「…テン…?」
クローは丸い目で、目の前の男を確認する。
十二年前に、行方知れずになった仲間の一人、キメッサーの一員だった同士…、自分の後にリーダーに拾われてきた男。
今確信する、この強い眼差しは間違いない、あのテンだと。
「生きて、いたんだな」
そう言うクローに、テンと名乗った男は怪訝な顔を向ける。
「なんだ、貴様は? 俺とタカネの愛の巣でなにをしている? 盗人か? 盗人猛々しいやつめ」
「クロー、この人やっぱりヤバイ、危険なにおいがプンプンしますけどっ」
刃を向けるテンに、無抵抗の意を示しながら、クローは伝える。
「俺はクローだ。覚えていないのか? 十二年前、キメッサーにいたことを、リーダーのことを、鬼が島に攻め入った時の事を」
「…クロー、貴様…生き延びていたのか」
「ああ…、あれからずっと一人だ。ずっと、俺は一人で今日まで生きてきた」
向かい合うかつての同士である男二人。テンから戦意は失せていた。


――ここリンネの祖母のタカネの家にて、リンネとクローはテンから現状を聞いた。リンネはテンをうさんくさがっていたが、かつての仲間であるクローはテンを信頼しきっていた。
「どうにも、信じがたいんですが」
とリンネはテンの話をいまいち信用しきれていない。それもそのはず、Aエリアの住人のリンネからすればテンの話はいろいろとぶっとんでいた。
今ここにタカネはいない。数日前突如姿をくらましたのだ。
「なんの知らせもなしにタカネが俺の前からいなくなるはずがない! タカネは攫われたのだ」
ダンっとテーブルを破壊しそうな勢いで叩きながら、テンは怒りを露わにする。
「なんなんですか、この人、少しは落ち着いて話せないんですか?」
テンの怒りは彼が言うにタカネを攫った黒幕である【鬼が島】に対してだ。テンの話では、タカネはテンと出会うはるか昔から、鬼が島からはいろいろとイヤガラセを受けていたらしい。元々Cエリアでシンガーとして華やかな生活を送っていたが、彼女にはあるいやな噂が流れ、その噂を毛嫌う鬼が島から追放されて、ここBエリアで細々と暮らすようになった。以降も、彼女は監視され、いろいろと制限を受けてきた。シンガーとして人前で歌うことを禁じられた。タカネが苦労してきた事など、孫のリンネはほとんど知らなかった。
「あたしとあまり会えなかったのも、その制約のせい?」
「そのとおりだ。リンネ、お前がのん気にやっていた間も、タカネはお前の事を心配していた、そんなタカネの思いも知らずに、お前はBエリアでちんたら好き勝手にやりやがって、変な頭しやがって、のん気者がッッ」
あって早々、タカネの恋人といいながらもリンネからしたら初対面であるテンから、ここまで偉そうに言われて、さすがにリンネもムカっとなる。
「で、お前の恋人のタカネは鬼が島に連れ去られたんだな」
「あっさりと信じるんですかー?」しゅばっとクローのほうを見てついそうつっこんでしまうリンネ。テンのいうことを信じきれないリンネだが、テンやクローの話を聞いているうちに、己の現状を思い知りがっくりとなる。

