みなさんはこんな体験ありますか?
地震でも風でもないのに、不自然に物が落ちる現象。
いないはずの誰かの声が、自分にだけ聞こえる現象。
知人が、別人のようになり自分に襲い掛かる現象……。

ありませんか?
ない方は幸運な人なんですね。
え、あたしですか?
はいありますよ、ええ不幸なことに。
思い出したくもありませんが、あいつの存在は悪霊そのものと言っても過言じゃないでしょうに。
その悪霊となんとかおさらばしたはずが。
不幸は終わってはいなかったのです。



おーーちーーーたーーー
絶望の淵に落ちました。なんということでしょう。
桃山リンネ十九歳、挫折の荒海で溺れて今にも窒息死寸前です。
目にした瞬間世界が真っ白にそまった。あのおぞましき封書。
そこに刻まれた「不合格」の非道な一言。
夏の一次試験に落ちた私は来年の本試験を受ける資格すらなくなった。
自分でもショックです。ここまで勉強できないダメダメなこだったなんて。
とりあえずおばあちゃんに結果報告しなければ、と。心は重いが、おばあちゃん心配してくれているし。
通信機を繋いだら、その向こうから聞こえてきたのはおばあちゃんでなく、その同居者のあいつの声だった。
『落ちたか、お前の実力不足だっただけだな』
たしかにそうかもしれませんが、ほんとに冷たい男ですね、この男テンは。
まあテンに優しい慰めの言葉を期待するほうがバカではありますが。せめておばあちゃんに変わってと頼んだら。
『お前の不幸オーラをタカネに当てさせるわけにはいかん。当分引きこもっていろ』
「ちょっっ」
『次にタカネに会うのは完全合格してからだな』
「うぉっちょって、きれたし」
がくり、あたしはうな垂れる。狭く小さなこのBエリアの家で。この家の家賃もそろそろやばい。またキンから借金なのか……。あいつへの借金だってまだ返済中だというのに。どんだけダメ人生歩みだしているのですか?あたしは。とてもラブコメの主人公とは思えませんが。
『けけけ、うけけけけ』
「!ひっまた変な声が」
ガッシャーン☆
「げひゃっ、またガラスのコップが割れた!」
ううう貧乏人へのいやがらせですか。でもなんなの、この不気味な感じ。コップだって触ってもいないのに勝手に割れるなんて。
!?
なに今の、生暖かい変な風があたしの体をなでていった。いやなにこれ、気持ち悪い。
「なんじゃー、空気が淀んどるのぅ」
ドアの開いた音。玄関に立つのはBエリア領主の大柄な男。
「キン! 借金の取立てに?!」
ちょっと待って、まだ金は一銭も。
「はっはっは、違うわ。借金なら返さんでええと言うとるのに。さっさと嫁に来ればええだけの話で」
「だから、それがムリだから返すって言ってるんでしょう。え、じゃあなんでここに?」
Bエリアの領主になってから忙しいとめったに会うことなくなったキンなんですが。その領主様がなんでこんな小汚いボロ屋に?
きょとんとするあたしにキンは「はっはっは」と白い歯を見せて笑いながら答える。
「テンから聞いたぞ。お前落ちたらしいのぅ」
「! 笑うな! これでも落ち込んでるんですよ、もう人生どん底気分ですよ」
「なるほど、兄者にふられた時よりもどん底いうんか」
お前は、乙女の古傷平気で抉る無神経スキルレベルマックスの人ですか?!
いやまあそこまで引きずってなどいませんけど。ビケさんがどういう人かもうちゃんとわかってますし。
「人生行き詰っている人の気持ちなんてわかんないでしょうに」
「しかしこりゃ間違った参考書ばっかじゃのう。よりによってインチキものばっかとは」
はーと溜息ながらキンがあたしのデスクの上の参考書をパラパラとめくる。ってマジでかい。やっぱBエリアに売っているものをあてにしちゃ泣きを見るって事か。今さら気づいてどうすんの。ううう。
「勉強ならワシのとこに来れば教えてやるのにのぅ」
キンのやつこんななりして成績よかったらしいんですよ。ずるくないですか、あたしなんてなんのとりえもないのに、勉強だけをがんばったAエリア時代、なにひとつとしてむくわれていない情けない人生。
「これ以上キンの世話になるわけにはいかないわ。なけなしのプライドにかけても」
諦めません、勝つまでは。
ん?んんん?
ちょっ、キンのうしろ!
あわあわとあたしは指を指す。その方向を。キンの真後ろ、ふわふわとプラコップが浮いてます。これはつまり超常現象!!
