思い通りにいかなくてイライラする。
ミントのやつが作った自称純愛シミュレーションというクソゲー。
バレンタインとかよくわかんないクソイベント投入してくれちゃって、しかもやり直しきかないとかとんでもない糞使用のゲーム。
ふざけんな、なおしとけって命令して、アイツは「しょうがない、楽しいイベントまた追加しとくっす」とか言って妙にはりきっているのが、なんか不安なんだけど。

このまま現実にいることに、心が落ち着かない。
あの人に会うことを、ボクは恐れているのか?


『避けてるの? ビケさんのこと』


むかつくリンネに言われたむかつくセリフ。
図星じゃないけど、ボクとビケ兄の関係は、以前と同じじゃなくなった。
どうしていいのかわかんないし。一番大切な人なのに、一番接するのが怖いのか?

わずらわしいものがないゲームの世界で、少しは自由でいさせてくれよ。
ミントのやつ、ほんと気が利かないにもほどがあるからな、あのおっさん眼鏡。



「いやー、できたっすよ。追加データで新しいイベント組み込んだっす。楽しんでもらえるはずっすよ」

ミントから連絡あってAエリアに行った。やっとか、あれから一ヶ月かかってるじゃん。とっととやっとけよ。

「ホワイトデーって知ってるっすか? バレンタインのお返しをする日で、相手に気持ちの返事をする日なんすて」

「へー、相変わらずどうでもいい異世界のイベントにくわしいよね」

「それは言っちゃだめっす。とにかくまだまだマイナーな感じっすけど、こっちでもじわじわと普及されてるイベントなんすよ。
あ、バレンタインにもらってなくてもOKっす。意中の相手に思いを伝える、おいしい純愛イベントなんすよ」

それ絶対違うだろ。と心の中で罵りつつ。
まあいいや、恩売っとくにもいいかもしれないしね。リンネのやつを後悔させるいいチャンスだな。アイツ自分でチョコ食ったんだってさ、信じられないだろ。どんだけ豚なんだよ。

「ホワイトデーはバレンタインと違ってアイテムが複数あるっすから。その中からひとつ選んで相手に渡すんすよ。
とにかく、キャンディを選ぶっす、飴ちゃんすよ!いいっすね」

飴玉一個とか、ふざけてんのかの域じゃないか?ソレ。
ホワイトデーとか意味わかんないけど、ちゃんと作り直したんなら、プレイしてやんよ。




なんかごちゃごちゃとめんどくさいな。これがホワイトデーってやつなのか。
ゲーム始めると突然お菓子売り場に場面が切り替わっていた。バニラアイス…は取り扱いなしかよ、欲しいものは売ってないし変な店だなってゲームの中に突っ込むのは無駄か。

「これでいいや」

選択肢の中の一つを選んで、ボクは店を出た。


「え? なに? くれるの? あたしに?」

ボクがリンネに差し出したソレとボクの顔を交互に見ながらリンネが何度も確認する。疑心暗鬼にもほどがある。

「ハァ? いらないなら別にいいけど、他のやつにあげるから」

リンネの顔にソレを投げつけてやりたい衝動に耐えながら、リンネの反応を待つ。

「うん、ほかにあげたい人がいるならそうしたほうがいいよ。あたしより大切な人がいるなら、その人を特別扱いしてあげたほうがいいよ」

ぶっ、なんでコイツは反応が斜め上すぎるんだよ! おかしいだろ、その反応は。ミントのやつ、結局ちゃんと直してないじゃんか。糞眼鏡!

「お前にやるって持ってきたんだから、素直に受け取れよ!」

「へ、本当に? それなら最初からそう言ってくれればいいのに。へへー、でも初めてだよね。ショウからプレゼントって」

そういいながらリンネはポクが差し出したお菓子を受け取った。ボクからのプレゼントっていうか、そういうデータなだけだけどね。だけどなんだ、このむずがゆさ。「へへ嬉しい」とか言って大げさに喜ぶリンネがうざすぎて、体の奥がむずむずと気色悪い。あー、かき出せたらいいのに。

「嬉しいけどさ、でもいいの? ショウ前に大切な人がいるって言ってたよね? その人のことは」

ぴくり、体が強張る。
くっそリンネのやつ、なんで余計なこといちいちコメントしたがるんだよ。なんのためにボクがこっちの世界にきたと思ってんだよ? なんのために……。

