を着てーーー」
すぐ目の前にテンのナマ乳!しかも朝日で反射しているし!!!
わき腹に腹筋当たってるんですけどっっ!

「お前、やたらと裸裸とうるさく喚くな?・・・俺の裸で欲情しているのか?

キショイやつめっ」

「は?なんであたしがテンの裸で欲情するの?ありえませんからっっ!

あたしが欲情するのは・・・」

ビケさんの裸・・・っぶっ、ぶふーー!
想像しただけで鼻の奥から熱い物が激しく噴出した。

「今全力で貴様を海に投げ込みたい心境だが・・・」

「勘弁してください」
鼻を押さえつつ。
て、素で引くなよ、テン・・・、ちくしょーん。

まあでもとにかく、早く戻りたい。
テンに姫抱っこされているのはまあ、半裸なのもまああれだけど、我慢するとして
テンのおかげで、なんとか無事でいられたし、感謝。

「ああ、そうだったな、お前はたしか露出狂の傾向が・・・」
「それいつの話?!しかもテンの思い込みだしっ」

お約束のように、テンの発言にツっこみながら、テンに抱ええられて海岸へときた。
そこはテンが言ってたように、小さな小島で、あの小屋以外なにもない場所だった。
周囲は海で、テンの向かう方向には陸が見えた。
Bエリアの港通りらしき景色、ヨットが揺れているのが見える。
それを確認してホッとしたけど

「えっ、ちょっ」
そのままザブザブと海の中を突き進むテンに、焦りつつ確かめる。

「もしかして、泳いで帰るわけ?」
そんなわけないよね?という顔のあたしに、なにを言ってるんだ?という顔のテン。

「当然だろうが」

「と、当然って」
口あんぐりですけど。
たしかにBエリアは見えますよ?でも、カフェテンの場所さえ裸眼で確認できない距離なんですけど
泳ぐって・・・結構無茶ですよ?!

「それより早く鼻血を拭いとけ。サメが来るぞ」

「うげっサメ出るの?!」

嵐が去って穏やかになったとはいえ、海を泳ぐってまたかなりの体力消耗です。
何度か海水飲んだり、クラゲに襲われたり、しながら天国に近づくのが先か、カフェテンにたどり着くのが先か
そんな状態ながら、なんとか岸にとたどり着いたあたしたちを待っていたのはエメラとハバネロだった。
桟橋にしがみついてあたしは、げぶーと海水を吐き出した。

「店長!リンネさん、二人とも無事でよかったです!でもなんで海から??」
一瞬?の表情を浮かべたあと、すぐにキラリーンと夢見る乙女の瞳になったエメラは嬉々として

「やっぱり店長は人魚だったですね!」

あー、はいはい・・・
つっこむ気力のないあたしは頭の上にクラゲがへばりついていることさえ注意がいかない。
その頭上のクラゲにおそらくはハバネロが喰らいついているのだろう。なんかガシガシやってます。


カフェテンの二階、エメラの借りている部屋のベッドの上にあたしは横たわっていた。
少しだけ休ませてくれとの我侭を聞いてもらったのだ。
んー、さすがにもう体が動こうとしません、疲れ、すぎた。

体は、疲れたけど・・・
テンの記憶は戻ったし・・・心は軽くなったかな?

そういえば、キョウがテンのこと気にしてたっけ。
あとで、連絡したほうがいいのかな?

テンは、これからどうするんだろ?
おばあちゃんの夢ならカフェテンも大事だろうし、でもその前におばあちゃんだろうし・・・
どうするんだろう・・・

うとうと・・・瞼が重くなりかけたそれを重力に逆らう勢いで開けさせたのは、枕元に置いていた通信機の呼び出し音。
ガバッと超生物の勢いで飛び起きたあたしは素早くそれを手に取る。

「はい!リンネです!」

『私よ』

「!ビケさん!」
ふわわー、ビケさんの麗しボイスー、あーもう疲れていることなんて忘れますからー、HP完全回復ですから!
無意識にベッドの上で正座しているあたしはビケさんの声を聞くことに全神経を集中させている。

『帰ってきなさい。そろそろ顔が見たいわ』

!!??
なっ、なんですとー?!
今のは空耳と違いますよね?