二年間の記憶を失い、知らないうちにBエリアで身を売っていたリンネ。唯一頼りにしていた祖母のタカネは行方知れずときた。この先どうすればいいのか、途方にくれて落胆する。
「バカかッ! 俺に協力しろ! タカネを救い出すためにな!」
と強引なバイオレンス男に強要されて、リンネはクローに助けを求めるが
「そうだな、鬼が島が絡んでいると見て間違いないだろうな。リンネ、君はテンと一緒におばあさんを探しに行け」
「へ、えええー、ちょっそんな…。あたしは普通にAエリアに戻りたいだけなのに」
がリンネのその素朴な望みも、簡単には叶えられない。許可証を持っていないリンネはこのままAエリアに帰ることはできない。許可証を手に入れるには、AエリアかBエリアの領主に発行してもらわないといけない、つまりは…
「またあの変態領主のところへいかなきゃいけないってことーー?」
絶対イヤとリンネは首をぶんぶこ横に振った。思い出したくもない、ショウとの事柄、すでに軽くトラウマだ。
「あんな変態のところに行ったら、乙女がただですむわけないでしょー」
「ああただですますな、ぶっこんでいけ」
「何言ってんの?この人ーー」
テンに腕をつかまれて、リンネはいやです勘弁してと解放を叫ぶ。が、その願いは叶えてはもらえそうもない。
「リンネ、覚悟を決めるんだ。君がAエリアに戻るためにも、領主館には行くしかない」
クローにまでそう言われて、リンネは涙目で「ううう」とうな垂れ諦めた。
「大丈夫だ、君はあの領主には負けたりしない」
無責任にも思えるクローの励ましだったが、クローは確信を持ってそう言い放った。
「君は、桃太郎…なんだしな」
「だから、それどういうことなんですか?」
「なにをごちゃごちゃと、とっとと行くぞ!」
テンに急かされ、リンネたちは領主館へと向う事になった。


「はー……」
領主館まで戻ってきたリンネは門の近くまで来て、盛大にためいきを吐いた。足取りが重い、鉛のように重たい。あのショウとレイトのもとにもどるなど、一乙女にとっては拷問そのものだ。それでも、リンネは行くしかなかった。ただ一つの願い、Aエリアに帰るために。
戻って早々レイトから「貴様ッ、クソ女めしょうこりもなく」と殺されそうになったが、「レイト、余計な事すんなよ、カイミのもとに戻すぞ」「そ、そんなショウ様、あんまりですーー」「(うっわ、うざ…)」男二人のしょうもないやりとりを目の当たりにしながら、リンネは心の中でうげーとなりつつも、領主館へと入ることになった。
「(とはいえ心臓の音が、やばい)」
いつ命を狙われるかわからない。そんな不安の中にいる。リンネのすぐあとに、クローとテンもどこかに侵入したらしいが。なんとかうまいこと見張り連中を始末してくれるのだろうか?非戦闘要員であるリンネの役割は、ショウに近づき情報を得ることだった。テンもクローもタカネを攫ったのは鬼が島でファイナルアンサーらしいので、鬼が島と深く繋がる領主のショウなら、重要な秘密を知っているに違いないと、そういうことなのだ。リンネは半信半疑だったが。

最初に連れてこられた部屋へと連れてこられたが、レイトがいないからといって安心はできなかった。ショウも武器を携帯している。下手なことすれば、殺されたっておかしくない。そんなリンネの恐怖などあのテロリストどもにはわかるまい。だが、気になったのはここに来る前にクローに言われた事…
「君は桃太郎だ。あの領主には負けることがない」

「(意味がわからない。…本当に、クローの話どおり、あたしはこのショウと戦っていたというの? 絶対なにかの間違いよね。あたしが、暴力なんて、ありえないし)」
ごにょごにょと考え込むリンネに数メートル距離を置いた状態のショウが、突然短銃を構えリンネへと銃口を向ける。
「ひっ、えっ」
「脱ぎなよ、その服」
「な、まさか、また…あの変な格好に…?」
たらりと汗をたらしながら、リンネは両手を挙げさせられる。せっかくまともな格好になれたというのに。
また変態衣装にさせられるのではとリンネは危惧したのだが。
「変なもの隠し持っていたら困るからね。ああなに? 脱がしてほしい変態ならそうしてあげるけど?」
「ち、ちが、ちがいますちがいます!なにも持ってませんからっ」
無抵抗の意を伝える為にも、とリンネはあせあせと全裸になった。その間ショウに銃口を向けられ脅されているので、変なしぐさはとらないようにと気をつけながら。
「ほら」
と全裸で何も持っていないことをリンネは強調するが、ショウはすぐに認めてくれなかった。
「まだ隠せる場所あるじゃん。そのまま自分の手でケツの穴広げて見せてみてよ」
「は、はああーーー? な、なにをおっしゃるの?」
リンネにはショウの言うことが理解できないというか、なにそのセクハラ拷問はー?と。だがショウはいたって真顔で、冗談ではないとの態度。
「う、ううう。なにも入ってるはずないのに…」
よたよたと四つんばいになりながら、リンネは両手で自分のケツを掴むが、どうしても…抵抗感が行為を阻む。

