キョウ兄キン兄ともにリンネの抹殺に失敗したらしく、鬼が島のリンネ抹殺指令も撤回されたらしい。
鬼が島がなにを考えているのか、キョウ兄たちもわかってないのかもね。正直ボクも鬼が島の目的がわからない。鬼が島…それは鬼門の当主鬼王のことじゃない。鬼王…つまり父王はもうこの世にいないわけだから。
今から十年前に、…鬼が島で死んでしまった。ボクを暴力と恐怖でもって縛り付けていた恐怖の象徴は、ビケ兄があの日に消し去ってくれたんだ。
父王の死はボクとビケ兄しか知らない。キン兄たちは現場を見てないし、…というかなぜかキン兄たちはビケ兄に会って以来、鬼が島にいたときの記憶から、父王から言われていたことのほとんどを忘れてしまっていた。ビケ兄はわざわざそのことを二人に伝える事はないからと言ってくれた。このことはボクと二人だけの秘密でいいだろうと。ビケ兄とボクだけの秘密、少し怖い気もしたけど、それよりも嬉しさが勝った。
ボクとビケ兄の秘密はそれだけじゃなかった。ビケ兄は兄弟の中でボクを特別扱いしてくれた。父王からは兄弟の中でできそこないで役立たずで目障りだと言われてきたボクを、一番大事なかわいい弟だと言ってくれた。
学校生活も正直どうでもよかった。授業も退屈だし、他の連中とつるむのも大儀だった。そんな学校生活の合間、ビケ兄との触れ合いがボクにとっての色ある時間だった。
肌を重ねあうことで、ボクはよりビケ兄を近くに感じるようになった。体で触れ合う事で、魂そのものが交わっていくみたいで心地良かった。最初はよくわからなくて情けなくも泣いてしまったけど、ずっと以前からこうされたかったような気もしてきた。それが前世の記憶に関わっていたみたいなんだ。ゼンビだったころの記憶に。温羅を想っていた記憶…、ビケ兄には最初から温羅の記憶があって、ボクのこともすぐにわかっていたらしい。ボク自身が思い出すまで、待っていてくれた。
前世を思い出した現在、ボクはよりビケ兄を近くに感じられるようになっただろうか…?
揺るがないはずのその想いを揺さぶったのは、ビケ兄のためならなんでもできるとウザイ事この上ないこと言っていたリンネ。
ボクと同じこと言ってる時点でむかつくんだけど、薄っぺらい存在のクセに、ビケ兄のためにオッサンとも戦うとか、簡単に言って…、鬼が島に踊らされているだけのクセに、気づかないでバカすぎる。ほんとうに。

似ている。一瞬思ってしまった己の思考を粉々に砕きたかった。
リンネとボクが同じわけがない。一緒じゃない、ボクは違うんだ。ビケ兄にとって、ボクは特別なんだ。そう言ってくれたビケ兄の言葉を、ボクは信じる。