「関係ないから。あっちの世界ではホワイトデーなんて大して意味ないイベントだし」

「ホワイトデー…? なにそれ」

思いっきりわからんってな顔してリンネが首をかしげる。

「なにそれって、知らないのかよ? 知らないで喜んでたのか? バカなの?」

バカなのはデータ穴ぼこだらけなゲーム作ったミントのほうだけど。てことはリンネのやつ、ホワイトデー知らなくて、プレゼントってことで喜んでただけかよ…。まあボクもよくわかってないけどさ。
バレンタインと同じで、プレゼントに気持ちをこめるイベント、なんだっけ。いちいち説明するのもめんどくさいな、と思っていたら。

「ホワイトデーか、なにか意味のあるイベントなんだよね。わかった、あたし調べておくから」

そう言ってリンネはるんるんスキップしながら、自分の寮に帰っていった。とりあえずこれでフラグは立てたな。



「どうっすか? ショウっち。ちゃんと飴ちゃん渡してあげたっすか?」

ゲームのプレイ状況をミントに報告に行った。

「だからなんで飴押しなんだよ? 別にどの菓子だっていいんだろ? リンネが好きなのってたしかチョコだったと思うけど、コロッシアムでチョミバナナやたらと押してたし。チョコバナなかったから、てきとーに選んで渡したよ」

「いやいや、アンタてきとーなんてダメっすよ。プレゼントするものにはそれぞれ意味があるんすから。まさかとは思うけど、ま、マシュマロ選んでないっすよね?」

「そのマシュマロだけど。え、なに? 白くて柔らかいからエロい意味でもあんの?」

「ちがちが」とかガタガタ体揺らしながらミント。マシュマロでなにをそんなびびるんだよ。コイツマシュマロが親の敵かなんか? 虫歯にされた憎い過去でもあんの?
なんてボクの心の中のツッコミを、「違うっすよ!」とミントは否定する。

「マシュマロの意味は、アンタなんか嫌いだから付き合えないっていう意味なんすよ。アンタ、純愛シミュレーションでそれやっちゃいけないことっすよ…」

「は、はあ〜? なにそれなんなの?」

なんでそんな嫌がらせとしか思えない選択いれてんだよ。てかなんだよほんとホワイトデーって。

「純愛シミュレーション的に正解はキャンディなんすよ。マシュマロが反対の意味で、もうなんでよりによって地雷を選んじゃうんすか。オレっちもうこの子が不憫でしょうがないっす」

「ふーん、でもリンネが意味理解してなかったら意味ないんじゃ…、! そういや調べるってアイツ言ってたな。リンネが調べる前に取り戻せばなんとかなるじゃん」

「全力で間違ってたって説明するっす。そして飴ちゃんあげるんすよ。もう全部お店で買い占めたらいいっす!」

なんでミントが号泣してるのかしんないけど、早くゲーム立ち上げないと。つーかなんだよ、それわざわざ嫌がらせみたいなイベントなのかよ、ホワイトデーって。



「…売ってねーし…」

店に行っても、飴が売ってなかった。現実ならありえないと思うけど、ここは理不尽なゲームの世界だ。
馬鹿馬鹿しい、たかがマシュマロ一つでなに焦らなきゃいけないんだよ。馬鹿馬鹿しい。ボクは何度も頭の中でそう繰り返している。得体の知れない気色悪い感覚。

『さようなら、ショウちゃん』

微笑みながら、ビケ兄はボクを見捨てた。あの嫌な現実から目を背けたくて、ボクはここに。

リンネを探すけど、校内には見当たらない。途中モブキャラから情報収集したら、どうやら女子寮の自室にいるらしい。なんで今回に限って、校舎内にいないんだよ、アイツ。まさか、マシュマロの意味を知って、それでボクのことを避けているんじゃ?
女子寮に着いたはいいが、このままでは入ることができないと警告が出る。
なんらかの手段があるはずだ。
…すぐ脇のロッカーに、これ見よがしに女子の制服が置いてある。ボクはそれを取り、建物の影でそれに着替える。
『どこから見ても立派に女子だね』
!?なんだよ今のむかつくニュアンスのアナウンスは。ミントのやつ、いちいちいらん仕様しているよな。
とにかく、これで女子寮に出入りできるようになった。