ならもう即答
「は、はい!すぐに戻ります!あ、あたしも・・・

ビケさんの顔が見たいですっv」

『言わなくてもわかるから』

はい、バレバレですからっ

通信機をオフにして、しゅばっとベッドの上からジャンプして着替え、身支度を始める。
不思議なことですね、疲労マックスでもう動く力もなかったはずなのに
ビケさんの声だけで、全ステータス完全回復するみたいですよ、人体の不思議、いや
ラブの、ラブの、ラブの(三回も言っちゃったv)不思議!
やっと、やっとビケさんに会えるんだ!
まるで台風の後の晴れ渡る空みたいにあたしの心も快晴ですよ!ルンルン
即出発の準備を終えて、部屋を出たあたしの前に進路を遮るように立っていたのはテン。
鋭い目であたしを射止めるように見下ろすその瞳。

「あいつは・・・ビケはどうしている?」

「えっ」

そうか、記憶が戻ったって事は、ビケさんのことも思い出したんだ。蘇るZ島での記憶。
あの時、テンは答えてくれなかったけど、

「テンは、今でも本当はビケさんのこと・・・好きなんでしょう?」
ずっと放さないでいたビケさんからもらった刀。それから、強く抱いている敵意も、その感情の反動じゃない。
その気持ちが残っているなら、歩み寄ることもできるんじゃ・・・
テンはまたしてもそれには答えなかった、その代わりテンの口から出てきたのは信じられない言葉だった。

「俺が海に落ちる直前に、あいつは俺にこう言った。

タカネは死んだ。もう二度と会えんとな」

「えっええっ」
一瞬テンの言ったことが理解できず、数秒間あたしは固まった。
なに?どういうこと?え?

「うそ?おばあちゃんが死んだって?!」

「俺はタカネが死んだとは思わん。タカネは生きている、あの瞬間確信した。

タカネを攫ったのはビケだ」

「えっ、ちょっなんで」

「あの言葉で十分だ。あいつはタカネを攫ったことを認めた」

ああ、もう、記憶が戻ったら戻ったでこんな事態になるんだった。
テンはビケさんにまた敵意を・・・

「リンネ、俺とともに来い!タカネを救い出し、ビケのやつをぶっ倒す!」

「ちょっ、ストップ!ムリ!ムリですからっ」
両手を突き出して、拒否のポーズを取りながら半ば混乱中のあたしにテンはため息吐きながら

「お前まだあいつに気持ちがあるみたいだな・・・どこまでも哀れでバカなやつだな」

「なっ」

「何度も言ってやるが、あいつを信じるだけムダだ。あいつは平気でウソをつく男だからな。

お前もいづれ後悔する日が」

「とーお!」
テンのすぐ脇を空切るチョップをかましながら、あたしはテンの脇をすり抜け、階段へと走った。
テンのビケさんへのその言葉、もう聞きたくない!
あたしの後ろからテンの声

「フン。俺がどうこう言ったって聞かんか。いいだろうリンネあいつの元で確かめて来い。

俺の言っていることと、あいつの言っていることと
どちらが真実か、お前自身が確かめて来い」

あたしは階段を駆け下り、カフェテンを出た。

テンの言っていることが正しいとは思わない。
記憶違いな可能性だってあるし、テンの激しい思い込みゆえだろうし。
あたしは、あたしは誰よりビケさんを信じる!信じたい。
その気持ちは強くて、絶対のはず、なのに

小心のこの心臓は不安な音を上げ続けている。

確かめなきゃ、ビケさんの無実を。
そして、テンにわからせてあげなきゃ。

あたしのこの感情を・・・安心させてあげなくちゃ・・・。


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