『裏切り者』
夢のワンシーンが脳内で再生されて、それを打ち消そうとボクは頭を振った。
見に覚えのないことだ。ボクはビケ兄を裏切ったことなんてない。


ゲームはクリアしたけど、記憶の混乱が治まったわけじゃなかった。気持ち悪い、体の奥がざわざわする。
ビケ兄今Cエリアの領主館にいるっけ?
ここ数日は何事もなくて暇な位だ。オッサンと桃太郎の動きも特にないみたいだし、鬼が島からの指令もない。キョウ兄が極秘で入院したとか聞いた気がするけど、どうでもいいや。
今ボクが確かめたいことは、あのいやな夢…、ボクを裏切り者だと罵ったビケ兄が夢だったとハッキリさせたいことだ。
Cエリア領主館の前で、けたたましく発進する車を見た。ん、ちらっと見えたあの悪趣味な頭ってリンネか?
ボクは館内のビケ兄の部屋に向かった。
「あら、ショウちゃん」
扉の前の通路にビケ兄がいてボクに声をかけた。
「どうしたの、私に会いに来たの?」
「さっきリンネ来てなかった?」
「さぁ…? ゴミの処分ならついさっきしたところだけど」
ゴミの処分?
「それにしてもキョウがあそこまでかわいくない子だとは思わなかったわ。余計な疑念なんて持たないで、鬼が島に従っていれば痛い目に合わずにすんだでしょうに。消した記憶が蘇ってはいないようだけど、疑念を抱いているわ、私が鬼が島だとね」
疑念も何もそのとおりだ。鬼が島はビケ兄で父王はこの世にもういない。キン兄とキョウ兄は忘れてしまっているけど。キョウ兄はビケ兄に鬼が島に不信感を抱いているってことか。バカだな、それでキン兄に半殺しにされたんだ。
リンネなんかのために、鬼が島を敵に回した。
「ショウちゃん、お前は鬼が島を裏切ったりしないでちょうだいね…、いっぱいかわいがってあげたでしょう。ゼンビの想いを叶えてあげたでしょう」
「ボクはなにがあってもビケ兄の味方だよ」
「ふふふ約束よショウちゃん。鬼が島のいうとおりに動きなさい」
ビケ兄のとは言わない、ビケ兄は鬼が島のという。鬼が島は…ビケ兄だけじゃない、忌々しいアイツも絡んでいる。裏切っているのは…
「ショウちゃん、ヒマなら今から仕事をあげるわ。ついさきほどゴミをDエリアに捨ててきたのだけど、きちんと処分してきてくれないかしら? 万が一ってこともあるし。
桃山リンネを殺処分してきてちょうだい」


ボクにとってはビケ兄がすべてで、ビケ兄が正しい道だ。
出会った時からずっと、ビケ兄だけを想って生きてきた。ビケ兄もボクを信じてくれて…、信じてくれていると思っていた。…だけど、どうしてビケ兄はボクを試すようなことを言うんだろう。ビケ兄はだれも信じていないんじゃないのか? ボクのことも、どれだけ想ってくれているんだ…?
あのゲームのせいか、ボクはビケ兄に以前みたいに一心に慕う事ができなくなっている?
怖い?
『ビケさんのためならなんだってできる。テンとだって戦ってみせる!』
ボクに偉そうに息巻いていたリンネ。滑稽だってバカにしていたけど、不服だけど、まるで他人事に思えないのは、似ているから?
踊らされているだけのクセに、…リンネにしてもキョウ兄にしても、いや、ボクももしかしたらずっと…。
車の跡を追い、そこにたどり着いた。ゴミステーションどころじゃない、地獄そのものの場所。Dエリアの最果て、人を捨てた人しかそこにはいない。群がる連中を撃ち殺して、横たわったターゲットを見つけた。
リンネ…無様なもんだよね。ビケ兄のためにオッサンと戦って、桃太郎に捨てられて、ビケ兄からゴミ処分された。お前の存在ってなんだったんだよ、ビケ兄のためにってそのビケ兄からはゴミとしか思われなかったんだ。

『そっちこそ、ビケさんのこと知っているっていうの?』

だれよりもボクがビケ兄をわかっている。わかっているつもりだった。
あんなに優しかったのに、暖かかったのに、ビケ兄の声も眼差しもボクへの愛を感じられなくなった。鬼が島の鬼が島の…そればかりだ。ビケ兄はボクのことなんて見ていない。アイツとかオッサンとか、それ以外のもっと別のなにかを…。こんなこと気づきたくなかったのに、きっかけはあのゲームだ、元をたどればリンネの記憶のせいだ。

