皆さんお久しぶりです、桃山リンネです。
今あたしはBエリアにいます。いや、Bエリア在住なんですけど。
今日は、特別というか。…もしかしたら初めてかもしれませんね。
テンとおばあちゃん、それからキョウにキン、ショウやビケさん。みんなが一度に集まることってほとんどなかったんだよね。
キョウの結婚式には、集まるはずだったけど、…ショウのアホのせいで、あたしとショウは参加できなかったので。あ、もちろんあとでお祝いはしてあげたのよ。ええ。…数日遅れでしたけど。そうそう山登ったはいいが、帰りもまた波乱万丈で…って長くなりそうなのでやめとこう、その話は…。

『リンネ、七月七日が何の日かわかってるんだろうな』
通信機の向こうから聞こえてくる低いながらもよくとおるその声は、当然ながらテンだ。
はいはいわかってますよ。ストーカーレベルでうるさく言ってきたからね、この男は。
その例の男テンは、なによりおばあちゃんてやつでして。でそのテンのいう例の日ってのが、七月七日のおばあちゃんの誕生日のこと。タカネの誕生日をなによりも祝え!とはテンの言葉。
でもテン自身は、おばあちゃんと二人きりで祝いたいのが本音じゃないかな。
『ああそのとおりだ。だがな、タカネはお前とも祝いたいと言ってるのだ。仕方ないだろ!』
そんな怒り口調で言われても困ります。まあおばあちゃんはあたしに気を使ってくれてるんだろうけど。
それからおばあちゃんのほうも、その日のお祝いを楽しみにしているのだ。誕生日ではなくて、別のことでだけど。その別のことってのは、テンとおばあちゃんのお店【カフェテン】がリニューアルオープンするんだって。その日が七月七日。おばあちゃんはそのお祝いに、あたしや、キョウたちを誘ってくれたわけ。テンとしては不満だろうけどね。おばあちゃんはみんな仲良く楽しくが望みみたい。テンとビケさんにも仲直りして欲しいとか。……たぶんその願いは難しいだろうけど。

そろそろ日差しが強くなってきたこの頃。港通りをかける潮風が気持ちいい。波の音が不思議と涼しさを感じさせてくれる。波によって上下するヨットはここの地域独特の景色。一年前のことが懐かしく思い出される。
「リンネ!」
あたしを呼んだのもなつかしい一つ。振り返ると、こちらへとやってくるのはスーツ姿に眼鏡と白い髪なのが変わらないキョウ。
「キョウ! 直接会うのは久しぶりだね」
「ええそうですね。元気そうでよかった。ずっと会いたいと思っていましたから」
通信機ではちょくちょく連絡はとっていたんだけど、でもいつもミントさんを通してからだったんだよね。その理由はミントさんいわく「お嬢が過敏なんで、若旦那が他の女性とじかに連絡をとるのをさけてるんすよ」とのこと。あたしでもだめなんかい?!
キョウは今でもAエリアの領主を続けている。そのこともあって、あたしは今でもお世話になっているのだ。ある理由で。
まあAエリアの領主ということはさておいても、個人的にキョウに会いたかったしね。
「うん、あたしもキョウに会いたかったし」
「おおーー、会いたかったぞ!」「おごぅっ!?」
「キン兄さん!」
あたしとキョウの間に遮るように突如現れた謎の巨大な影は、浅黒く焼けた肌に、黒く伸びたつ癖の強い髪に大きな口の男キン。そのキンが叫び声を上げながらあたしに抱きつき、勢いのまま路上で押し倒されてますが。
「て、ちょっとキン、離れてくんない、てかいた、痛いっつーの」
後頭部とか、肩甲骨とか、痛いんですけど。
「相変わらずのようね、リンネ」
仰向けになったあたしを見下ろすように現れた影、そしてそのセクシーボイスは、あの人のもの。
「ビケさん」
キンから解放され、あたしは起き上がってその人を見た。長かった髪は肩より短くなっていて、ビケさん本来の赤い髪に戻っている。前よりも男っぽくなっててかっこいい。
ふふ、とあたしに不敵な笑顔を向けてから、キョウのほうへと視線を変えるビケさん。
「ところでどうしてお前たちがいるの? タカネに呼ばれたのは私とリンネだけのはずだけど」
ええ?!
「な、なにをいっとるんじゃ兄者」
「おばあちゃんはみんな呼んだんだけど。ビケさん…」
「いくらタカネに呼ばれたからって、キョウお前はカイミ嬢をほったらかしでいいの? 新婚だというのにずいぶんじゃないの?」
「そうじゃ、カイミがかわいそ〜じゃのう」
ん? キンとビケさんがじりじりとキョウを囲んでますが。なんかいかがわしい空気が流れているような?
二人とも笑顔なのに、どこか威圧しているようにも見えるけど。
「たしかにほったらかしはよくないけど、今日くらいはいいんじゃないですか? カイミさんだってわかってくれるでしょう」
とあたしが言ったところでキンとビケさんは聞きゃーしない。
「ちょっと待ってください。私は好きでカイミと結婚したわけじゃないんですよ。私の知らないところで勝手に話を進めて、本人の意思が尊重されない結婚などしていいわけがないでしょう」
「え、ええっそれってどういうことなの?」
初耳なんですけど。キョウとカイミさんって周囲が勝手に決めた結婚だったっていうの?
「リンネ、あなたには真実を話して「今さらなにを言っているのかしら?このこは」「そうじゃ、お前はカイミを悲しませたいんか?」「うぐぅっ」
ビケさんとキンがキョウを羽交い絞めにしていると、「くるるぅ」と聞こえたのは、小鳥のような愛らしい鳴き声の、ふわふわ白い毛の長いしっぽを揺らめかせている白猫の…ハバネロ。
足元にまとわりつき、誘うように振り返りながら歩いていく。会った時はまだ仔猫だったけど、一年経って、すっかり大きくなっている。
「ハバネロだ。みんな行こう」
兄弟仲良く?じゃれあっているビケさんたちを促して、あたしはハバネロのあとを追いかける。
ハバネロが向かう先は、当然のようにあの場所、カフェテン。
入り口の前まできて、くるりとハバネロは振り返る。カフェテン。リニューアルもすんで、キレイになっている。看板にハバネロがモデルらしき白猫もついている。
「いらっしゃい」
ハバネロが小さく「にゃあ」と声を上げた先から、おばあちゃんが現れた。そしてテンも。
「おばあちゃん、おめでとう!」
おばあちゃんはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。ああ、おばあちゃん、やっぱり癒されるなぁ。最近寝不足で疲れていたから余計にそう感じるんだ。
「おおっ、店も新しくなっとるの! 会いたかったぞタカネばあちゃん」
興奮ついでにおばあちゃんに抱きつきそうなキン、慌てて止める。おばあちゃんを庇う位置で。
「ちょっとキン!」「タカネに近づくな!」「殺すわよ」
「あらあらそんな、みんなキンさんをいじめないで」
おばあちゃん甘やかしちゃだめよ。こいつは手加減しらずなんだから、あたしなんて何度殺されかけたことか。
「キンに抱きつかれたらおばあちゃん死んじゃうでしょうが」
ああそれからビケさん、おばあちゃんの前で冗談でもぶっそうなこと言うのは勘弁してくださいね。
ん、あれそういえば…
「キョウは?」
あとについてきていたと思っていたけど、店まで来てキョウがここにいないことに気づいた。
「キョウは急用ができたんですって」「おお、慌てて帰っていったぞ。残念じゃな」
「そ、そうなの? なんか怪しいんだけど」
二人ともめちゃくちゃ笑顔なんですけど。なぜ?