「(ここまでしなきゃいけないの?あたし…。死ぬこととどっちがマシなのよ。いっそ死んだほうがはるかにマシのような)」
乙女として人として屈辱的な行為に涙を呑んでいる最中、外のほうで爆発音がした。


領主館庭内に響く爆発音。その元はテンだった。テンの仕掛けた爆弾がいたるところで爆発し、わらわらと黒装束の雷門の戦闘員が集まる。武装兵たちを集らせながら、不気味に輝く刀を構えたテンがにやりと笑う。
爆発の中、テンが奮う刀は、雷門の戦闘員を散らせる。雷門の戦闘員の攻撃はテンにかすりもしない。先制攻撃もカウンターもテンのほうが一歩も百歩も上手で、相手になる者は一人もいなかった。
まさにテン無双。ここ領主館内の雷門の戦闘員も全滅しかねない状況にあった。
「ちぃっ、こざかしいテロリストめ。だが、ショウ様だけでもお守りせねば」
悔しく歯噛みしながらも、レイトは冷静に己の使命を認識する。すぐに邸内へと走る、ショウの元へと、だがその進路は遮られる。もう一人のテロリストによって。
「行かせはしない」
刀を構え、レイトを迎え撃つのはクローだ。「おのれ」とレイトはギリギリと元々つり目がちなツリ目をつりあがらせる。
「雷門に歯向かう者には死をッ」
レイトの銃口がクロー目掛けて火を噴いた。



「――なにしてんの? 早く見せてよ、ケツの中をさ」
外でドッカンドッカンただ事でない音が響く中、ショウはぶれることなくリンネに銃口向けたまま、ケツの中おっぴろげを強要していた。その態度からしてリンネが聞いているこの音は幻聴なのではと錯覚しそうなほどだった。
「(というかBエリアではこれが通常運行?)」
涙目でリンネは全裸で四つんばいのまま固まっていた。音がするたびに「ひぃっ」と悲鳴を上げてびくりと体を震わせながらだ。Aエリアのリンネにとってはこんな世界非現実的すぎた。

ガッシャーン

「うひぃぃっな、なにごとーー」
思わず体が飛び跳ねた。
リンネたちのいる室内に、外から突然黒服の男が飛び込んできたからだ。豪快にガラスは割れて、男はぐったりとしている。すでに絶命していた。男の体は血で濡れていた。

「し、死んでますけどーー」
「ちっ、なにやってんだよ、レイトたちは…」

きぃーと扉が開く音がして、その向こうから呼ばれたレイトが現れた。
「ショウ…さま、お逃げ」
ずるり、とドアに身をこすりながらレイトは倒れた。
その後ろから現れたのは、レイトと戦っていたクローだ。

「残るはお前だけだ」
じりとショウのほうへと刃を向けながら近づくクロー。
その直後、派手な音させながら、テンがバルコニーより飛び込んできた。またさらに窓のガラスが割れて、ガスの破片が室内に広がる。
「フン、覚悟しろ、死にたくなければすぐにタカネを返せ!」
びゅっと刀を振り下ろしながら、挑発するテン。二人のテロリストに睨まれて、逃げようがないショウは、もう覚悟を決めるしかないのか?

