「テン、と言いましたね。あなたもう少し穏やかに登場できないのですか?」

あっ、あたしのセリフをキョウが言ってくれた。
それにテンは眉一つ動かさずに、あたしの後ろからこちらを向いているキョウを睨みつけたまま

「メガネ犬、早くタカネを帰せ!さもなくば、Aエリアを火の海にしてやるぞ。」

「ちょっとテン!?バカなことしないで」

テンならしかねない、でもあたしには止められない
とあたしが焦っていると

「そのあなたたちが探しているというタカネさんのことですが・・・
つい先ほどこちらに入った情報ですが、Dエリアの領主のもとにいるらしいと」

え?!おばあちゃんがDエリアに?!

「なんだと?!どういうことだ?」
声を荒げるテンとは対照的に、キョウは冷静に返答する。

「さぁ、一方的に送られてきた情報なので、こちらも確かめようがないのですが。
とりあえずDエリアに行ってみてはどうですか?
私のほうも引き続き調べてみますから、なにかあれば連絡しますよ。

Dエリアは特殊な場所ですが・・・あなたなら問題ないでしょう。」

しばらくキョウと睨み合ったままのテン、鬼門に不信感を抱いているテンがキョウの言葉を鵜呑みにするとは思えないけど・・・と不安な様子で見守っていると、一瞬テンからあの鋭い敵意が消えた気がした。

「行くぞ!リンネ」

「えっ、ちょっ」
テンの暴走を覚悟していたけど、テンはくるりと向きを変え、また風のごとく姿を消した。
あっけにとられるあたしにキョウが声をかける

「それからリンネ、あなたに話があるので来てもらえませんか?
あなたに関することで、大事な話が・・・」

「え?」

牢獄施設から解放されたあたしは、キョウとともにAエリア領主館のある一室へと通された。
そこにはモニターに向かう20代後半から30代前半くらいのクセのある長い髪を下で束ねた、眼鏡をかけた男性が一人いた。
あたしが部屋に入ると、キョウが扉を閉め、室内にはあたしとキョウとその男性の三人だけ
その男性はあたしに気づくと、「どうも」と軽く挨拶をしてきた。
話ってなんだろう?少し不安も混じりながら、差し出されたイスに腰をかける。

「あなたはAエリアの住人だと言っていましたよね?」

こくこくと頷くあたし、実は施設に連れて行かれる途中、あたしは必死にテロリストではないことと、ほんとはAエリアの人間なんだということを主張していたのだった。

「調べてみたところ、桃山リンネ、あなたの名前はありませんでした。」

「へ?え?」
どういうことか一瞬理解できず、そんなあたしに止めを刺すようにキョウが

「つまり、あなたはこのAエリアの住民でないということです。」

は、はい?!
どういうこと?もしかして、Aエリアの住民リストにあたしの名前が載ってないってことですか?!

「そ、そんなあたしたしかにここのAエリアの住人です!

学校だってまだ卒業してないしっ、住んでいた寮だって!」

「あなたが在籍していたという学校も調べてはみましたが、そちらにも名前は残ってなかったようです。」

なに?それ、どういうこと?!

「桃山さん、アンタ自分で名前を消したみたいっすね。」
モニターに向かっていた長髪の男がこちらへ向いて言った。

「あっ、どうも、自分西中島南方ミントいうおっさんです。若旦那のもとで働かせてもらってます。
あ、名字が長いんでミントでかまわないっすよ。だれも名字で呼んでくれないんすけどね。」
いきなり自己紹介、パッと見ムサイかんじがするけど、気さくなお兄さんみたい

「ミント、その呼び方は止めて欲しいと言ったでしょう。」
キョウはどうやら若旦那と呼ばれるのが嫌みたい

ってそんなことより、名前を消したって?!どゆこと?