「正式オープンって明日なんだ」
「そうよ。だから今日は前祝なのよ」
にっこりと笑顔でおばあちゃんがあたしたちの座るテーブルに料理を運んでくる。ああ、ほんととろけそうないひ匂いvテンって天才だわ、料理にかけては特に。
「明日は特別な日だものね」
「当然だ。タカネの誕生日だからな」
ギンとまたビケさんとテンの間に火花が散っているように見えるんだけど、この二人ほんとに仲直りする日なんて来るんだろうか。
あー、そういえば、まだあいつは来てないみたいだけど。ショウのやつ、山登りの時以来、一切連絡とれてないんだよね。Bエリアにも住んでいないみたいだし。
「ねぇ、ショウが来てないみたいなんだけど、みんな知らない?」
「ああショウちゃんなら、この世にいないわよ」
「ええ?!」
しれっとビケさんなんて答えたんですか?!
「兄者、あの島はあの世なんかい」
「ちょっあの島ってどういうこと?」
「ふふふ、賑やかねぇ」
「あ、おばあちゃん」
「はいこれ」
おばあちゃんがあたしたちに手渡したものは細長い紙切れ。それをあたしたちそれぞれに配る。
「なにこれ?」
「懐かしいわね」
ビケさん懐かしいって、いったいこの紙切れになにが? あたしとキンは?な顔のまま顔を見合わせる。
「七夕っていうんですって」
とにっこりとおばあちゃん。たなばた?なにそれ、新しいカフェテンのメニュー?
「大陸での祭りの一つね。温羅の記憶の中にあるわ」
大陸の? 温羅のってことは遠い昔異国のお祭りってこと?
「笹の葉にね、願い事を書いた短冊をつるして七月七日の夜に空に願い事をかけるのよ。お願い事をかけた後は、笹を川に流すのですって」
あ、星に願いをかけるのならやったことありますが。笹に飾るのか、おもしろいな。
「そんなことで願いがかなえば苦労せんがな」
テンのいうとおりだと思いますが。
「ええでもこうして願いを書くことで自分に気合をいれることにもなるんじゃないかしら」
「ふーん、そっか。じゃあこれに書けばいいのね」
「ええ、今夜中に考えて書けばいいわ。今日中にテンが笹を用意してくれるから」