「は? なんなの、むさくるしいオッサン二人が揃いも揃ってなんの要求だよ?
タカネってだれ? わけわかんないんだけど、あ、もしかしてこの全裸の変態女のこと?」
「ちょっ」
焦る様子もなく、ショウは暑苦しい格好のテロリスト二人に答えながら、そばにいたリンネのムダに長いウェーブのかかったピンク色の髪をひっぱりながら、リンネを指差した。
「タカネをそんな全裸の変態女と一緒にするなッ!」
びゅっと刀を振り回しながら、テンがショウにぶちきれる。
「ちょっっどういう意味ですか?! やっぱりコイツ失礼すぎる!」
テンの反応に、リンネの繊細なハートは傷つき、そして怒りを主張する。だがそんなハートはテンには届くはずもない。
「ところでなぜ君は、全裸なんだ?」
クローの冷静なコメントに「今そんな質問は不必要ですからっ」とリンネがつっこむ。
「そんなことはどうでもいい。ガキィッとっととタカネの居場所を吐け! 五体満足でいたいのならな」
手足斬りおとして口さえ聞ければそれでいいだろうと、テンは乱暴な手段に出ようとする。
「ちょっ、だめー!」
テンの攻撃を阻んだのはリンネだった。そんなことをされては困ると、リンネは己の目的のために必死だった。
「あたしはAエリアに戻るための許可証発行してもらわないと、困るんです」
「…はあ?」
なぜリンネが自分をかばうのか、一瞬ぽかんとなるショウだったが、すぐに状況を読み込み態度を一変させる。
「わ、わかったよ。許可証なら出すからさ、あのオッサン止めてよ」


ショウはテンたちの要求を呑み、処務室へと移動した。「あー、なんだっけー?」と書類をがさがさと漁る。事務ごとに慣れてない様子のそれに短気なテンは「とっととしろ!」と刃をを向け脅す。
「しゃーない、Aエリアの領主に相談してみるから、ちょっと待っててよ」
通信機をとり、ショウはどうやらAエリアの領主とやりとりをしているようだった。
数分してやりとりを終え、「OKの許可でたよ」とリンネたちにAエリア移動の許可が出たことを伝えた。
問い詰めてもショウはタカネのことをなにも知らなかった。テンやクローが室内を探してみたが、関係しそうな物はなにも見つからなかった。
リンネの強い要望とショウの勧めもあり、テンはAエリアに向うことにした。

テンたちが出て行ったあと、ショウは通信機を今度は別のところへと繋ぐ。
「レイトがやられた。だれか代わりの奴よこしてくんない?……ああうん、いいよ、アイツキチガイ入ってるけどレイトよりよっぽど役に立ちそうだからね。頼んだよ」
にやり、と怪しく微笑みながら、通信を切った。


「テンが一緒なら大丈夫だな」
そう言ってクローはリンネを見送った。リンネは危険なテロリストのテンと一緒なことには不安があったのだが、それよりもAエリアに戻れるという喜びのほうが勝っていたから我慢できた。
「悪かったな、あまり力になれなくて。実際テン一人で十分だったな、まさかアイツがあそこまで強くなっているなんてな。キメッサー時代も一番強かったが、だが今のアイツにはあの頃にはなかった気迫を感じる。
それが、タカネへの愛ってやつなんだろうな」
「はぁ、あたしはまだ、信じられないというか、あのおばあちゃんの恋人が、あんなバイオレンスまっしぐらーな奴だなんて…」
「安心しろ、見た目ほど悪い奴じゃない。俺が保証する」
と言われても、すぐにリンネは頷けはしなかったが、どこか妙に親近感を覚える気もする。テンとは一度もあったことはないはずなのだが。
テンとは同じ桃太郎の血族なのだが、この時のリンネは知るはずもなかった。
「それから、クローが力になれなかったってことはありませんから。あのレイト倒したのってクローでしょ。クローがいなかったら、あたしはレイトに殺されていたかもしれないし、全裸だったし絶対誤解されてた気がするし。
それに、…Bエリアに来てわけわかんなくて、怖い目にあって、疑心暗鬼になってたから、クローに優しくされて、救われた。

でも、一つだけ否定させてください」
「? なにを」
ギンっと強い眼差しでクローを見据えながら、リンネが否定したかったことは…
「あたしは絶対桃太郎じゃありませんからっ! なにがあっても暴力なんて、絶対しません! Aエリア魂に誓って」
リンネを見送りながら、クローが思うことは…
「気のせいではないんだよな。確かにリンネ自身がそう名乗った。それに…
俺は確かに君を、桃太郎を知っている…」


BACK  TOP  拍手を送る  2012/3/22UP


第一部完です。予定では三部構成になります。アナザー限定の新キャラも何人か登場予定。本編ではありえないパラレルストーリーですが、本編と番外編温羅桃を既読として進むストーリーです。なんて不親切なw