「裏切り者」
ビケ兄の冷たい瞳。
ボクを地獄から救い出してくれた人は、ボクを地獄へと叩き落した。
「戦わなくていい」と、ボクを解放してくれた人は、「鬼が島のために戦え」と言った。
それから、前世から信じられなかったと言った。
前世のことなんて知るかよ。記憶があるだけで、ボクの意思でどうこうしたわけじゃない、そんな生まれる前のことの恨み言を言われたって、どうにもできやしないのに。
ビケ兄に必要とされなくなれば、ボクはなんのために、今日まで…。
戻りたくない、あんな世界…。
「戻りたく、ない」
「ムリしなくていいと思うよ」
「!? リンネ」
ボクの横にいつの間にか座っていたのは、いるはずのない存在。ゲームの世界のリンネ。ゲームはすでに壊れたはずだ。だからこれは…ここは…。
「あたしばっかり、励ましてもらったもんね。ショウのおかげで、あたし立ち向かうことができたんだ」
「はっ、だから今度はボクに立ち向かえってことか」
「ううん」とリンネは首を振る。「ムリしないでいいよ」と。
は、なんだよそれ。まるでボクが、ずっとムリして生きてきたみたいじゃないか。
…そうだよ、ムリしてたんだ。きっと、物心ついた時から、ムリして言い聞かせて。
強くなきゃ、戦わなきゃ、父王の期待に応えなきゃ。
ビケ兄のために、ビケ兄の期待に応えなきゃ。
言い聞かせて、自分を偽って。そのくせ、ちっとも報われてないしな。バッカみてー、ほんと、バカすぎる。
「もう、戻りたくない。戦いも嫌いだし、ビケ兄の顔色伺うのもやだ。ここにいたい」
夢の世界でかっこつける必要なんてないし、ここでは誰もボクを責めたり傷つけたりしない。弱音はいても、とがめられない。
最高の快楽がここにはあったんだ。クソみたいに苦痛しかない、現実なんて戻りたくない。
ボクはずっと、逃げたかったんだ。
「うん。あたしはここにいるよ」
リンネの手が光りながらボクの顔を覆う。ここにいたい。君がいるこの世界に。だから、永遠に目なんて覚めなきゃいい。
――なんて、ささやかなボクの願望は叶わなかった。桃山リンネというブタにたたき起こされた。
「這い上がってこい」なんて偉そうにいいやがって。鬼が島燃やすし、とんでもないテロリストだよな。あっ正確には燃やしたのビケ兄だけど。
「ショウっち、いーもんあげるっす」
通信機から呼び出しが合って、ボクを呼び出したのはAエリアにいるミントだった。妙ににやにやして、また変なもの作って押し付けるつもりかよ。
「ゲームっすよ。以前ダメだしされてオレっちも本気出したから、超自信作。さあやってみたらいいっす!」
ほお、おもしろいね。じゃあその自信叩きおってやろうじゃないか。
「でなんのゲーム? 陵辱ゲー?」
ちちちと舌打ちながらいらっとくる態度でミントの奴自信満々で言いやがる。
「もちろん純愛シミュレーションっす!」
またかよコイツ、あきもせず、またクソゲーかよ。
「だいたい恋愛にも女にも興味ないから、かわいそうなキョウ兄にでもやらせてあげれば?」
クソゲーノーサンキューと断って、ボクはミントの元を去ろうとした。が、次のミントの言葉でボクの気持ちは変わる。なぜなら…
「まあそう言わず。前回壊れちゃった桃山さんの攻略ゲーを新たに作り直したんすよ。このために桃山さんにデータの協力もしてもらったから、バグも問題ないはずっす。まあ前回使用したデータは桃山さん以外の記憶もごっちゃになってた粗悪品だったから、いろいろと荒も多かったし」
「そこまで言うなら、プレイしてあげるよ。ちゃんと前のシステム引き継いでるんだろ?」
「もちっす。ちゃんと季節ごとのイベントも追加で、充実した純愛ライフが楽しめるようになってるっす。今なら、バレンタインイベントが発生するっすよ!」
バレンタイン、といえば。カイミなんかが張り切ってチョコレート作ったりしてたよな。女が下心マックスでチョコレートで男釣ろうっていうクソみたいなイベントなんだよな。よくそんなクソイベントゲームにするよ、感心するよ。まあ暇つぶしに、ゲームのリンネをいじってやろう。
そんな気持ちでボクはゲーム機を久々にオンにした。ぴかっと起動して光るゲーム画面がやけに眩しく感じるのは、久々のゲームだから、なのかもしれない。妙にドキドキしているのは、なんだかんだでゲームが好きだから、なのかもしれない。
ゲーム世界のリンネに会える、喜びなんて、そんな感情からじゃないんだ。
「今日は何の日か知ってる?」
そうリンネは訪ねてきた。以前と同じビジュアルで、黒髪で制服姿の学生スタイルのリンネ。ゲームのほうは久しぶりなのに、最近夢で見たから、そこまで久しぶりじゃないけど。
わざとらしく訊ねてくるけど、ミントの奴が言ってたし、これが例のバレンタインイベントなんだろう。
「さあ、白猫を愛でまくる日とか?」
なんててきとーに返答する。リンネは予想通り「もー、違うよー」と反応する。
「バレンタインだよ。知らないの?」
「知ってるよ。女が男にチョコ押し付けてお礼を強要するイベントだろ」
「うーん、別に性別はこだわるところじゃないと思うけど」
いやこだわるところじゃないのか?