「う、うしろ、キンうしろ見て」
「ん?なんじゃ?」
怪訝そうな顔でまったく気づいていないキンにあたしは超常現象の方向を指差す。早く、早く振り向け、後ろを向けと。数秒してキンが振り向くが、そのころにはふわふわ浮いていたプラコップは元の位置に戻っていた。当然キンはその事実に気づいていない。
「一体なんのことじゃ?」
『ひゃっはっはっはっはーー』
「ひいーーまた変な声がーー」
「リンネ、どうしたんじゃ?」
「ちょっ聞こえないの?この声が、そうだこの声聞き覚えがある」
それは忌まわしいあいつの声だ。あたしを散々振り回した憎らしいアイツの……。
『よぉ、やっと気づいたみてぇーだな』
「桃太郎!!」
「はぁ?」
あいつだ、この怪現象は桃太郎、あいつの仕業かー。
「キンあいつよ、桃太郎がいるのよ。あんたなら気づくでしょう」
この部屋に確かにいる目に見えないそいつにあたしは敵意の目を光らせる。
「なに言うとんじゃリンネ。桃太郎ならあん時に消えたはずじゃが。…気でも違えたか、哀れなやつじゃ」
「は、ちょっ本気で哀れみの目は止めてください!てほんとに感じないの?あんたら霊感発揮しまくっていたんじゃない?」
「試験に落ちたことを心霊現象のせいにしたいんか。気持ちはわかるが、すべての怪現象はプラズマで説明がつくんじゃぞ」
お前はどっかの教授か、って、またしても重力に逆らった皿やらノートやらが宙を舞いだしたーー。
それはキンの目の前にもさすがに気づくだろ、これには。
『ひゃはははは、俺様の存在はリンネ、てめぇにしか感じとれねぇんだよ』
「な、なんで消滅したはずなのにまた現れるのよ!」
『このままあっさり成仏なんてできるかよ。俺様は暴れたりねぇんだ。せめて少しでも満たさせてもらうぜ』
にやり、と目に見えないはずの桃太郎が笑う顔が見えた。すぅとそれはあたしの目の前にいるキンの中に溶け込んでいくようで、て、まさかまさか。
にやりと釣りあがる口はしに、邪悪なその笑顔は、たしかにキンの顔なのにキンのそれじゃない。それはあいつの桃太郎の表情。
「楽しませてくれよ、リンネぇ!!」
「ぎゃーー」
どがっ、激しく大破するあたしのテーブル。これも借り物なのに、どうしてくれんのよ、弁償しなさいよ!
後日キンの名前で請求書送ろうっと。壊したのキンだし。
「暴れたきゃ、よそでして。いたいけな乙女いたぶって発散できるようなあれじゃないでしょう」
だりだり汗垂らしながら、目の前の鬼畜やろうを睨みつける。ふところから通信機を取り出し、テンへと繋げる。
『カフェテンだ、なに用だ』
「テン! 急いで来てほしいの。あいつが、桃太郎がキンに取り付いて、ちょっと大変なんですけど」
『リンネ、お前大丈夫か? 心霊現象などプラズマだと「それはもういいです! とにかくこ、ぎゃおーう」
がしゃんがしゃん、ものが豪快に壊されていくし、もうこのアホM太郎が。
「表にでろーい」
慌ててあたしは外へと飛び出す。もうちらりと見ただけで酷いありさまになってたあたしの部屋。ううう、請求してやるからな。
『ちぃ、やっぱ動きづれぇ、温羅の血族はあわねぇな』
「ん、一体どうしたんじゃ?」
「キン、正気に戻ったのね、あんた桃太郎に取り付かれていたのよ」
入り口付近で立ち尽くすキンにあたしが説明するが。
「おんもろいのー。霊がとりつくなどそんな夢みたいな話あるわけなかろう」
「お前なに言ってんの?今まで前世だのなんだの言っといて霊魂否定は無理じゃない? それよりも、うしろ、あれあんたが壊したんだからね」
びしっと無惨に壊された貸家の中を指差す。キンの奴「おお」とのん気な声上げて。
「不思議じゃのぅ。ワシいつのまにか元気玉でも集めたんか?」
あほかっ!
「リンネ?!」
道のほうからあたしを呼ぶ別の声は、スーツ姿に白い髪のナイスガイ、Aエリア領主の…
「キョウ! な、なんでここに?」
まさかこれも心霊現象に関係して?
