「君は・・・だれなんだい?」
桃太郎を見つめながらそう問いかけてきた男は、桃太郎を不思議そうな、驚いたような表情で
見ていた。
「見たことない顔だ・・・だけど、誰かに・・・似ている」
男は、じりじりと少しずつ、桃太郎へと近づいてきた。
ギリと睨みつける桃太郎に、おびえる様子もなく、その目は驚きと・・・別の感情を表していた。

「俺様に、近づくんじゃねぇ!」
野獣のように吼えた。普通の人間ならひるむところだろう、だがその男はひるむことなく、あの桃太郎が知らない感情の瞳で、彼にと近づいてきた。
桃太郎が構えた瞬間、男は言葉を発した。

「待ってくれ、私は君の敵じゃない!・・・まさか、もしかして、君は・・・似ている、彼女に・・・」
「な・・・なんだ?!」
桃太郎には男は異常に映った。ひるんでしまったのは桃太郎のほうだった。
戦意をそがれる。

「名前は・・・名前はなんというんだい?」

なんだ?こいつは・・・ババァとは違う目だ。
違うけど・・・気味が悪ぃ

ちっと舌打ちしながら、桃太郎は男に答えた。
「桃太郎だ。ババァがそう呼んでいた」
「桃・・・、桃の木の下の・・・まさか。ああっ」
「なぜ、そのことを知っている?お前はババァのなんなんだ?」
警戒する桃太郎は、男の様子にぎょっとした。
男の目からは涙が溢れていた。なぜ男が泣いているのか、桃太郎は理解できなかったが。

「生きていたんだね、あの時の子が、生きて・・・」

なんなんだ?こいつは、桃太郎は男に見覚えがなかった。
桃太郎が知る人間など、せいぜい自分を拾い育てたあの老女くらいだった。
自分を見る男の目、ギラついた老女の目とは全然違う。
初めて知るはずのその人間に、なぜか桃太郎は吸い寄せられるように、男の側にと動いていた。

「俺様を・・・知っているのか?」

それは当然の欲求なのだろう、己のことを知らない桃太郎が、初めて老女以外で自分のことを知る者と出会った。欲するのは、当然の感情なのかもしれない。
男は、桃太郎をじっと見つめて、こくりと頷いた。



男は桃太郎に語ってくれた。男が知りうる限りの桃太郎のことを、桃の木の下に捨てられた赤子で、男はその赤子を探していたということも。
老女の話はウソではなかった。自分は赤子の時にこの山の桃の木の下に捨てられていたのだ。
戦う術をもたない赤子の自分は、老女に拾われたことによって、今の生があるのだ。
感謝よりも、憎しみのほうがはるかに上回るが・・・、その事実は変わらない。
桃太郎は男に自分のことを話した。
桃太郎なりの言葉で、老女のこと、この山での暮らしのこと。
桃太郎の言葉は、乱暴で汚い言葉使いだった。彼の育ての親の老女の影響かもしれない。
他の者なら、不快に感じる話し方だろう。でも、男は優しい表情で、頷きながら、拙い言葉に耳を傾けた。

それは、桃太郎にとっては生まれて初めてのことだった。
自分の話を聞いてくれた人がいたこと、老女は口答えなど絶対に許してはくれなかったし、言葉で反論するよりも、力で見返すしかなかった。
戦うしかしらない、戦うことしかない桃太郎。その支えはいつか老女に勝ちたいという願望だった。
しかし、老女はこの世を去った、桃太郎の手によってではなく、寿命という悲しい現実によって。
老女は強かった、死の間際まで・・・、いや桃太郎にとっては死してなお、強く存在している、彼の心の中に。
生きていく支えを、目標を失った桃太郎の心は行き場を無くしていた。
若く激しいエネルギーは、向かうべき場所を求めていた、必死で。
だが、彼にはわからない、向かうべき場所も、己のしたいことも。

その心の乱れが彼にはよくわかった。
桃太郎を、息子を見るような目で見ていた男は、彼に語り始めた。
自分の過去を・・・、娘のビキも知らない自身のことを。


「私は、この島の生まれではないんだ。私はあの海の向こうの陸地からやってきたんだ。
海の向こうは、争いばかりで、たくさんの人が辛い目にあい、一握りの人間だけがいい思いをしていた。
戦うことでしか生きられない、私もその一人だった。日々を生きる為、よその勢力の人間と戦い、命を奪ってきた。
それが生きることだった。だが、人として大切なものも薄れていくことを感じていた。
このままでいいという思いと、いや人として幸福に生きたいという思いと、その二つの思いを抱えて生きていた。
ある日、人として生きたいほうの感情が勝って、私は小船に乗り、海に出て、必死に舟をこいで戦乱の日々から逃れたんだ。
そして、この島へとたどり着いた。ついた時は身も心もぼろぼろで、このままここで朽ちるのも悪くないと思ったんだ、戦場で死ぬよりは、人として幸せだと思ってね。
でも、幸運にも私は死なずにすんだんだ。私を救ってくれた女性がいて、・・・とても心が純粋な美しい人だった。彼女が後の妻なんだ。
争いなどない、穏やかな時の流れるこの島での生活に、私は日々癒される思いだった。これこそ、人の幸福、私が求めていた幸せなのだと実感したよ。
この幸福がずっと続けけばいいと思っている。