願い事か、あたしの願い事は決まっている。まあそれは星にたのむ事じゃなくて、自力でなんとかすべきことだけど、おばあちゃんの言ってたとおり、星頼みではなく、自分に気合をいれるためにだ。
「さてと、これを笹につるすんだっけ」
「リンネ、お願い事書いたの?」
店の前に飾られた笹のとこでおばあちゃんに声をかけられた。
「うん、現実的に今一番の願い事ってことで…」

【無事合格できますように】

「まあ」
「受験生ですから」
はい、あたし桃山リンネ現在受験生なのです。
あの暴力にまみれた日々から解放されて、これからなにを目指そうか考え出して、その第一歩が学道だなってことで。再び学校に通おうと思ったわけ。でもあたしはAエリアには戻れない身。事情を話して、Aエリアの領主のキョウに相談にのってもらったりして、通学はやっぱりムリとのことだけど、通信教育なら可能だと聞いて、それを目指して受験勉強にはげんでいる現在なのです。
ただ勉強するにも、受験料や教育受けるための費用もだけど、勉強の為の教材にもお金がかかるもので、それで…あいつにも世話になっている現状でして。
「学校なんて行く必要ないでしょう。大人しく私と結婚すればいいのに」
「ビケさん! 冗談はやめてください」
笹の陰からにゅっと現れたのはビケさん。心臓に悪いからやめてください。
「酷いわね、私はどこまでも本気だというのに」
「あらあらよかったわね、リンネ」
にこにことおばあちゃん、ああおばあちゃんはビケさんが改心したと思い込んでいるから。どう考えてもビケさんがあたしを好きになんてありえませんから。
「百パーばあちゃん目当てじゃ」ぼそりと聞こえてきたのはキンの声。「なにかいったかしら?」とにこりとビケさんがキンを怪しく睨む。
「リンネはワシと夫婦の誓いをたてとるからの、なリンネ」
はっはっはっと笑いながらおいこらキン、勝手な設定作らないで下さい。
「あらどういうことなの?リンネ」
「財産共有しとるからのぅ」
「借金ならちゃんと返しますから! 受験終わったらきっちりと!」
あ、願い事にキンに借金完全返済も付け加えておかなくちゃ。
「なんでそんなに照れるんじゃ」
照れてません。めちゃくちゃ素直ですが!
「ところでお二人はなにをお願いしたのかしら?」
おばあちゃんがキンとビケさんに訊ねる。
「私の願いに紙切れごときが耐えられるわけがないでしょ」
「ワシもこういうのは性にあわんからな、おとめちっく言うんか」
二人はなにも書いてないらしい、まあらしいといえばらしいけど。
「ふん、乙女ちっく上等だ。タカネが喜ぶのなら七夕だろうがなんだろうが、盛り上げるだけだ」
すたすたと店からでてきたテンが、紙切れを笹に飾りつける。
ちらっと見えたけど、字うまっ!なにこの男軽くむかつきます。
「かわいらしいこと、なにをお願いしたのかしら?」
ビケさんが嫌味っぽく笑いながら訊ねる。テンは顔色変えず答える。
「タカネと一生一緒にいられるようにと、この店が永遠に繁盛するようにとな」
乙女ちっくというかドリーマー全開きたーー!
子供でもんなこと真顔で願わないっちゅーの。さすがテン。いろんな意味で大物。
「おばあちゃんはなにかお願いしたの?」
「うふふ、私はね、みんなの願い事が叶いますようにって」
にっこりと嬉しそうにおばあちゃん。おばあちゃんその願いはさすがにムリというか、きっとだれかの願い事は誰かの願い事を殺すだろうから。まあでもおばあちゃんらしいけど。
「じゃあおばあちゃんの願いを叶えるためにも、あたしは絶対合格しないとね」
借金返済もしかり。
改めて誓う。
願いをかなえるのはお星様じゃない。己自身だから。
「リンネ、がんばってね、あなたならきっとできるわ。息抜きならいつでもいらっしゃいね」
「ありがとうおばあちゃん」
「勉強ならワシが教えてやるぞ」
「学費はいくらかかるんですか?」
「ふふ私のところに来たらいいじゃない。いつでも仕込んであげるわよ」
なにをですか? なにを!?
「あら、リンネってばモテモテねぇ」
それは違うからおばあちゃん。背後にドス黒いものを感じるので、とっとと逃げよう。
そして今夜も熱い戦いが始まる。
あたしは今日も問題集とのバトルを繰り広げるのだ。
ファイッ!!


終わり 2008/7/7UP


七夕超番外編でした。本編&番外編とは絡まないネタ的エピソードなので本気で読まないようにご注意。あと去年の七夕短編と一緒に見ると混乱するので、あちらは忘れてからをおすすめします。
当初はもっとリンネ×タカネな展開にしようと思っていたんですけど、タカネ争奪戦みたいなw なにも盛り上がりなしの話ですんません。