「テンから聞きました。あなたが、その試験に落ちたと」
「うぉぉーい、どんだけしゃべってんだあのおしゃべりテロリストはーーー」
恥ずかしい、どんだけ恥ずかしいんだあたし、て、そんなことでわざわざ来てくれたなんて、キョウやっぱいい奴すぎるよ。そっかAエリアの領主として責任感強いもんね。
『にやり』
ん?なにいまの怪しい効果音というか。やつか、奴の不気味に笑う音が聞こえた気が……。
『入るぜ』
ど、どこにですかってうおおーー、この感覚は!
「会いたかったーダーリーン!」
「え?」
え?ええ?ってそりゃあたしのセリフなんですが、走り出したあたしの体。どむんという衝撃。目の前には目を丸くしたキョウの顔があって、キョウに抱きついているマイボディって。
「リ、リンネ?」
「は、はいい、ちがっ、違うんです、体が勝手に」
焦りながら行動を否定するあたし、そうあたしの体を動かしてキョウに抱きついたのは桃太郎のしわざだ。でも端から見たらキモイセリフはいてキョウに抱きついたあたしが立派に痴女!
「あ、あのねキョウこれは桃太郎があたしの体を動かして、てちょ、ま、に、逃げてー」
あたしの言葉とは裏腹に、桃太郎の奴あたしの体を好き勝手動かしている。あたしの口がそらもうタコみたいににょーんとキョウに伸びていってる、やだもう止めて、だれか止めて、あたしを痴女にしないでーー。
「リンネ、こ、困ります、こんなところで」
ところ関係なくあたしも困る。っておいそこの!
「むーー、ずるいのぅ。あとでワシにもしてくれんかのぅ」
背後で指咥えてすねてる場合じゃない。止めないかー、そこのバカマッチョ!!
必死の抵抗でなんとかギリギリキョウに届かぬところで耐えているあたしを、嘲笑う桃太郎の声。そしてさらなる恐怖があたしを襲う。激しい殺気。ああそれにあたしは覚えがある。鳥肌るマイスキン。
「よーくーもーキョウ兄に、桃山リンネ、お前はやっぱりあたしの敵だもん!!」
カイミ出たー。なにこのタイミング、どんだけあんたタイミングいいんですかーー。
『うひゃひゃひゃ』
!桃太郎、そうかあんたね、あんたは災難を呼ぶ邪悪な存在。やっぱり元凶でしかない。
「ち、ちが、違うのよ。これは悪霊のしわざであって、あたしとキョウはそんなんじゃないから、ねっ、キョウ!」
ぶわわわと汗を噴きながら、あたしは必死で弁明する。ああでも、きっとムリだ。カイミさんの目完全に血走っている。もう冷静に話なんて聞いてくれないぞこりゃ。
「お前がいるからっ、お前のせいで、どんなに迫ってもいまだにキョウ兄が抱いてくれないんだもん!!」
「ふおっ、ちょっ、まっ」
ぶわっと激しい敵意を殺気に変換しながらつっこんでくるカイミ、その足には格闘マンガみたいに気をまとって見えるんですが。
て、こんなところで新婚生活の現状暴露しなくていいでしょうに。そして人のせいにすんなーー。
ひーー、必死で逃げまくるあたし。カイミの破壊キックによっていたるところ破壊のあとが。建物の壁が壊れたり、ゴミが散乱したり、破壊の女神降臨再びですよ。
「そりゃ迫り方に問題あるんと違うんかーい。はっはっはっー」
うぉぉい、そこのバカマッチョ、髭男爵みたいな笑い方しとる場合か。って止めてー。
『はっはっはっ滑稽すぎてさいこーだぜ』
ん桃太郎ーーー!
「カイミ、やめなさい」
「!きゃうん! あっ、キョウ兄なにするんだもん」
暴れまくるカイミをとめたのはキョウだ。キョウのムチがカイミの体の中心を縛るように捕まえてその動きを封じている。ほ、とりあえずよかった。
「話を聞く前から暴れてはだめだと何度も言ったでしょう」
「あん、キョウ兄…、こんなところでこんなプレイ、恥ずかしいんだもん…v」
カイミのキャラ変貌きた。なよなよと大人しくなったカイミを慌てて連れて帰るキョウ。
「違いますよ! さ、もう帰りますよ」
「はぁーい、ダーリンvきゃっダーリンって言っちゃったんだもん!」
ハート飛ばしながらきゃっきゃっと帰って行くカイミの後姿に、あたしは脱力して膝をついた。
「あーー、もう、疲れた」
『ちっ』
ん、なに今舌打ちしなかった?