「日ごろの感謝を伝えるイベントってこと。てことで、はい」
とどこに隠していたのか、赤色の包みの長方形の箱を突き出してきた。チョコレートなんだろう。
「ショウにはいつもお世話になってるし、その感謝も込めて。これからも友達でいてください。よろしくお願いしますってことで」
「いらない」
「え?」
ぽかーんとした顔でリンネがチョコの箱を差し出したまま見上げる。
いらない、とボクは受け取りを拒否した。別にチョコが嫌いなわけじゃない。甘いものは好きだけど。ただのチョコレートなら、拒否することなんてなかっただろう。だけど、バレンタインのチョコってのは、別物だ。
『ビケさん、受け取ってくれるかな。…ビケさんのことだからタカネのチョコしか受け取らないわとかって言いそうなんだけど。…ええいそんなこと気にするより、大事なのはあたしの気持ちだもんね! 渡す前からあきらめたりしませんからッッ』
ってあっちのリンネははりきっていたな。それだけ、女からしたらバレンタインに送るチョコってのは特別な意味合いがあるもんなんだろう。
じゃあ、リンネがボクに渡そうとしているコレは?
どうせ、なんて思ったら、素直に受けとる気になんてなれなかった。
「そっか、じゃあ気持ちだけってことで」
そう言ってリンネのやつはあっさりとチョコを引っ込めた。じゃあね、と言って別れた。
…なんだよ、あっさりしすぎだろ。もっと粘ってくるもんだと思ってた。
ビケ兄はボクの心を縛り付けた。心地よいと感じていたけど、言い聞かせていただけなんだ。
こっちのリンネはボクを縛り付けないけれど。本当の世界じゃ許されなかったボクの弱さを受け入れてくれた。
「少しは執着しろよ」
すでにそこにいない相手に対して、吐き捨てた。
「ギブミーチョコレート!」
「え? チョコっすか? オレっちの食いかけでいいなら、板チョコ分けてあげるっすよ」
「お前のじゃねーよ!」
ぽかーんとして、一瞬ボクの言ったことがさっぱりわかってない様子のミントだったけど。数拍置いて「バレンタインのっすか?」とにこにこ頷きながら言いやがった。
「え。昨日のバレンタインに誰からももらってないんすか? お嬢や桃山さんから義理チョコもらえたんじゃないっすか?」
カイミとかこっちのリンネのチョコなんてどうでもいい。ウンコみたいなもんだ。
「違うっての。ボクがほしいのはアイツからの…」言いかけて固まる。ボクはなにを口走って…。
「!もしやお目当ての相手がいるんすか? 誰っすか? お嬢でも桃山さんでもないとしたら…、レイトの妹のレイカっすか?!」
「そんなことはどうでもいいんだよ。てかさ、このゲーム、イベントやり直せないんだけど、どーいじればリセットできんのさ」
例のバレンタインイベントは一度拒否して、以降それ関係のイベントは一切起きなかった。ゲーム機のリセットボタンを押してセーブデータからロードしなおしたけどやり直しもできないし。
別にチョコがほしくなったわけじゃない。単にもやもやしているから、リンネの反応がクソ仕様過ぎて、別の選択肢とったらどうなるかっていう確認的な意味でのやりなおしだよ。
「え、やりなおしなんて、できないっすよ?」
アンタなに言ってんの?てな顔してミントの奴、とんでもないこと言いやがった。ちょっとまて、さらりとありえないこと言っただろ?こいつ。
「アンタが散々ダメだししたじゃないっすか。前作ではすぐゲームオーバーになるからクソゲー仕様直せって。だから前作の反省を踏まえて、ゲームオーバーなしの親切仕様にしたんす。イベントごとに自動セーブシステムっすから。やりなおしなど一切不要。あ、イベントスルーしてもゲームオーバーにはならないすから、どんどん進めたらOKすよ。バレンタインイベントはもう起こらないすけど、別のイベントが起こるから、あんまり一つ一つのイベントにこだわらなくていいんすよ」
「やり直し出来ないだって? じゃあ選択のやり直しきかないってことかよ? クソ仕様にもほどがあるだろ」
「納得いかない選択しちゃったんなら、次のイベントで挽回したらいいっすよ。人生も時間の巻き戻しなんてできないんすから。だけど、その後悔を次にいかすことはできるっしょ!」
ウインク飛ばしてドヤ顔のミントむかつく。なんでゲームの中にまでリアルを求めるんだよ。…以前は何度もやり直しにむかつきまくっていたけど、今回は…。自分の選択に後悔している?