でも、そう上手くもいかないようだ、金酉がこの島にまでやってくるという・・・
大切なものを守る為、得る為には、時に戦わねばならないのだと思う」

男の優しく、だけども力強い目は一瞬桃太郎をびくりとさせた。
桃太郎は感じとった、男は野獣だ。老女とはまた違うタイプの戦う獣だと。
ぞわぞわと下からくる肌をざわめかす感覚、桃太郎は男は強い生物と感じとった。
桃太郎にはない強い精神・・・自分にはない強さ。
それを、知りたいと思った。

「私と一緒に戦おう。この島を、人の幸福を守る為に。
もしかしたら、その中に、君の目指す道も見つかるかもしれない」


桃太郎は男について海岸に向かった。そこには見たこともない不思議な格好の男達がいた。
それは金酉の兵士達。桃太郎は海の向こうのことなど、金酉のことなどなにもわからなかったが
殺意を漲らせた兵士達が、己にとっても敵になる存在であるとわかり、その身を走らせた。
横目で、刀を手にし戦う男を見ながら、戦った。
男からは老女のようなすさまじさはなかったが、桃太郎が知らない強さを持っていた。
静かだが、燃え上がるようなそれを、その戦いの中で、見つけたい手に入れたい、そう思いながら。

俺様の目指す道
ババァを越える為のそれは、まだ途絶えてねぇんだよな?!

死してなお、桃太郎の中に強くある影、老女の存在をなんとしてでも消し去りたかった。
その道が、この戦いで見つかるかもしれない。
そう思った矢先、男は倒れてしまった。
そのまま、永久の眠りについて・・・


山を登った先の、少し開けた場所、海が見えるそこに桃太郎はきた。
男が死んで、少し混乱しているのかもしれない。妙なストレスがあった。
なぜ、男の刀を拾い、彼の家にと持っていったのか、自分でもわけのわからない行動に混乱していた。

彼の中に、老女を越える術を見たような気がして、やっとこのもやもやから抜けられると思っていたのに
男は死んでしまった。もっと、知りたいことがあったのに・・・・・・

「くそっ、くそっ」
「きゃあっ」
!?
背後から高い悲鳴が聞こえた。
ざざっと、なにかが滑ったような音がして、しばらくして、そこからなにかの影がこちらへと動いているのが確認できた。
「いたた」
「!てめぇは・・・あいつの・・・」
闇の中ゆっくりと見えてくるその影は、あの男が特別な目を向けていた娘だった。
死の間際、男がその特別な目で娘を見ていたのを覚えている。

「あっ、その声は!・・・そちらですね、あの動かないでいてください」

少女は桃太郎の声を確認し、そのほうへとゆっくりと歩いてきた。
よく見ると服はあちこち汚れていて、掌にすりむいたような傷が出来ていた、新しい傷だった。
何度か転んだりしたのだろうか。足取りも危なげだ。
桃太郎はじっと睨みながら、その場で少女の動きを見ていた。

「あの・・・桃太郎さんですよね。私はビキといいます。
追いかけてきたりしてごめんなさい、でもどうしてもお礼が言いたくて。
二度も助けていただいて、ありがとうございます」
ビキはそう言って、頭を下げた。
桃太郎には彼女の言っていることがよくわからなかった。
それにビキもなんとなく察していた。彼は自分を助ける為に行動していたのではないということ。
それでも、感謝していた。もしかしたらそう言いたい理由付けをしたかっただけかもしれない。

「私の事なんて、きっと覚えてませんよね。それでもいいんです、とにかくお礼が言いたくて」
「覚えている。あいつの・・・だろ」
桃太郎は海岸で見たビキを覚えていた。あの男が特別大事そうに見ていた娘だったから。
でも桃太郎は親子というものをよく知らない。ビキのことをどう表現していいのか知らないから、語尾を濁した。
ビキはそれに嬉しそうに「はい」と返事した。
「娘です。桃太郎さんの話も、少しだけ聞いていたから・・・。
あ、それから、これもわざわざ届けてくれてありがとうございます」
ビキの両手に抱えられていたその刀に桃太郎の目はいった。あの男が手にしていたもの。
ついさきほど、自分が持って行ったものだ。
「これ、父のものだったんですね。私全然知らなくて・・・。父があんなふうに、戦ったことも。
そして、突然いなくなってしまったことも・・・信じられないことが突然で。
でも、父は島を守ったんですよね。きっと争いなんてキライな人なのに・・・、皆を私を守る為に戦って・・・
私、父を誇りに思います。父の分まで生きて、幸せになりたい、それが父の願いだと思うから。
もちろん、桃太郎さんも」