横たわったままのターゲット。連中には食われていないみたいだけど、憔悴しきって、このままほっといても死にそうだ。ビケ兄はリンネをゴミだから処分したいって言ってたけど、本当にコイツを処分したいのって、桃太郎だよな。オッサンと組んだなら用済みってことだし。
リンネへと銃口を向ける。
むかつく、なににムカついているんだよ。鷲将?桃太郎?父王?オッサン?リンネ?ビケ兄?ボク自身?
『あたしほんとうに感謝してるんだ』
ボクを頼って感謝してくれたのは、ゲームのリンネくらいだったな。あのヘタレをあそこまで導いたんだっけ。
ゲーム…だけど記憶はリンネのものだ。ゲームのリンネにできたことが、リアルのリンネにできないことが…。
リンネの無様な死に姿は、近い将来のボクにだってありうる。ビケ兄は、鬼が島にとって不要なものなら躊躇いなく切り捨てるだろう。気づきたくなかったけど、リンネのせいで気づかされた。
もう一度立ち上がってこいよ、そしてオッサンとも戦えるってバカ言ってみろよ。
桃太郎じゃない、ただのリンネとボクは戦ってみたい。
だからリンネ
「這い上がってこいよ」


鬼歴1500年を目前にして、鬼が島から最後の指令がくだされた。
金門と雷門の間で諍いを起こして、混乱させろということだった。ボクに下された指令。キョウ兄とキン兄は鬼が島を裏切り、鬼が島の敵に回った。もう鬼が島の下僕はボクだけってわけだ。
鬼が島、それは温羅の生まれ変わりであるビケ兄と桃太郎。争い起こして戦いの気で満たすのが目的らしい。1500年前の温羅と桃太郎の死闘を再現する為の舞台だってさ。…馬鹿馬鹿しい。ビケ兄、ボクはビケ兄にとってどういう存在なんだろう。ボクにとっては、前世なんて抜きにしても、恩人で大事な兄弟で、最愛の人なのに。ビケ兄にとっては、リンネと同じみたいなもんなんだろうな。…利用価値がなくなれば、ゴミでしかない。

「ショウちゃん、お前に最後の仕事を与えてあげるわ」
それが金門と雷門を争わせよとの指令だった。戦場はBエリアになった。
「キンもいなくなって、雷門のほうも統率がとれていないみたいだし、簡単に混乱を招けるでしょう」
金門と雷門との関係を保ってこれたのは、ビケ兄の努力の成果でもあるのに。両家の不仲の先導を鬼が島がやったなんてバレたら、鬼が島は、ビケ兄の立場だってなくなるんじゃ。
ビケ兄はそんなこと気にしていないみたいだ。…何か別のことばかりを考えていて、この国のこととか、周りのこととか、どうでもいいと思っているんじゃ。鬼が島、ビケ兄と桃太郎。二人の野望の為に、すべてが仕組まれていたんだ。
「余計な事しゃがって、…とだれかさんが言っていたわショウちゃん」
だれかさんって、アイツか?桃太郎。ビケ兄は桃太郎と深く繋がっている。ボクの知らないところで、何度もアイツとコンタクトとり続けていたんだろうな。
余計な事ってなんだ? リンネのことか?
「そんなことはどうでもいいのだけど、私にとってはね、ショウちゃん、あなたに二度も裏切られるとは思わなかったわ」
「え、裏切ったって…」
「とぼけないでちょうだい。ゼンビは温羅を捨てて逃げたでしょう。あの時の温羅の絶望を知らないでいい気なものだわ。私はね、あの瞬間からお前のことなんて信じられなくなったのよ」
冷たい目でビケ兄が笑う。なんだよそれ、ビケ兄の言っている意味がわからない。裏切った?ゼンビが温羅を?そんな記憶はどこにも……。
「これは最後のチャンスよショウ。この指令をこなせないのなら、もう二度と私の前に姿を見せないで」
ビケ兄の後ろからいないはずのアイツの桃太郎の笑い声が聞こえてきた。
いらない、ビケ兄はボクなんていらないんだ。
ボクの道はそれしかない、鬼が島に従い続ける。鬼が島の下僕としてなら、ビケ兄に必要としてもらえる。
オッサン…、オッサンの憎々しい顔を思い浮かべる。オッサンをこの手で葬ってやる。桃太郎の思い通りになんてさせてやるかよ。


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