リンネの部屋の前にたどり着き、ノックしかける手を止める。言い訳を考えて。会うための理由とか、なんでいちいちそんなとこに気を回さなくちゃいけないんだよ、たかがゲームに。

「ねえねえ、ホワイトデーのお返しどうだった?」

廊下から女子の声。二人組みの女子が歩きながら話している。しかもタイムリーな話題で、わざとらしい演出だな。

「えへへ、キャンディもらって告白されちゃった。晴れて付き合うことになったの」
「マジで? やったじゃん。他にもらぶらぶになった人多いよね。ホワイトデーはらぶらぶ推進イベントだもんね」

聞いた事ねーよ。きゃっきゃ言いながら連中はボクの後ろを通り過ぎる。女装はまったくばれていない。はなからこっちに関心ないせいもあるだろうけど。

「でもさー、中にはマシュマロもらったこもいるらしいよ」
「マジで? もうそれ死刑宣告じゃん。もう死ぬしかないじゃん」

ここってAエリアって設定じゃなかったか?

「うっわー。それってよっぽど嫌われてるってことだよね。誰なの? そのもう死ぬしかない哀れなこって」

ひそひそ声にしてはでかすぎる会話。筒抜けどころか廊下に響き渡ってんだろ。

「アレだよ。桃山リンネ。忌まわしき桃太郎の生まれ変わりの」

ゴン!
思わず扉に頭突きかましたじゃないか。なんでこのゲームの中に桃太郎の名前が出て来るんだよ?何考えてんだミントのやつって心の中で突っ込んでたら、体重かけてた扉が動いて、バランス崩して前方に倒れる。

「うわぁっ」「きゃあっ!? いったぁー…。? え、ショウ?」

扉を開けたのはもちろん中の住人のリンネで、そのリンネは今まさにボクの体重に押しつぶされていた。それにしても、こっちのリンネもがっかりボディだな。まああっちのリンネは盛って誤魔化しているけどさ。

「その格好…」

リンネの視線が下へと動く。ボクの女子制服を見て

「なんでそんなに似合うの? あたしよりかわいいし」

リンネの部屋にある姿見鏡で自分を見た。ゲームのほうでのボクは現実より若返っているから、余計に違和感ない。好きで似合ってるわけじゃないけど、明らかに異質だったら女子寮に入れてないよな。
ってそんなことはどうでもいいんだ、ボクがここに来た目的は

「あのさ、この前のホワイトデーに渡したやつなんだけど」

「ああ、あのマシュマロだよね。うん、あたしちゃんと意味調べたよ。そういうことなんだね、ありがとうショウ」

意味を調べた、と言ってリンネはありがとうと言って笑顔だった。ビキリ、頭の奥で音が鳴る。

「は? なんだよソレ。ボクに嫌われて嬉しいってことか?」

「え? ショウなにを」「もういいよ、興味失せた。バイバイ」




『ショウっちー、ちゃんとゲームクリアしたっすか?』

通信機の向こうからはミントの声だ。うっとおしげに返答する。

「あんなクソゲー、もうやる気も失せたよ。ふざけんなよ、なんだよ、アイツ…」

ボクはミントのやつに言ってやった。プレイヤーにストレス与えるだけのクソゲーに意味はない。純愛シミュレーションのくせに、嫌われて喜ぶとか、どんなドM向けの変態仕様ゲームにしてんだよ、ふざけんなと。
現実から離れられる場所で、わざわざイラつきに行きたくない。
嫌われて平気なほど、ボクはド変態じゃない。

「結局、偽りだったんだろ…」

ビケ兄の優しさも、ゲームの中のリンネも…。ボクに向けられる感情はすべて偽りのものだった。


「ショウ!? ここにいるんでしょ? あたしですけどーリンネですけどーちょっと開けってあだっあだだ。少しは大人しくしてってば」


なんでまだリンネの声が聞こえるんだ? ゲームの電源は切ってあるはずなのに。

「あっ、開いた。あ痛っ! んもーこのおてんば娘めー」

ドアが開いたと同時に部屋の中に白い天使がとたたたと入ってきた。

「ハバネロ! に余計なうんこがくっついてきた」

「ちょっ乙女に向かってうんことか言うな!」

ふんぎーとかなんか叫んでいるうっさいのは現実のほうのリンネの声だった。ハバネロはともかく、なんでお前がボクんとこ来るんだよ。

「不審者侵入だ。通報しとこう」「ちょっとちょっとさっきからずーっとノックしてましたけど、居留守使うんじゃない! んもうわざわざ心配してきてあげたっていうのに。アンタってば鬼が島で少しは素直になったのかと思えば、相変わらずひねくれてんのね」