「それからうちのお嬢が迷惑かけたみたいで・・・
まあお嬢のワガママにはオレっちも若旦那も手を焼いてるんで・・・」
うちのってことはこの人も雷門の人ってこと?
そういえばテンが言っていた「雷門は武闘派集団」雷門のお姫様がまさにその象徴なのかもしれない。

「カイミのことはもういいでしょう。」
うん、あたしももう忘れたいよ、あのこのことは。

「自分の意思でAエリアを出て行ったみたいすよ。二年前に、覚えがないんですかい?」

「二年前?・・・そんな覚えない・・・・まさか、

あたし、Bエリアで記憶売ったみたいで、ここ二年間の記憶がないんです。
だから自分でもなにがなんだか、自分の状態がわからなくて。

それでとにかくAエリアに帰りたかったんです。なのに、Aエリアに籍がないなんて・・・・」

あたしの救いはAエリアにしかないと思ってきたのに、絶望に襲われそうになる。

「記憶を売ったって、またやっかいっすねぇ。」

「・・・・リンネ、あなた身内はいないのですか?親しい人とか、いえ知り合いでも」

「え、知り合い?」

だれ?だれがいるっけ・・・・・
どうしよう、やっぱりおばあちゃんしか浮かばない

「それさえも思い出せないのですか?
家族・・・も?」

思い出せないことはない、だけどそれは心が痛む記憶だったりする

「親は、学校入る前に二人ともいなくなっちゃって、ずっと学校の寮に入って一人で暮らしてきたから・・・

身内は、Bエリアのおばあちゃんだけです。
そのおばあちゃんも行方知れずだっていうし・・・・」

「なら、そのおばあさんを探すことが先決ですね。

Dエリアに行ってください。」

は?なに?なにを言った?Dエリアに行けと?なぜに?!

「ちょっ、あたしAエリアに助けを求めにきたのに!なんでDエリアになんて・・・

あたし、Aエリアの人間に戻りたいんです!」

「残念ですが、自分で名前を消した者を再びAエリアの住人として認めるわけにはいかないんです、
それがAエリアの掟だということは、このAエリアに生きる人間なら知っているはずですが

それ以前に騒ぎを起こした者の滞在を許してはならないのもAエリアの掟。
あなたはあのテン、ショウともども早々にBエリアに戻ってもらいます。

同時に、二度とAエリアに立ち入ることを禁じます。」

えっ、ちょっと待ってよ?なにそれ?だいたい騒ぎ起こしたのってあのカイミってこだし
あたしは被害者なのに、そしてテンやショウと括られるなんて(屈辱)

救いを求めた先から返ってきた答えは非情なものだった

「リンネ、あなたをAエリアに迎えるわけにはいきませんが、
私は元Aエリアの人間であるあなたの味方ですよ、なにかあれば相談にのりますから。」

あたしに優しくそう言ったキョウからアドレスを渡された、でもあたし通信機器持ってないけど・・・。
テンやショウと違ってキョウはマトモな人だった、いやあたしに一番近い人にやっと会えた安心感もあった
この人は味方だ、そう思わせる顔をしていた。それにあたしは少し心救われた

でも、Aエリアには住めない、いえもう二度と立ち入ることさえできない
それもまたあたしの前にある現実・・・・・
ずーん、そう思うとえらい落ち込んできた。

あたしはAエリアに拒絶されたのだ、あたしは、あたしはこの先どうすればいいの?
どこへ向かえばいいの?

領主館を出たあたしは監視官とともにBエリアへと架かる橋まで連れて行かれた、そこにはショウもいた。
暗い表情のあたしを察してあいつは嬉しそうにニタニタとしやがる、人の不幸が楽しいとでもいうのか?!
とムカツキつつ、監視官にとっとと行け、と厄介者のように追い払われる。
名残惜しくAエリアへと振り返ると、怖い目で睨まれたのでそそくさと走ってBエリアへと入った。

「遅いぞリンネ、ちんたらしやがって!」

「!テン」
待ち伏せしていたようにテンが現れた。
そしてあたしはまたしばらくこの暴走自称愛のテロリストと行動をともにすることになるのだった。
受難は続く。


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