なんでアイツはボクに拒否されて、あっさり引いたんだよ。
…なんで、なんて疑問に感じるところが勝手なのかもしれない。執着しないのかよ?なんて憤るのは、執着してほしいからなのか?
執着しているのは…ボクのほうなのか?
「あのさぁ、別にもらってもいいけど? どうせ渡す相手なんて他にいないんだろ? リンネ他に友達一人もいないし」
別に催促とかじゃない。単に哀れみ。かわいそうなリンネのチョコをわざわざもらってあげようって話。
リンネは「なんのこと?」ときょとんとした顔で聞いてくる。コイツ、鈍すぎるにもほどあるだろ。てかわざとなのか?!
「なにって、昨日の…、チョコレートだよ。行く後も無いままゴミ箱行きなんて、ゴミ箱が哀れになるだろ」
「…えっと…」
なに口ごもってんだよ? 待ってるこっちの身にもなれよ。…つっ立ってて恥ずかしいんだよ、早く渡すなら渡せっての。
「ごめん。いらないって言ったから、あたし自分で食べちゃったよ」
「…食ったのかよ!」
「食べたらおいしくてついつい、全部食べちゃった。もっと早く言ってくれれば、残しておいたのに。残念だな」
なんなんだよこいつは。こいつにとってバレンタインのチョコってその程度なのか。ていうか、ボク宛のチョコなんて別にどうでもいいレベルの扱いなのか。…なんか腹立つんだけど。
こっちの苛立ちなんて、向こうは気づきもしない、あさっての方向に気遣いしやがる。
「あっ、そうだ。今度の休みにケーキ食べに行こうよ。外出の許可もらって。Bエリアにおいしいカフェがあるらしいんだ」
「あっそ、興味ないし。勝手に行ってくれば」
チョコの代わりとばかりに適当な提案をしてきたけれど、腹が立って即断りを選択した。ボクのつれない態度に落胆でもしてみろよ。
「そっか、わかったそうする」
!? じゃねーよ。なんなんだよ、アイツの態度。くっそむかついて、その日はすぐ部屋に戻って寝た。暇つぶしにゲームでもあればいいんだけどなってこれゲームの中なんじゃないか。
「なにが純愛シミュレーションだよ? ほのぼの日常シミュレーションの間違いだろ」
早速ミントのやつに文句つけてやった。このゲーム何度イベント起こしても特にリアクション変化なし。リンネの態度が変わることなどなかった。そっけない態度とっても「あっそ」で終わり、ショックを受ける様子もなし。単にリンネが鈍すぎるバカなのか、そうじゃなけりゃミントのプログラムミスだろ。
「なに言ってるんすか。日常の中に純愛ありじゃないっすか」
は? なに言ってんだコイツは。
「こっちが断っても普通のリアクションしかしねーし。ちっとも食いついてこないし。なんなんだよ?」
「え? なに言ってるんすか? アンタ…。食いついてこないって、アンタどんだけ受身なんすか」
なに言ってんだよってのはコッチのセリフだっての。ミントの奴、ええ?マジ信じられない。とか言い出して。
「相手はゲームの中のデータっすけど、元の人間の記憶から人格が出来た個体なんすよ。アンタの都合どおりに相手が動かないからなんて不満はおかしいっす。
相手を振り向かせたいなら、自分から動かないとダメっすよ」
「どうすればいいんだよ」
「え?」
「どう動けばいいのか教えろって言ってんの!」
「はー、こいつはとんだ恋愛初心者っすねー」
やれやれとわざとらしくボサボサ頭をかきながら人をバカにするように笑うミント。くっそむかつく、ただのデータなんだろ。とっととリンネがボクの言うとおりになるようにプログラム修正しろよな!
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