腕や足が血だらけになって、リンネのやつなにしたらここまでハバネロという天使に嫌われるんだよ。ある意味才能だよね、誰もうらやましがらない系の。

「なに?わざわざ嫌味言いに来たわけ?うざいんだけど。ハバネロ置いてとっとと帰ってくんない」

今会いたくない奴ナンバーワンだ。リアルのリンネほどむかつく存在ってない。

「たくなに荒んでんのよ。まあちょっと聞きなさいよ。アンタに報告って言うか、自慢したいことがあってねー。じゃじゃーん」

といってうざいリンネがうざったらしくボクの目の前になんかの書類を見せつけてきた。

「桃山リンネ、無事一次試験合格しましたー。くぅっ泣いていいですか」

「うっぜー。汚いしょんべん目から流さないでくれる? ここが臭くなるんだけど。今マジでいらついてるんだけどさ。帰らないなら消すよ?」

ベッドの上に寝そべったまま、ボクは銃口をリンネに向けて威嚇する。のん気かましてるけどさ、ここはBエリアだってこと忘れるなよ?ボクに脅されて、リンネはこりるどころか、まさかの非道対応をしてきた。ハバネロを捕まえ、自分の胸元にもってきながら

「ふふん、アンタこのかわいいハバネロ相手に攻撃とかできないでしょう」

とんでもない外道だなコイツ。仮にも主人公じゃなかったのかよ…。ハバネロが大人しくするはずもなく、暴れるハバネロに激しく噛み付かれて「ぎゃひー」とか叫んで、バカだろコイツ屑すぎるだろ。

スタン、ハバネロが軽やかに着地し、部屋の外へと逃げ出した。ハバネロが動いたのと同時にリンネが動く、銃口向けたままのボクのほうへと、飛び掛ってきて、人の腹の上でバウンドする。ぐえっ。

「あのねあたしは最初にショウに報告したかったんだよ。ってあごめん、先におばあちゃんに話したけど、おばあちゃんは別格ってことでまああれだ」

リンネのやつ、人に馬乗りになりながら、自分勝手に話す。

「ほら、この前ショウと一緒に行ったじゃない。鬼の角って山。まだ願いが叶ったってわけじゃないけど、その第一歩が叶ったわけだし。もちろんパワースポットの力だけじゃないのよ。あたしもがんばったしね、キンやおばあちゃんにも協力してもらって、あやばいまたしょっぱいものが…」

「ああそうなんだ、よかったねー、おめでとう(棒読み」

「ちょっと棒読みとか言うな! まったくあんた荒みすぎでしょうに。まああれですよ、あたしだってまだまだ負け犬カテゴリですけどね。でも、がんばれば報われるんです、あきらめたらダメなんです勝つまでは。
鬼の角のパワーかは知らないけど、願いはやっぱり口にしなきゃ始まらないと思うわけよ。
ショウ、あんたはさ、願いごと山で言わなかったよね。ビケさんは、わかってないままだよ。あんたがそれでいいってんならいいんだろうけどさ、想いは口にしないと伝わらないんだから」

人んちに乗り込んできて、自慢と説教か? 相変わらずリンネのKYっぷり、むかつくんだけど。

「また山に登って願いごと叫んでこいって?」

「はあ? そういう意味じゃないってば。…たく、素直じゃない性格は損するだけですよ? ていうか、ほんとはわかってるんでしょ? ショウだって」

目を閉じれば、声が重なる。同じリンネの声だからか、別の存在だけど。むかつくな、むかつくけど、ボクにここまで踏み込んでくるバカ、きっとコイツくらいだ。

ボクはアッチのリンネに伝えたいことがある。心の中ですら言うこともできないそれを、頭の中で念じるだけのそれを、どうすればいい。



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