一生懸命話すビキを桃太郎は見ていた。
あの男の強さは、この少女の中にあったんだろうか?
最期の時の男の表情が、妙に目に焼きついて離れないから、そう考えてしまうんだろうか。
絶たれたと思った目指すべき道。
まだ欠片もつかめていないそれを、どうすればつかめる?
桃太郎が手を伸ばした先にあったのは、ビキの手の中の刀。

「それ・・・俺様がもらっていいか?」

一瞬驚いたビキだが、こくりと頷いて笑顔でそれを桃太郎に渡した。
「はい。私が持っていてもしょうがないし。きっと父も、そう望んでいると思います」
ビキの手から刀を受け取った桃太郎は、くるりと背を向け、その目はまだ黒色の海を見た。

「あいつら・・・あの向こうからきたんだよな?」
金酉のことだとすぐに察したビキは、「はい」と答えた。

「あの向こうに、俺様の目指すものがある・・・そういうことだろ?」
手の中の刀にそう問いかけた。
その瞬間、桃太郎の中のもやもやが一気にはれていった。
今やっと答えが見えてきた。それから解放される道が。
あの先に、海の向こうにきっとある。
たどり着いてみせる、絶対に。


翌日、桃太郎は海にと向かった。
海の中に入っていく少年の姿を目撃した者がいたのだ。
あの海岸の事件で知れ渡ることとなった桃太郎は、島中の噂になっていた。
彼に声をかけた者がいたが、桃太郎はそれに見向きもせず、泳いでいったのだと。
彼は島を発った。海の向こうの陸地を目指して。

島を発とうとしていたのは、彼だけではなかった。
先日の戦いに触発された金酉から逃れてきた者たちが、勇気を手に立ち上がった。
その船に乗り込もうとしていたのは、チュウビとゼンビ、サカミマもいた。

サカミマは、チュウビたちにしつこく誘われたからだけではなく、争いを一刻も早く収めたい思いから。
チュウビたちは、戦乱の世を治めて天下をとるという野望のため。

サカミマはビキのもとへ、別れの挨拶にと訪れていた。
父親を失ったばかりのビキをたった一人にして島を去るのは心苦しかったが、ビキの幸福の為にも一刻も早く争いを終わらせねばならない。

「そうですか。サカミマさん、無事に帰ってきてください」
「はい。ビキも、ムリをしないで、私の帰りを待っていてください」
「うぉーーーいーー、たーいへーんじゃーーー」
大きな声が二人のもとへと駆けてきた。
「朝からなんですか、チュウビ」
ゼイゼイとおおげさに息を切らしてサカミマの前でストップしたチュウビが落ち着きなく話すのは、とんでもない内容だった。
「大変じゃ、あの桃太郎という小僧たった一人でこの島を出て行ったそうじゃ。しかも泳いで!」
「ええっ?!そんなバカなことが」
サカミマもビキも目を丸くした。いくらなんでも、泳いで海を渡るなど、ここから陸地も見えないというのに
無謀にもほどがある。
「ほんまじゃ、見たものが何人もおるんじゃよ。くーーー、悔しいわ。ワシもまだ成しえてないことを!!」
「桃太郎さんが・・・島を・・・」

ビキは昨夜のことを思い返した。あの時に、きっと彼は決意したんだろう。
たった一人で、戦いに。

「いくぞサカミマ!ワシらももたもたしとられん!」
ゴウと熱く燃えるチュウビに引っ張られ、サカミマも船着場へと向かった。

「よーし、いくぞー!ワシらも泳いで向かうんじゃ」
と海について半裸になるチュウビに、そこで待っていたゼンビがつっこむ。
「おいおいチュウビって泳ぎできたっけ?」
「はっ、そういや、ワシは泳ぎがダメじゃったんじゃ」
「おーい、お前さんら、もう出発するぞー」
三人は船へと乗り込んだ。島を発つのを名残惜しそうにしているサカミマとは対照的に、ゼンビとチュウビは胸を躍らせていた。

自分たちになにができるだろう。大きな争いなどなにも知らない自分たちが、なにを。
でも動かないことにはなにも始まらない、変わらない。
進もう、未来のために、目指すもののために。
大切なものを得て、守る為に。
サカミマはその決意を胸に、島を発った。


その一週間後、遅れて島を発つ者たちの船の中にビキもいた。
ビキの中でどうしようもなく膨れ上がっていく想いに、彼女は決意した。

「私もなにか力になりたい、あの人の・・・桃様の力に」

海の向こうで出会えるはずの、その人を想いながら・・・。


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