『まあいいぜ。あいつが来たみてぇーだからな』
「あいつ? あいつって」
なに嫌な予感がぞわぞわと。「おお」というキンの声に、だれかがやってきたのだと気づかされる。
それはあたしたちの知るあの人…、短くなった赤い髪、以前と比べるとラフなスタイルになったけど、その美貌はみじんもかけていない。美しすぎるその人。
「兄者」「ビケさん」
目の前に立つのはビケさんだけど、どこかおかしい。その異変はすぐに気づいた。だってビケさんの手にはぶっそうな物体が握られているんだもの。日光をキラリと反射する眩き刃。
それに負けないほど、ギラリと輝く赤い瞳。じわりといやな汗が噴いてくるんですけど、まさか。
「桃山リンネ、死ねーー」
「いひーーー?!」
突然現れたビケさんは、刀剣を振り回してあたしに襲い掛かる。いつものビケさんじゃない。これもまた超常現象かーーー!?
「おお、鬼が島での死闘再びかー、こりゃおもろいのー」
ギャラリーその一と化しているバカマッチョ、いい加減地獄に、もとい海に落としてやろうか?
うわわ、ぶおん、今剣戟があたしの服を切りさいたんですが、縦にまっすぐに入った線があたしの肌に赤い線をおとす。
「ビケさんいったいどうしちゃったの?」
『よぉ、温羅』
「温羅?まさか温羅までもがとりついて?」
「わが名をきやすく呼ぶな、忌々しい桃山リンネ!」
「ひぃーー」
ビケさんの声なのにビケさんのじゃないその言葉。いつものビケさんなら、優しく美しい笑顔で「気安く呼ぶなんて何様のつもりかしら?」とにっこりと嫌味たっぷりに言うそういうキャラのはずなんですが。
ああ、でもそんな荒々しく雄っぽいビケさんは新鮮でいいかも、きゅん。
「ええい、どこまでも私をいらだたせる。気色悪い表情を私に向けるな! 死ね!」
「ひっ」
あたしの目の前へと迫った鋭い刃に、反射的に目を瞑って縮こまって固まる。
超常現象の果てに、超常現象に殺されるなんて、哀れにもほどがある。死にたくないのに「さよおなら」が聞こえてくる。
「待ちなさい温羅。私のものを勝手に傷つけるなど許さないわ」
「えっ…」
聞き覚えのあるビケさんの口調。目をあけると、刃をあたしに向けたままとまっているビケさんの姿があった。
「うう、なぜ邪魔をするのだ。そなたも私と同じ想いのはず…。いいえ、違うわ。私はリンネを愛しているのよ。ウソだ! まったく未練がましいわね。とっとと出て行ってくれない」
英雄温羅に対してなんて偉そうな態度を、さすがビケさん。てまた、平気でウソこいてくれるんですね。
端から見たらビケさんの一人芝居でちとアレな人に映るんですが…。
『ビケのあほーー』
「ふぅ、やっと体が軽くなったわ。いくら温羅でも私の計画の邪魔などさせないわ、ふふふ」
ビケさんの計画ってなんですか? いや知らないほうがいいのかも。
「次に標的にされるんはワシかのぅー」
「お前はいじめてもかわいくないから、安心なさい」
「えー、それはそれで切ないんじゃがー」
『くっ、こうなったら、耐え難いが直に』
温羅のそんな声が聞こえて、なにか目に見えない空気の塊みたいなのがぼこぅっとあたしの中に入ってきたのを感じた。!温羅があたしの中に?!
体の自由が奪われる。温羅があたしの中に入ったー。桃太郎の時とは違う、ものすごい違和感が気持ち悪いー。
『おいおい温羅』
「くぅ、忌々しいこの桃山リンネの体。この体にとりつくなど耐え難いが、手段を選んでなどいられん。一刻も早くこやつを消し去ってくれる」
えっええ!
「温羅、リンネの中に」
うわ、うわわ、ちょっ、とめて。
あたしの体が駆け出していく。その目はビケさんの手の刀を捉えている。わかる。温羅がなにをするつもりなのか、つまりあの刃であたしを、あたしをーーーー?!
「いやーーとめてーーー! うるさい黙れ! 楽に逝かせてやる」
楽に生かせてほしい!
『うぉぉっ、こいつは。ひゃっはっは、借りるぜビケ』
「んな、桃太郎!貴様この私に入るなんて、いい度胸しているじゃない」
あたしがビケさんへと到達したころ、ビケさんの中に桃太郎が入った?
ビケさん素早く後方へ飛ぶ。その動きは桃太郎そのものだ。桃太郎な動きのビケさんって異色過ぎる。
「うぉおおーー、めちゃくちゃ気持ちわりぃーー。それはこっちのセリフだわ。仕方ないでしょう、私は温羅の生まれ代わりなのだから」
「おおお、なんか兄者もリンネもおもろいのー。なりきりというやつかー。ふむふむ」
おもしろくない、止めろ。あたしは霊魂の温羅にとりつかれて殺されそうになってるんですから。ひぃ、体がありえない速度で動きで、ビケさんへと向っていく。
ぶん、激しくふる腕が、限界超えた動きが、あたしの血管を、筋肉をちぎり殺してしまわないかと。ああなんかすげーいてーー。
「ひゃはは、おもしれー。まさかこうしてお前とやることになるなんてな」
桃太郎口調のビケさんとか違和感と言うか通り越してネタかよとつっこみたくなるけど、てそんなこと考えてるばあいじゃなくてあたし。
ひゅっと身軽にジャンプしながら、ビケさんが屋根の上に立つ。にまりと笑いながらこちらを見下ろす。
「殺したいのなら、これを使わなくても、舌でも噛み切ればいいんじゃないの?」
ええっ、なに言ってくださるのビケさん。温羅がそうしたらあたしの身は!
「そんな殺し方ではたらぬ。もっと…「残虐に殺したいって言うのなら、こんなものではムリね。中から爆薬でも破裂させてとかのほうがいいんじゃない?」
ビケさーーん、あなたそんな提案もういいですから。って内臓どばーんとか撒き散らして死ぬなんて、イヤですよ乙女として。まだ刀でずばって斬られるほうが…いやいいわけないけど。
「な、なるほど」
ておい温羅!なにその提案考えようとしているの?いやーーやめて。
「リンネ!!」

「その声は」
温羅も同時に反応する。今の声に。振り向くと、そこにはおばあちゃんが立っていた。心配げな眼差しでこちらを見ている。たしかに心配もしちゃうよね。傷だらけで、ビケさんなんて物騒な得物もっちゃってるし。まあBエリアなんだけど。
「タカネ…」
あたしの声で温羅がおばあちゃんを呼ぶ。おばあちゃんは、温羅には気づいていない。あたしのほうへと心配そうな目を向けている。
どくんと心臓が跳ねる。あれ、なんなのこの感じ。あたしの体、まるで温羅の気持ちそのままに反応しているみたい?
「リンネ、たしか今日試験の結果の来る日だったでしょう。連絡が来ないから心配してきたのだけど。…失敗をしたからってやけを起こしちゃいけないわ。失敗してもまたがんばればいいのよ。だから諦めてやけなんて起こしちゃだめ」
お、おばあちゃん。そうか、おばあちゃんはあたしが試験に落ちてヤケ起こしているように見えたのね。いやそう見えるのが普通かも。こいつ悪霊にとりつかれてなんて普通は考えないものね。
あ、そっか、あたし試験に落ちたんだった……。やばい改めて自覚するとまたすげー凹んでくる。
「タカネ…私のタカネ…」
駆け出すあたしの体はおばあちゃんへと。おばあちゃんに抱きついて、おばあちゃんは「はいはい」と優しく抱きしめてくれた。ああ、暖かい。おばあちゃんの胸、あったかくて柔らかくて、心地いい。温羅も同じようにそれを感じていた。
『タカネ、ああ、満たされていく。私は、忘れぬそなたのことを。この想いを…このぬくもりを』
すぅーと体が軽くなっていくかんじ。温羅があたしから抜けていったんだ。
『お、おい待てよ温羅ーー』
桃太郎の声が温羅を追いかけながら遠くなっていく。
「ふぅ、やっといなくなってくれたわね」
「ほんと、もう心霊体験はこりごりよ」
はーー。と溜息をはいてあたしは疲労がぶりかえしてきた。
「プラズマじゃー」
「リンネ、カフェテンにいらっしゃいな。テンがおいしいオムレツを作って待ってくれているわ」
ぽんとおばあちゃんが優しく肩を叩いてあたしの顔を起こす。
「えっまじでーー。うっはーいありがとーおばーちゃん!」
おいしいオムレツでお腹も心も満たされる。
いやな体験だったけど、うーんもういっかーでふっとぶ。小さな幸せに満たされて救われる。
あたしはまだ諦めちゃいない。勝つまでは。



「言っておくけどリンネ、お前のタカネじゃないわよ」
ビケさん、心せますぎーー(涙


あなたの知らない(ほうがいい)世界・終

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